落ちぶれた元神童は天才の幼馴染から逃げない



その再会は唐突だった。





「光!お弁当を作ってきてあげたわ!今日の昼休みは空けておきなさい。また迎えに行くわ」



...え?




「おい今のって...」


「あの、紅さんだよな」


「1個下には思えねえよ。まじで綺麗」


「はぁ〜美人」


「てか...光?」


「光って...酒井だよな?」


「はぁ?」


「なんであいつが紅さんに弁当作ってもらってるんだよ!ありえねえだろ!」


「もしかしてもしかするのかな!」


「きゃー!」


「釣り合わないよねえ」



「な、なぁ、光...お前、いつの間に仲直りしてたんだ?」


「いや、俺も全く見当がつかない。正直めちゃくちゃ戸惑ってる。てか逃げたい」


場が騒然とする中、当事者でありながら人一倍放心していた俺に俺と紗雪が幼馴染だと知る友達が声をかけてきた。


...うん。逃げたい。

先程の周囲の反応を見ての通り、俺は今

戸惑いと好機、嫉妬の目に晒されて針の筵だ。



どうしてこうなった。

3年生に上がり、今日もまだ紗雪に会う勇気が出ないと自己嫌悪しながらもいつも通りの平凡な1日を過ごすはずだった。

そんな時に朝から紗雪が教室に現れ、先程の宣言をして去っていったのだ。




「いや、実は幼馴染なんだよ。最近は会ってなかったけどな」



そう言って周囲の追及を何とか乗り切り、

ついに昼休みがやってきた。



「本当にくるのかなぁ紅さん...っておい!?光、お前真っ青だぞ!?」


紗雪がくるのを一緒に待っていてくれてる友達にそう指摘されたが、当たり前だ。

本当に突然なんだ。

しかも最悪の喧嘩別れで1年も会ってない。

心の準備なんかできてるわけがない。



だが時間は待ってくれない。

俺の気持ちを全く労わることなく、その時がやってきた。



「光、きたわよ。中庭に行きましょう?」


「あ、あぁ...」


約束?通りきっちり昼休みにやってきた紗雪に大人しく着いて行く。


「...」


「...」


無言だ。実に気まずい。



「あ、あー。その、紗雪...?あのさ─」


「話はお弁当を食べながらにしましょう」



あっ、はい。




そして無事に中庭に着く。

ちらほら人がいて、紗雪を見て見惚れ、次いで俺を見て首を傾げる。


...居心地が悪い...。



「じゃあ、光。まずはこれ、お弁当。

...べっ、別にあんたのために作ってきたんじゃないんだからねっ!」



「は...?」



作ってきたらしい弁当を俺に渡しながら、

謎のツンデレ台詞を発してきた。

真顔で。何の恥じらいもなく。



「あら、お気に召さなかったかしら?

...光はツンデレはタイプじゃない、と」



俺が呆気に取られている様を冷静に観察した紗雪は小声で何かをメモしだした。



「い、いや、あのさ、紗雪。その、いきなりどうしたんだよ?」


「あぁ、久しぶりだものね。驚くのも無理はないわ。喧嘩別れして以来だったかしらね。

ねえ、私達はもう17歳と18歳になる年なのよ?いつまでも子供みたいに喧嘩するのもどうかと思わない?この豚野郎」


「へ?」


「あら。毒舌系もお気に召さなかったかしら。...結構自信あったのだけれど、当てが外れたわね」



突然の罵倒。

でも何の感情も宿ってなかった。

わからない。

暫く会わない間に紗雪に何があったんだ?

...まぁでも確かに、もう良い歳なのにいつまでも喧嘩してる場合じゃないと言うのは賛成だ。



「...紗雪、でも謝らせてくれ。本当にごめん」


「...それは、何に対しての謝罪かしら?」


「その...お前がこの学園にきたのは俺のせいだろう?俺が、お前の人生を台無しにしてしまった」


「...勘違いしないで欲しいわ、光。

私は私の意志でこの学園にきたの」


「なんでだよ!お前なら俺と違って、もっといい学校に行けただろう!」


「...でも、この学園にはあなたがいるから」


「!?」


そう言って紗雪は上目遣いで俺を見てきた。

...か、可愛い。それに俺がいるからって...?


そこまで考えて一気に顔が赤くなり、思わず顔を逸らす。


「...なるほど、光は甘々系が好きだったのね。個人的には苦手な部類なのだけれど...頑張るしかないわね」



またも小声で何やら呟いてメモを取る紗雪を横目に見て、俺は思った。


...なんかこいつ、変人になってないか?




