第17話 日本史研究室のお茶会(10)

 先生が話を続ける。

 「中世の人は、人間以外のすべてのもの、そして目に見えないいろんなもの、霊とか、神様とかね、そういうものも心を持っているって思ってた。だったら、女の子が悲惨な死にかたをする、いや、死ぬのではなく、すごく悲惨に生き続けさせられる、そういうのも含めてね。そういうできごとに出会ったとしたら、どう?」

 先生はそこでふいに杏樹あんじゅの顔を振り返った。

 しんけんな顔というのを通り越して、怖い。

 「どう、って、どういうことが、どうなんですか?」

 なんとか切り返す。

 「つまり、人間だけが心を揺り動かされるというのではなく、この空間にいっぱいいる、いろんな「もの」の心も同じように揺り動かすとしたら?」

 「それは、まあ」

 仁子じんこちゃんもじっと杏樹の顔を見ている。

 なんでわたし、と思った。

 でも、それは、仁子ちゃんが気分が悪くなるほどの残酷な死にかたをしたお姫様と同じ名まえだから、少なくとも読みかたが同じ名まえだから、だろう。

 関係ないのに。

 いや、関係なくもないのかな。

 「空間のなかにいるいろんなものが心を揺り動かされて、そうすると、空間全体が、なんていうか、こう、動きますよね?」

 自分でも何を言ってるかよくわからない。ところが、先生は、低い声で

「そう」

と言った。

 「その悲惨なお姫様の物語は世界全体を揺り動かすのよ。人間だけじゃなくて。だから、女の子の悲惨な物語は、世界を活性化させるエネルギーになる」

 なんだそれは?

 さっきとは別の驚きがあった。

 杏樹が子どものころにはやったアニメじゃあるまいし……。

 「生き残った弟は幸運に幸運を重ねて出世するわけでしょ? それは、その、お姉さんが死ぬことで呼び起こされたエネルギーが弟を守ってくれているから。悔い改めもしなかった悪役が残酷な殺されかたをするのも同じ。そうやって因果の勘定が合うわけ」

 「いや。因果の勘定が合っても」

と反論したのが結生子ゆきこさんだった。ここまで、結生子さんは、先生を冷やかすようなことは言っても、反論というのはしていなかったのに。

 「そのお姫様が、すごい苦痛に苦しめられて、それも精神的にも肉体的にも痛めつけられて、それで死んだ、っていう、そのこと自体は変わらないんじゃないですか? たとえそれで世界が活性化したとしても、あとで因果の勘定が合っても、それはその子には何も嬉しいことじゃなくて……」

 「そうね。とても嬉しいなんて言えることじゃないよね」

 先生はここで軽く口もとをゆるめた。

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