第28話 乾杯(2)
「ああ、工学って言いますけど」
先輩が話しているあいだに
後ろの壁にハンガーが用意してあるのには気づいたけれど、このままでいいかと思う。横の席だから、よほどひどく汁をこぼしたり油を跳ねさせたりしなければだいじょうぶだ。もしほかのお客さんが来て
先輩が説明する。
「街のどういうところにどういうお店を置いたら住みやすい街になるか、みたいなことで、まあ、まちづくりの研究ですね」
「まあ」
つん
「だったら、これからだいじになる仕事だよね」
そうなのか?
「世のなかの役に立つ仕事よね」
つん子さんは繰り返した。
そう言えば、と思う。
そのあと、どうするのだろう?
「で」
と、つん子さんが杏樹のほうに目をやって、言う。
「嘉世子さんの後輩さん?」
おお。さすがだ。
一発で的中した。
「はい」
嘉世子先輩が顔を上げる。
「あ、この子、今日、二十歳になったばっかりなんです。だから、お祝い」
「まあ」
つん子さんが胸を張る。
「そんなだいじな日にこんなお店に連れて来たの?」
「いやあ、だって」
と嘉世子先輩が言う。
「ほかのお店に行っても、ほかのお客さんとおんなじような接客されるだけでしょ? つん子さんなら、そういうの、ちゃんと考えてくれると思って」
で、頬を盛り上がらせて笑う。
「それは責任重大だよね」
と、つん子さんもいっしょに笑った。
「お酒はだいじょうぶ?」
「はい」
学校では言えないことだが、家では去年の誕生日にスパークリングワインというのを飲んだ。ほっぺが赤くなり、そこも含めて頭の上のほうが温かくなって、足が軽くなった感じだったが、それだけだった。十九歳でだいじょうぶだったのだから、二十歳でもだいじょうぶだろう。
ちなみに、昨日は、今日まで残るとたいへんだから、と、飲ませてもらえなかった。
「シャンパン、飲んでみる?」
「はあ」
店の雰囲気と合うのか合わないのか。よくわからない。先輩が
「シャンパンとかあるんですか?」
ときく。つん子さんは
「ま、常備はしてあるのよ」
と言ってから
「なかなか注文する人いないけどね」
と笑った。
つん子さんはボトルの栓を抜いてくれた。
しゅっと音がした。去年に飲んだスパークリングワインと同じで、杏樹にとっては一年と一日ぶりだ。
小さい細いグラスに、細かい泡の立つお酒を注いでくれる。先輩のぶんと、杏樹のぶんと、それぞれカウンターの上から渡してくれたあと、つん子さんは
「わたしもお
と言う。
杏樹が答えるべきなんだろうか? でも、先輩が
「もちろん」
と言って目を細めた。つん子さんは同じグラスをもう一つカウンターに載せて、同じお酒を注いだ。
「じゃ」
つん子さんか言う。先輩が小さく
「
と言った。つん子さんが穏やかにつけ加える。
「それに、嘉世子ちゃんもね」
嘉世子先輩も嘉世子ちゃんになるんだ!
いや、たしかに、お店に入ったときにそう呼ばれていたな。
それより、杏樹も何か言わないと。
「つん子さんとかよん先輩の健康もお祈りして」
と杏樹が言う。
「乾杯」
まず先輩と杏樹がグラスをくっつけ、それから二人で手を伸ばしてつん子さんとグラスをくっつけた。それで飲む。
*杏樹が十九歳の誕生日にスパークリングワインを飲んだとか言っていますが。
本作は未成年飲酒を勧めるものではありません。
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