第13話 日本史研究室のお茶会(6)

 ところが。

 「だめよ。そんなので先生に負けちゃ」

 ミルクティーのカップをその美しい唇に持って行って、結生子ゆきこさんが言う。

 「だって、中世のひとは、怨霊おんりょうとかたたりとか、ほんと怖がった、って、さっき話があったでしょ? じゃあ、怖いのに、どうしてそういうばちあたりなことするのか。さっき、そういう話をしてたでしょ?」

 「もうっ!」

 先生が結生子さんを恨めしそうににらむ。

 「わたしがその話をしようとしたら、結生子ちゃんがさえぎったんでしょ?」

 先生の恨み言に、結生子さんはさわやかな笑顔を見せて返した。

 この先生と結生子さんっていいコンビだと思う。何がいいかははっきり言えないけれど。

 先生が言う。

 「それは、とりあえず、あとで祟りを受けるよりも、いま目の前の敵を倒すことのほうが重要だから、かな」

 言って、結生子さんと同じように、カップケーキの皮を上品に剥いている。

 「いま倒さないとあとで自分が殺されるかも知れない。自分が怨霊に悩まされるのと、自分が死んで怨霊か何か知らないけどれいになってしまうのと、どっちがましか。それはやっぱり死にたくないでしょ。あとで祟られても」

 「そう……ですか」

 仁子じんこはさらに目を伏せた。顔色が悪いのはもともとだけど。

 でも、いまのは、いずみ仁子に対しては逆効果だったんじゃないか?

 やっぱり日本史研究室は怖いところだから、と思わせてしまったのでは……。

 卒業論文を書くとなると、それは厳しいのかも知れない。けれど、でも、「関東の古墳文化」とかテーマまで決めている子をここでおびえさせてどうする……。

 「ところで」

と、結生子さんが、カップを手に持って、言う。

 「森戸もりとさん、いや、杏樹あんじゅちゃんが日本史研究室をのぞいてみよう、って思ったのは?」

 「あっ」

 いきなり話が飛んできたので、杏樹は慌てる。

 「いや、それ……」

 ことばが出て来ない。なぜだろう?

 杏樹は、何があっても、とりあえず、であっても、何か言う子なのに。

 結生子さんが言う。

 「日本史概論の授業がおもしろかったから?」

 「あ、いえ。それはおもしろかったんですけど」

 でも、何も覚えていない。さっきの「景観遺跡」の写真のこと以外は。

 「ほかに何がおもしろかった?」ときかれると、とても困ったことになる。

 何か言わないと!

 「で、でも、わたし、受験のとき、日本史選択じゃなかったから……その。よくわからなくて」

 「いまの地雷だから」

 結生子さんが目を細めて笑って、言う。

 「忠告しとく」

 「へっ?」

 杏樹がさらに慌てる。

 ここ「本命」じゃないんだから、ということを思い出しても、いまの戸惑いは消えなかった。

 いまののどこに地雷を仕掛ける余裕があった?

 戸惑いが消えないうちに、結生子さんが言う。

 「受験科目が何でも、高校の日本史と世界史の内容ぐらいちゃんと覚えておきなさい、っていうのが、先生の立場だからね」

 「わざわざハードル上げてどうするの? 結生子ちゃんは」

 先生が不満そうに言う。

 つけ加える。

 「

 けっきょくそのとおりなんじゃん……。

 でも、結生子さんと先生とのいまの掛け合いで、杏樹の気分はほぐれて来た。

 どっちにしても、来ない研究室なのだ。

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