ハッピーハロウィンは待っている

田山 凪

ハロウィン

 ハロウィン、いつのまにやら異常な盛り上りを見せ、今となってはバレンタインデーよりもお金が動くともいわれている。

 確かに渋谷のあの光景を見たら納得できてしまう。店にはかぼちゃのスイーツやジャックオランタンの絵が載ったグッズやお菓子、ペンギンの絵が特徴的ななんでも置いてあるあの店では仮装するための衣装がいつも以上に売られてる。


 仕事の都合で土日は帰れなかった。会所に寝泊まりし、夜食を買いにコンビニへ行くとそこには何とも奇妙な姿をした若い人たちがたくさんいる。

 みんなでスマホの小さなカメラの画角に収まろうと必死に身を寄せて、チャイナ服やキョンシー、メイドや血だらけのドレス、女装やマスクをつけた韓国ドラマのコスプレ、某ハッカー集団のマスクやYouTuberがつけてたようなマスク、寝巻きのようキャラクター衣装に着ぐるみからぶんどって来たのか頭だけパンダになっている人もいる。


 個性豊か通りの眺めに、僕も多少は楽しんでいたが、交通の邪魔になるのは勘弁願いたい。全力で楽しんでほしいが節度をわきまえるのも大事だろうに。


 コンビニへ入ると蛍光灯の下品な光が目を刺す。この無駄に白いコンビニの明かりは苦手だ。もう少し暖色にしてくれるとありがたいけどそうはならないだろう。明るい場所に人は群がるのだから。

 夜は肌寒く温かいコーヒーが飲みたくなる。会社の自販機で売ってる安いコーヒーで済ませようと思ったが、味はいまいちでたまにはいいのが飲みたい。

 170円くらいするホットの缶コーヒーとサラダチキンとおにぎりを手に取り並んで待っていると、外ではパトカーのサイレンが鳴り響く。

 

 いけないな。パトカーなんて毎日は知ってるのに、今頭の中でハロウィンの連中が何かやらかしたのだろうと決めつけた。

 たまに思う。経験が染み付いてきた影響かとっさに想像することが何かこじつけ臭いというか強引なことがある。

 そりゃあ、ハロウィンは毎年何かしらよくないことが起きるのだから、僕の想像は決して間違いというわけではないだろう。だけど、そうやって見えないものを勝手に決めてると、何だか子どものころに嫌いだった大人になっているようで心が気持ち悪い。


 僕の前に並んでいた仮装をしてる若い青年たちが、女性店員へ馴れ馴れしく声をかけている。可哀想に、こんな日にシフトをいれてしまうとはな。


 身内ノリを他者へと押し付けるその様は、誰いない場所で踊るピエロのように滑稽だ。ピエロだって人がいなければ道化など演じないだろう。


「あ、あの。温めますか?」

「君の気持ちで温めてよ」


 店員がたじろぎながらも職務を全うしているのに、青年はふざけた回答をしてその周りの友人が笑う。「やめろよ~」と言いながらも誰も止める気はないのだ。

 

「悪いけど、頼むならさっさとしてくれないかな」


 僕がそう言うと青年たちは黙ってこっちをみた。じろじろと睨むのか見つめてるのかよくわからない眼差しだ。僕は不良だったことはないが一つわかる。この子達はガンを飛ばすことにはなれてないのだ。

 身内で笑いあって共有して、そんな毎日を送っているから敵対すること自体はそこまで多くないのだろう。

 似たような服装。似たような背丈。似たような顔。似たような話し方。よくもまぁ神様はここまでコピペしたような人間を同じ場所に集めたものだと感心する。


 青年たちは黙って会計を済ませると、何かぼそぼそと言いながら出ていった。正直、喧嘩にでもなったらどうしようかとも思ったけど、何もなくてなによりだ。


「これと147番を一つお願いします」

「はいっ。ソフトですね」


 何気ない日常の会話だ。

 でも、今日は一つ違った。


「あの、ありがとうございます」

「何がですか?」

「さっき、大学生を追い払ってくれましたよね」

「僕はただ早く夜食を食べてその後に一服したいだけですよ」

「それでも、ありがとうございます」


 大人になると謙遜してしまう。確かに困っていたから助け船を出したのに、僕は変なごまかしをしてしまった。ある意味職業病というやつだ。子どものころと違って、誰かに何かを自慢することはない。むしろ、成果を出してもそれが当然だと扱われる。


