第18話 日本史研究室のお茶会(11)

 「でも、それは、中世や近世の人が、人が死ぬことをどう考えてたかってことでね。中世や近世の人だって、人が死ぬと生き返らないことは知ってた。けれども、死ぬとそれで終わりとも思ってなかった」

 「霊とかが生き残るってことですか?」

 杏樹あんじゅがきく。べつに結生子ゆきこさんと先生のあいだに割って入るつもりはなかったのだけど。

 「そう」

 先生はうなずいた。

 「もちろん、そう考えたところで、この世の生は一回きりだから、それを奪われることは、とっても大きなできごとよ。それはいまのひとと同じ。でも、昔は、人間は死んでからも、霊として生き続けて、それで、自分が何をされたかはよく覚えてる。そして、なぜそんなことになったのか、だれが悪いのかって考えて、行動するのよ。しかも、それに共感して、いっしょに動いてくれる霊っていうのも、いっぱいいるって考えられてたんじゃない?」

 「でも」

と、結生子さんは、いちど、口ごもった。

 「でも、もし、死んだあとは霊が残って、それで自分が死んだことの後始末をしてやれるって思っていたとしても、もしそれが残らなかったらどうなんですか? いまのわたしたちが信じてるように、死ぬことで終わりだったら? そのときは、死んだあとに霊が残るって信じてたのに、だまされた、って思う余裕もないんですよ」

 「うん」

 先生は言って、黙って、ミルクティーを一口飲んだ。

 結生子さんも反論を続けない。仁子も何も言わなかった。

 死んだ安寿あんじゅではなく、いま生きていて、今日、二十歳の誕生日を迎えた杏樹が言った。

 「あの」

 結生子さんも含めて、みんなが杏樹を見てくれた。

 結生子さんはさっき見せた思い詰めた感じではなくなっていたので、杏樹は安心する。

 そういえば、あのお話の安寿ってお姫様は、二十歳までも生きられなかったんだな。たとえ拷問で殺されたのではなかったとしても。

 「わたし、現代社会学で」

 そこまで言って、いま生きている杏樹ははっと思い出した。

 そろそろ現代社会学研究室に行かないと……!

 そっちが「本命」なのだ。

 でも、言い出したことを途中で切るのはいやだった。最後まで言う。

 「人間の想像したことは必ずいつかは実現するって話を聴いたんですよ。空を飛ぶこととか、宇宙旅行とか。長いあいだ、それは想像だったけど、いまは飛行機で空も飛べるし、宇宙にも行けるわけでしょ? それは、想像してることは実現しないと、って、人間ががんばったからだ、って」

 「うん」

 相づちを打ってくれたのはいずみ仁子ちゃんだった。

 かわいい……。

 「だとしたら、中世とかの人たちが、人が死んでも霊が生き残って、それが世界を活性化させたり、因果のバランスを取ったりするって信じてたら、やっぱり実現しようとしたんじゃないですか? その、霊というのが実在しないで、ほんとうは死ぬと人間は終わりだったとしても、ほかの人たちが実現させようとがんばる。死んだ人の霊が実現しようとがんばってるんだから、自分もいっしょに実現しないと、って」

 そこまで言って、持ち上げたカップの紅茶を飲み干そうとする。結生子さんと先生の反応は見ない。

 ほんとに。

 いいかげんで現代社会学研究室に行かないと。

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