第6話 杏樹と印象の薄い子(5)
色白で、髪はふんわりしていて、やっぱり肩の上あたりまで覆っている。その髪の色は栗色というのか、栗色よりもうちょっと薄い色というのか。目は細いわりに瞳はぱっちりしていて、唇は小さくて、美人だった。ベージュ色のスーツに、お揃いのベストを着て、シャツの色は淡いクリーム色、その襟には細いレースの縁取りがある。「だれ?」と、ちょっともの問いたそうに杏樹の顔を見上げている。その表情が、すごい、きれい。
このひとが、と思った。
このひとが、たぶん、どんたくの言う「おっかない先輩」で、泉仁子が言っていた「
そのひとは、左手に、本を、それも分厚くて古くて重そうな本を十冊ぐらい持って、腰をかがめていた。
「あ、ありがとう。助かったわ」
きれいな、でも少し湿った感じのある声で、そのひとは言った。
「本、お持ちしましょうか?」
杏樹が声をかける。女のひとは小さく首を振った。
「それより、ドア、押さえててくれる?」
杏樹は黙って扉を押し、押さえてから言う。
「しばらく押さえてますから」
そのひとが入る幅を確保し、横によけて通り道も確保すると、そのひとはすっと滑り込むように部屋に入ってきた。
「あ、先生、二年生さんがドア押さえててくれてますから、いまのうちに」
「いまのうちに、ってなんですか? 泥棒に入るんじゃないんだから」
そう言いながら入ってきたのは、たまご形の顔に、まばらに前髪を下ろしたピンクの服の美人だった。このひとのほうがさっきのひとよりも歳上だし、タイプも違うけれど、やっぱり美人だ。
こちらのひとが日本史の先生なのは、その日本史概論という授業で知っていた。やっぱりおなかと胸の前にたくさんの本を抱えている。
さっきの美人のひとは泉仁子が座っているテーブルに到達して、抱えていた本を置いたみたいだ。どん、と、けっこう大きな音がしている。
「あらあなた」
と、入って来た先生が杏樹の顔に目を留め、足を止めた。
「たしか、去年、日本史概論にいたわよね?」
げっ、と声を立てないだけのとっさの努力はちゃんと払った。
でも驚いていた。少人数の授業ならともかく、日本文学部以外の全学部の学生を相手にした講義で、受講の学生は百人はいたと思う。それでも先生というのは顔を覚えているものなのだろうか?
先生が研究室に入ったのを見届けて、ゆっくりと扉を閉める。先生も泉仁子のいるテーブルまで行って、本を置いたらしい。
先生のあとからテーブルのところに戻ると、泉仁子は立ち上がっていた。でも、目のまえに置かれた、大量のほこりっぽい本を前に、どう動いていいかわからないようだった。
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