第8話 日本史研究室のお茶会(1)
動きがしなやかだ。三善さんが指先で軽くつまむとそこから紙がひとりでにはがれていくように見えた。
向かい側の
どちらのまねをしようかと思ったけど、
三善さんは、そうやって紙のカップをはずしたカップケーキを、両手でふわっと割って、口もとに持って行く。でも、ケーキを口に入れる前に、その両目を杏樹に向けた。髪の栗色に似合う、淡い、ふしぎな色の目だ。
「お名まえ、きいていい?」
「ああ」
杏樹はまだカップの紙を剥き終わっていない。
「
前は「森」の説明はしなかった。でも、サークルの先輩に、「もり」には「山盛りの
「うん」
三善さんは軽く声を立てた。
「わたしは三善
「生一本」で「生」の字がわかるのがいいことなのかどうか。
未成年なのに。
いや、もう未成年じゃないのか。
二十歳の誕生日は、昨日、家族で盛大に祝ってもらった。チキンを焼いたのを食べ、お母さんが東京まで行って買ってきてくれたという高級なケーキも食べさせてもらった。チキンとケーキとは、ちょっとクリスマスとまちがってないかと思ったけれど、時期が近いからやむを得ないというものだろう。
でも、ほんとうの誕生日は今日なので、このカップケーキが今年のバースデーケーキということになる。
まあ、いいか。
二十歳の誕生日には、「本命」でない研究室を訪問して、そこでケーキを食べた。それもたぶん「一生の思い出」になる。
「ま、いま三年生だから、二人の一年先輩だよね」
そう言って、三善さんは割ったケーキを口に入れた。明るい色のルージュを塗った唇を軽く閉じ、ゆっくりと口を動かして食べている。
「それで」
と先生が言ったので、そのあいだに杏樹は誕生日記念のカップケーキをむさぼる。
菓子フォークで大きめに切って、口に送り込む。三善さんみたいにきれいには食べられないけど、それはいい。上品にケーキを食べる子、なんてイメージを作られたら、あとがたいへんだ。
ケーキは、いい感じのとろけぐあいで、いい感じに甘い。甘ったるくなく甘い。
「
先生はいきなりちゃん付けして呼んでいる。泉仁子ちゃんはだまってうなずいた。でも、それだけでは悪いと思ったのか、
「泉は普通に水が湧き出すところの泉です。あ、
「いずみの国のふたもじの泉」って何じゃ? よくわからないが、気にしないことにする。
「仁子は、徳目の仁、
……よけいにわからなくなったけど、たぶん「泉仁子」でいいのだろう。
「わたしは
先生が自己紹介する。
「あとは省略。シラバスとか教員紹介とか見たら書いてあるし」
「横着」
三善結生子さんが言って、横目で先生を見て、ふふんと笑う。そして澄ましてミルクティーを飲む。
ま、先生が自己紹介してくださるというだけでも十分だと思った。
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