「こほん。この話はお終い。仲直りしましょう。光、私の作ってきたお弁当を食べましょう。...あなたを思って作ったのよ?」


「ぐはっ」


またもや上目遣いで可愛いことを言われて吐血寸前だった。

ギャップ!ギャップやばいって!



「あ、あぁ...。うわ、めっちゃ美味しそう!

いただきます。...やばい、紗雪、まじで美味い」


「そう。よかったわ。...隠し味は愛情よ?」


「ぐはっ」



その後、喧嘩していた気まずさはすっかりなくなり俺達は昔のように楽しい時間を過ごした。

...いや、紗雪が何故か毎回上目遣いで可愛いことを言うオプションが加わって俺は嬉しさと恥ずかしさで死にそうだったけど。



◇◇◇



また昔のように、いや、昔以上に仲良く紗雪と話すようになってから一月が経った。


毎回のように上目遣い攻撃を受けたおかげですっかり耐性もつき...いや、若干耐性もついて、最初のように一々赤面して吐血しそうになるようなこともなくなった。


「...慣れられてもつまらないわね。

次はどのキャラにしようかしら?」


またも紗雪が何やら小声で呟いていたが、よく聞こえなかった。



そんな充実した日々を過ごしていたある日、俺の元に招かれざる客がきた。



「おいお前、紅紗雪とはどんな関係なんだよ?」


そう不躾に尋ねてきたのは

隣のクラスの池麺次郎(いけ めんじろう)。

面識はないが、バスケ部の次期キャプテン確実と言われている上に、成績まで学年上位と言う完璧なイケメンだ。


「別に、ただの幼馴染だけど」


「なるほどなぁ、幼馴染か。おかしいと思ったよ。どう見てもお前と紅紗雪じゃ釣り合いが取れてないもんなぁ。なんだよ、安心したぜ」


「...」


釣り合いが取れてないことくらい分かってる。

落ちぶれた俺なんかと違って、紗雪は天才で、しかもあの美貌だ。

幼馴染だから仲良くしてくれてるだけだってことくらい、俺が一番分かってるよ。


「なぁ、今度俺に紹介してくれよ。

お前はただの幼馴染なんだからいいよな?」


「おい、池!お前いくらなんでも...」


「いいよ、斎藤。わかった、紹介するよ」


「ちょっ、光、お前...」


「お、さすが身の程分かってるじゃん。サンキュー、酒井。じゃあ早速今から中庭にでも呼んでくれよ。あぁ、お前はこなくていいから」


「わかった」


そう言って池は去って行った。



「おい、光!本当にいいのかよ?」


「あぁ。俺と紗雪はただの幼馴染だし、あの可愛さだぜ?俺とは釣り合ってないってみんな思ってるだろ」


「お前...」


「わり、帰るわ」



事情を知ってる友達の斎藤健太(さいとう けんた)の引き止める声を無視して、俺は紗雪を中庭に呼び出して、何となく携帯の電源を切って帰路についた。



これでいいんだ。

池は俺なんかと違ってイケメンだし、

勉強と運動を両立させていて、遊び呆けている俺なんかとは大違いだから。



◇◇◇



「ちょっと光、あんた顔色真っ青よ。大丈夫なの?」


「あぁ、ちょっと具合悪くて。部屋で寝てるよ」



家に帰って、俺の顔を見た母親に開口一番そう言われた。


そうか、俺は真っ青な顔をしてるのか。



...分かってる。これは逃げだって。

俺は紗雪が好きだけど、

でも紗雪と一緒にいる時の周囲の目に耐えられないんだ。

小学生までは学校でも年中一緒にいたけど何も思われなかった。

でも考えてみれば中学は別々だったし、紗雪と一緒にいる時はいつも家だったから今のような状況になったことがなかったんだ。



「...くそっ」



想像以上に辛かったんだ。

紗雪は全く気にしていなかったけど、

少し耳をすませば俺への陰口が聞こえてくるんだ。

ただでさえ神童じゃなくなった時に周囲の目に敏感になってしまった俺には耐えられなかったんだ。



「光、あんたに客よ」


「客?誰だよ」


「まぁまぁ、あんたびっくりするわよ!」


ふと、母親が扉をノックしてきて、そう声をかけてきた。


俺に客...嫌な予感がする。



「...今具合悪いから帰ってもら─」


「失礼するわよ!光、あなた私に謝らなきゃいけないことはない?」



俺の拒絶の言葉を無視して、どうやら既に上がり込んでいたらしい紗雪がドアを勢いよく開けてきた。



─あぁ。嫌な予感が当たってしまった。



「...ごめん」


「それは何に対しての謝罪かしら?」


「...嘘ついて、池に紹介したこと」


「それも勿論あるわよ。でも私が一番怒ってるのは別のこと」


「...ごめん、分からない。池とはどうしたんだ?」


「何か色々1人で勝手に盛り上がってたけれど、興味ないから無視したわ。...そしたら言ってたのよ。光と私が釣り合わない、関わらない方がいいって。光もそう思ってるって」



