第9話 日本史研究室のお茶会(2)
「
あら、
いいけど。
あんまり親しげになってもらうと、あとで心が苦しい。ここの研究室には来ないのだから。
たぶん。
「日本史概論に出てたのよね」
「はい」
元気に答える。でも、この方向に話が深まるといろいろ困るなと思った。
「日本史概論で」
と言ったのは、先生ではなく、
「何かおもしろかった話、ある?」
ぐげ。
そっちに話が来てほしくないのに!
その日本史概論に出られなかったという、関東の古墳文化の泉仁子ちゃんが、小さい二つの目でじいっと杏樹を見ている。
逃げられそうにない。
「えっと、あのっ!」
間を取るためにさりげなくティーカップを口もとに持っていったらめちゃくちゃ熱かった!
一口も飲まないで、ちょっとだけ飲んでふりをして、やっぱりさりげなくティーカップを受け皿に置く。
「えっと、あんまり覚えてないんですけど」
そうだった。ここは「本命」でないのだから、愛想を尽かされたってかまわないのだ。
そう思ったら、唯一、この授業の内容で覚えていることがすらすらと声になって出て来た。
「あの。お寺の名前は忘れたんですけど、古い写真で、谷間で、遠いところにお寺が見えていて、あのお寺が戦国時代には難攻不落の
「よく覚えていたわね」
先生が言う。
それは「そんなのしか覚えてないの?」のまちがいでは?
もしかして、日本史研究室的な高度な皮肉?
向かいの泉仁子も、やっぱりじっと杏樹を見続けている。何を考えているかわからないが、怒っているようでもない。
「景観遺跡の話ですか?」
三善結生子さんが言う。
「結生子ちゃんねえ」
三善結生子さんもちゃん付けかぁ。そういえばさっきからそうだったな。
「わたし、結生子ちゃんが概論聴いてたときも、この話、したわよ。
「そんなことまで覚えてません」
軽く強調するように言って、三善結生子さんは謎めいた笑いを浮かべ、口もとを指で軽く
先生は恨めしそうにその結生子さんに目をやる。
「結生子ちゃん、あとでたっぷりお仕置きしてあげるから」
先生に言われて、結生子さんは答えず、目を細めて笑ってミルクティーを飲む。右手で
お仕置きしてあげる、と言われても、ぜんぜんこたえていないようだ。
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