第32話 日本酒かワインか、牛か豚か鶏か

 つんさんが肉豆腐というのを出してくれた。それで、シャンパンのボトルが嘉世子かよこ先輩の前に行っているのを見て

「そのボトル空ける? それとも別のお酒行く?」

ときく。

 「あ、でも」

杏樹あんじゅ

「これって、開けっ放しにしたら、気が抜けちゃうんですよね?」

ときくと、つん子さんは

「だいじょうぶだから」

と言って、軽くウィンクした。

 「じゃ、あと一杯もらって」

と先輩が言う。先輩のグラスはまだ入っている。先輩がそれを飲み干そうとすると、つん子さんが

「あ、急がなくていいから」

と言った。先輩はグラスを置く。

 つん子さんがもういちどきく。

 「このままワインで行く? それとも日本酒にする?」

 「つん子さんとしては」

と先輩が言った。

 「いや、この店としては、日本酒のほうがいいんですよね?」

 「うん……」

 つん子さんは唇を結んだ。

 「いいっていうか、日本酒のほうが品揃えは多いけど」

 で、まじめな顔で、顔を少し傾けて見せる。

 「でも、ここで出すような料理に日本酒しか合わないってことはないわよ。ワインでもよく合う」

 それでいたずらな顔をして見せる。

 「あんまり高いワインはないけどね」

 「じゃ、せっかくシャンパンで始めたんだから、ワインで」

と先輩が言って、今度はグラスに入っていたシャンパンを飲んでしまった。

 「ワインだったら何がいい?」

 つん子さんがきく。先輩が顔を上げて

「まず白ワインで、あとで赤ワインって順番ですよね?」

と言う。つん子さんはその先輩の顔をしばらく見てから

「まあ、強さとか味とかの順で言うとふつうそういう順になるけどね。でも、何の料理に合わせるかにもよるけど」

 「じゃ」

 先輩は唇を閉じてにんまりと笑った。

 「やっぱりお任せします」

 つん子さんは、うん、と頷いた。続けて

「ところで、牛と豚ととりと、どれか選ぶとしたら、どれがいい?」

ときく。先輩が

「じゃあ、ここは森戸もりとちゃん!」

と振ってきたので、

「あ、鶏は、昨日、食べたんで」

と正直に答えた。

 つん子さんが、しばらく思案して

「じゃ、牛肉の串焼き出すから、赤ワイン行くね?」

と言う。牛肉の串焼きと赤ワインの関係がよくわからないけど、さっきの話だと、それが合うということなんだろう。

 「うん。お願いします」

 先輩が言って笑った。

 胸の横のあたりまで温かくなってきて、汗をかきそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る