「まだお仕事ですか?」

「ええ」

「がんばってくださいね」

「お互いに」


 店員との何気ない会話。小さく頭を下げる姿は肌寒い外に出た僕の心を少しだけ癒してくれた。


 会社へ向かっているとそこら中に個性的な姿をした人たちがうろついている。いや、今のは嘘だ。一人二人ならば個性になり得るものが、大量に存在するために無個性へと変化していた。

 別に個性だけが大事ではないのはわかっているが、それでもあれだけの奇抜な恰好がこの日だけはあまり目立たないというのは非常に不思議なことだ。


 会社へ戻りスマホで軽くSNSを眺めつつ一服していると、トレンドにハロウィン関連の話題が目立つ。

 箱の中にいると外のことがわからなくなってしまう。だけど、常に時間は流れていて止めどなく物事は変化していた。

 別に感心があるわけでもないが、トレンドを眺め薄い時間を過ごした後に仕事へ戻る。


 仕事を終えるころには終電は過ぎており、今日は仮眠室で寝ることになった。その間までに何度パトカーの音を聞いたかわからない。他意はない。

 

 年末も忙しくなるというのにその前に起きたトラブルを対象するはめになるとは、下手に仕事が出きるからこそこういった時に頼られてしまう。 

 苛立ちとかなくなるほどすでに疲れはピークだ。固く白いベッドに体を預けると、寝ようとすら意識しなくても自然と眠りについた。


 起きた時にはすでに10時を超えていた。本当なら遅刻している時間だが、さすがにここ数日の泊まり込みのおかげか特におとがめはなし。


 今日は夕方前に帰ることができるけども最終チェックは時間がかかりそうだ。連日の忙しさは一切ないが、待っている時間に眠気をこらえるのがつらかった。


 昨日は日曜でハロウィンイベントもやってたが、実際のハロウィンは今日だ。おそらく夕方になればそれなりに仮装した人が増えるのだろう。なるべくそういった人たちが多い時間は避けたいと思いつつ、帰るのは夕方前で駅に行くと学生がたまっていた。


 疲れている今の僕には、女子学生の甲高く下品な笑い声や、男子学生の無駄に大きい声が苦痛に感じる。

 

 駅のホームで電車を待っているとメッセージが届いた。端的に「お菓子を調達せよ」とのメッセージだ。そのメッセージを送ってきたのは妻だ。大方、ハロウィン用のお菓子だろうと思いつつ、どんなものがいいか考えていると電車がやってきた。


 疲労のたまった体には電車の揺れが揺りかごのごとく心地いいものに感じる。足元から温かい空気が流れ、体温をちょうどいい温度をあげていく。

 でも、寝られない。二駅先で降りないと行けないのだから今寝たら寝過ごすの明白だ。


 なんとか眠気を堪え到着し、近くのスーパーで適当にお菓子を用意して家向かった。ようやく安心して眠れる場所にたどり着く。

 チャイムを鳴らし扉が開くのを待っている間、眠気も疲労も限界なのがわかる。早く寝たい。ベッドで横になりたい。そんな気持ちでいっぱいだった。


 扉はいつもより勢いよく開く。すると、元気いっぱいの声が僕を出迎えた。


「トリックオアトリート!!」


 そこには、仮装した娘と妻が小さなジャックオランタンのかごを持っていた。

 嫌になるほどハロウィンの町をみた。駅の姿にうんざりしていた。早く寝たいと何度も思った。

 だけど、この二人とのハロウィンだけは僕にとって最高の癒しだ。


「お菓子くれないとイタズラするぞ~」

「見てよ加奈ちゃん。すっごいだらしない顔してるからお菓子もらってイタズラして元気にしてあげようよ」


 娘の無垢な声と、妻のちょっといじわるの声が、とても心地よかった。


「ほら、お菓子パーティするから早く入れてくれ」


 ハロウィンも悪くないかもしれない。

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