第50話 重めで渋くて暗い味(5)

 「ところがさ」

 先輩は目をぎゅっとつむった。

 「その女の子の友だちだったあいつが出し抜いて、男をって行ってしまったんだ!」

 最後のほうは声がかすれていた。思い出してもくやしいらしい。

 いちおう、きいておく。

 先輩は杏樹あんじゅに言わせたいのだろうから。

 「それが」

 「結生子ゆきこ先輩」と言いかけて、やめる。

 「三善みよし先輩?」

 「そう」

 嘉世子かよこ先輩は右手を握って、その拳でテーブルを押さえ、顔をテーブルに平行にしていた。

 後ろに回していた髪が前にだらんと垂れる。

 もっと……もっとおしゃれをしてこないといけなかったんだ……。

 その声を杏樹に伝えてくれていたのは、何者だろう?

 嘉世子先輩は、そこで、がくっと顔を上げた。

 がくっと顔を伏せたのではなくて。

 上げた。

 「しかもさ」

 前のほうに目を迷わせて言う。

 普通の感覚で言えば、どんなに目を動かしても、そこにはカウンターの前の面しか見えないはずだが。

 「あいつの家、甲峰こうみねの村の庄屋しょうやか何かでね」

 庄屋とはまた古い。言いかたが。

 でも、それで納得できた。

 どうしてあの人があんなに「日本史」って環境に慣れていたか。

 たぶん、その「庄屋」という、生まれ育った家の古さと関係があるのだろう。

 紅茶を飲んで、食べているのがバウムクーヘンで、それでパスチャライズドミルクの話をしていても、このひとのいるべき場所は「日本史」なんだということを感じさせてくれた。

 「やつがそんな事件起こしたせいで」

 「男を盗った」と「そんな事件」でも何かよくわからないけど、つまり、エッチしてしまった、ということだろう。

 あの美人だ。

 男なら、拒まれなければ、エッチぐらいしたいと思うだろう。

 拒まれなければ、というハードルは、けっこう高そうだけど。

 「その家はめちゃくちゃになって、あいつのおじいさんは自殺、でもあいつはそのおじいさんの葬式にすら出ないで家出、それで遠い町に逃げてキャバ嬢なんかになってしまって」

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