第12話 日本史研究室のお茶会(5)

 でも、叱られた結生子ゆきこさんは、とろんとした目で先生を見返しただけだった。

 「だってほんとのことでしょ? だったらそれも公開しないと」

 「もうっ!」

 先生は反論できなくなった。

 かわいい。

 それに、さっきから、物腰がすごく柔らかだ。

 いくつぐらい上なんだろう? 思っていたほど歳上でないのかも知れない。

 「いや、そんなに難しく考えることないと思うのよ」

 先生がことばを継げなくなったところを見計らって、結生子さんが言った。

 「まずね。お寺を占拠して、お堂を踏み荒らしたり、仏像を破壊したりしたらよ、それはだめだと思うの。でも、そうでなければ、仏様に守ってもらえるかも知れないじゃない? 雑兵ぞうひょう、あ、一般の兵隊ね。それを連れてみんなでお参りとかしたら感心してもらえるかも知れないし。それに、砦にさせてもらうかわりに、おカネこれだけ出します、ってお賽銭さいせんいっぱい持って行ったら、お寺は喜ぶかも。戦国時代にはお寺って入ってくるおカネが少なくなって困ってたっていうのが普通だからね」

 お賽銭?

 お賽銭で動くのか?

 お賽銭で武士に場所貸してくれるのか? お寺って?

 戦争に巻きこまれるかも知れないのに。

 じゃあお賽銭をいっぱい出せば学生サークルにも場所を貸してくれるのか?

 貸したらどんちゃん騒ぎをするに決まってる学生サークルにも?

 ……よけいなことは考えないようにしよう。

 「あの……だったら」

 仁子じんこが気力を振り絞るような言いかたで言う。

 「敵のほうが、その、ありがたい仏像とかがあるお寺に弓を引くのをいやがる、っていうの、ありませんか? それで敵方の戦う気をなくさせる、っていう」

 おお。心理作戦だ。

 でも、それはありそう、と、杏樹あんじゅも思う。

 「うん、いい考え」

 いつの間にか立ち直っていた先生が言う。

 「でもね。中世の武士って、意外と神社仏閣に攻撃かけてるのよ。だから、昔のお寺なんかでいまも残ってる建物には、いまでも、ずっと昔の、もう何百年も前の戦争で矢が当たったあとが残ってたりするって話。自分で確かめたことはないけどね。それに、本能寺っていうお寺にいた織田信長が急襲されて殺されたのは知ってるでしょ? あれも、明智光秀はお寺を攻撃してるわけよね?」

 「そうですか」

 仁子がぱちっとまばたきしてから

「そうですね」

と言って目を伏せる。

 杏樹は、というと。

 へえ、本能寺って地名じゃなくてそういうお寺の名まえだったんだ、と、感心している。

 だめだこりゃ。

 日本史はやっぱり無理そうだ。基礎知識がない上に、いっしょにいるのがこのマニアな泉仁子ちゃんでは、無学な人間どうしでなぐさめ合うこともできない。

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