第48話 重めで渋くて暗い味(3)

 それで

「一年生のときに、日本史概論ってきいて、おもしろいな、って思って、それが心に残ってたから、ちょっと行ってみようかな、って」

 「ポン史概論ね」

 言って、先輩はふっと強く息をつく。

 日本史を「ポン史」と言う言いかたは知っていた。

 日本文学は「日文」なのに日本史は「ポン史」だ。日本酒を「ポン酒」というのも知っていたから、べつにどうとも思わなかったけれど、あの研究室に行って、幸福感に浸って出てきた杏樹あんじゅには、それが気に障った。

 思わず先輩に険しい目を向ける。

 でも、先輩からは、もっと険しいことばが返ってきた。

 「ちょっとって言うけど、けっこう長くいたよね?」

 怖い。

 こんなふうに絡む先輩を見るのは初めてだ。

 しかも、さっきまでと違って、つんさんに聞こえないように話している。

 声も小さく、低い。

 そして、カウンターで声がさえぎられて、つん子さんには声の届きにくいところで話す。

 杏樹は、何か言うことはできたけど、黙っている。

 先輩は、またワインを取って、飲んだ。

 「三善みよし結生子ゆきこって、会った?」

 「あ」

 先輩は修士の二年、結生子さんは学部で三年だから、呼び捨てにしてもおかしくはないのだけど。

 「会いましたけど?」

 「なんで研究室公開に出てくるんだろう?」

 先輩はいらいらと呪うように言って、目を迷わせる。

 「三年生なんだから、研究室、出て来なくてもいいのに」

 いや、たぶん、三善さんがいなければ、あの先生の厳しいキャラばっかり強調されて、学生が逃げるからじゃないですか……?

 そうは思ったけど、言わなかった。

 先輩は結生子さんが嫌いらしい。それはわかった。

 自重しようと思う。

 「あれね」

 先輩は重い声のまま言う。

 「悪魔だよ」

 「はい……」

 疑問形にはしない。

 言われたことは信じられなかったけど、疑問形にはしない。

 「魔女っていうのが生ぬるいくらいの悪魔」

 「はい」

 しおらしく、きいておく。

 「あいつがキャバ嬢だったのは知ってるでしょ? それともそれも知らない?」

 先輩はたたみかけるように言う。

 酔っている。それも、けっこう悪く酔っている。

 「きいたことあります」

 「それだけじゃないんだよ」

 先輩の目がわっている。

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