第15話 日本史研究室のお茶会(8)

 「で、説経節せっきょうぶしのほうにはけっこう残酷な場面があってね。仁子じんこちゃんが読んだのはそっち、というか、それを現代のことばでリライトしたものだったんじゃない?」

 いずみ仁子は無言でうなずいた。先生が続けて言う。

 「杏樹あんじゅちゃん」

 「ちゃん」がつくととりあえず現代の杏樹のほうだな、と思って、答える。

 「はい」

 「杏樹ちゃんが読んだお話で、その山椒さんしょう大夫だゆうっていう悪役は、最後、どうなった?」

 「はい?」

 思い出してみるが、思い出せない。

 「なんか、その厨子王ずしおうっていう男の子が逃げ延びて出世して地方の役人になって、その子に処罰されたんだったと思いますけど」

 「人買いとか奴隷扱いとかを禁止された、っていうのはあるよね」

 先生が言う。

 結生子ゆきこさんは黙って聞いている。このひとが何を考えているか、いまはよくわからない。

 もともとわからなかったけど。

 「でも、奴隷にしていた人たちを解放して給料を払うようになったら、かえって経済的に繁栄して、その地方の支配者の山椒大夫はもっとおカネ持ちになった、って結末なのよ。鴎外おうがいのは」

 「えーっ」

 それは不条理だと思う。

 さんざん悪いことをして儲けて、それを悪いと指摘されて、やめて、やめた結果、さらに儲けて自分だけハッピーエンドになるなんて。

 安寿あんじゅというお姫様のほうは、拷問されてはいないかも知れないけど、死んでいるのに。

 「ところがね。そのオリジナルのほうは、報復で処刑されるの。それも自分が安寿にやった以上に残酷なやり方で」

 「えーっ!」

 それはもっといやだ。

 いや。

 自分が殺されたお姫様だとする。殺されたのか、自分で死んだのか、わからないけど。

 どっちがいいだろう?

 自分を殺したやつが、前よりいっそう繁栄するのと、自分より残酷に殺されるのと。

 やっぱり、どっちもいやだよなぁ。

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