第29話 乾杯(3)

 杏樹あんじゅはぜんぶ飲んでしまった。

 三人ともグラスを置くと

 「おめでとう」

嘉世子かよこ先輩とつんさんが言ってくれる。杏樹は

「ありがとうございます」

と頭を下げた。さっそくほっぺの上のほうが温かくなる。

 「おお、さすがだね」

 杏樹の空いたグラスを見て嘉世子先輩が感心する。ふと見ると、先輩は、小さい細いグラスにまだ半分ぐらい残していた。

 ぜんぶ飲まなくてよかったのか……。

 「いや、ちょっと喉が渇いていたもので」

 杏樹が言いわけして笑う。

 日本史研究室でお茶をいただいてから何も飲んでいなくて、それもほんとうなのだけど、でも、乾杯のときにはぜんぶ飲むものだと思っていた。

 「じゃ、わたしも」

と先輩が言って、先輩もまたグラスを口につける。それでもまだ三分の一ぐらいは残っていた。

 つん子さんも半分ぐらいしかグラスを空けていない。そのグラスを置いて、つん子さんはきいた。

 「じゃ、何食べる?」

 「あ、お任せします」

 杏樹が後ろの壁に貼ってあるメニューを振り返る前に、先輩が言った。

 「つん子さんに任せておくほうがいいもの食べられるんで」

とつけ加えて、笑う。つん子さんが

「杏樹ちゃん、だっけ?」

と杏樹にきく。

 おお、一発で聴き取ってくれた!

 「はい」

 字の説明をしたほうがいいのかどうかわからないので、しないことにする。

 「杏樹ちゃんは何か食べたいもの、ある?」

 「あ、お任せします!」

 力を入れて答える。

 「先輩が、つん子さんにお任せするほうがいいっていうことだから」

 先輩が得意そうに笑った。先輩も頬の上のほうがちょっと赤くなっているけど、お酒のせいなのかどうかはわからない。

 「食べられないものは?」

 「わたしはありませーん!」

 先輩が高らかに宣言する。

 杏樹は、どうだろう?

 セロリとかパクチーとか、苦手は苦手だけど、食べられないというほどではない。

 「わたしもありません」

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