こんな時なのに、紗雪が池を興味ないと切り捨てたことに嬉しくなってしまう自分がいて、それが恥ずかしい。



「...あぁ。だって実際そうだろ?いくら幼馴染とは言え、方や美人で天才。方や落ちぶれた凡人。俺と一緒にいたら、お前の評判に傷が─」


「見くびらないで!」



俺の嘘偽りない気持ちを紗雪に語っている途中で、紗雪に怒鳴られてしまった。



「あのね、光?あなたは凄い人よ。私に勉強を教えてくれた。要領の悪かった私に効率を教えてくれた。...いつも私を引っ張ってくれてた。確かに、今は落ちぶれたかもしれない。でもそれはできないからじゃない、あなたがやろうとしないから。...あなたは絶対やればできるもん。だって..だって、私のヒーローだもん...」



「紗雪...」



そう言って泣き出した紗雪を見て、俺も涙が出てきた。


あぁ、俺は本当に馬鹿だ。

たった一度の失敗で。

たった一回、紗雪に抜かされただけで。


たったそれだけのことで全部全部どうでもよくなって、全て投げ出して1人で勝手に落ちぶれて行った。


元神童?今は凡人?紗雪は天才?

違うだろ。俺は、俺達は天才なんかじゃない。ただ人並み以上に一生懸命に勉強しただけだ。

2人で勉強するのが楽しくて、それで...

俺が合格したら紗雪が自分のことのように喜んでくれるのが嬉しくて....



神童が落ちぶれた?当たり前だ。

勉強しない奴がどうやって成績を上げるんだ。

紗雪は大学模試で高得点を取った?当たり前だ。

不貞腐れて遊び呆けた俺と違って紗雪は毎日ちゃんと勉強していたんだから。


あぁ、俺はこんな簡単な事実から目を背けて、自業自得なのに1人で勝手に...



それだけじゃない。

紗雪を好きなのに、人目を気にしてその気持ちに蓋をして、それどころか勝手に他人を紹介して...

紗雪に迷惑かけてばっかりだ。



紗雪は...俺が好きなんだろうか?

あり得ない。釣り合うわけないと脳が訴えているけど、ここまできたらそう思わざるを得ない。



「紗雪...俺、お前が好きだ」


「ぐすっ...知ってるわよ。見くびらないで」


「それで、その...。俺、頑張るから。お前と釣り合うように、また頑張るから、だから─」


「光っ!」


「お、おい!?」


言葉の途中で紗雪が感極まったように抱きついてきてあたふたしてしまう。


「光、大丈夫。大丈夫だから。私のヒーロー、言って?」


「ぐっ...、お、俺と付き合ってくれないか?」


「ええ、喜んで」



そう言って満面の笑みを浮かべた紗雪は今まで見てきたどんな表情よりも綺麗で可愛くて、結局俺は吐血した。



◇◇◇



「お、おい、紗雪...これは流石に」


「なによ、別にいいじゃない?私達恋人なんだから」



次の日、無事に恋人になった俺達は

小学生の頃以来に一緒に登校していた。

...腕を組んで。

言ってなかったが紗雪は胸がでかい。

その胸をこれでもかと押し付けてきて、羞恥心と幸福が同時に押し寄せてきた。



「さ、流石に人目があるから...」


「大丈夫よ。あ、私寄りたい所があるから付き合ってちょうだいね?」



勿論周囲の目は以前と変わらず、いやそれ以上に俺達に集まっていた。

でも大丈夫だ、もうへたれない、俺の弱さに紗雪を付き合わせない。


...あれ?



なんとなく、なんとなくだけれど。

視線の種類が違う気がする。

いつもは好奇心と嫉妬、敵意等の悪意ある視線が目立ったのだが、今日の視線は好奇心と多少の嫉妬、それに、なんだか穏やかな生暖かい感じが....




「って、紗雪、ここはまずいって!」


「ほら、いいから行くわよ」



紗雪の寄りたい所はまさかの隣のクラス、池のいるクラスだった。

昨日紹介するなんて愚行を犯した手前、こんな腕を組んで会いに行くなんて喧嘩を売ってるようにしか─



「あ、いたわ。ねえ、そこの先輩。

この通り、私、光と付き合いました」


「ばっ、紗雪─」


「あ、あぁ...。おめでとう。それと酒井、でしゃばって悪かったな」


「へ?」


「ふふ。ありがとうございます。それじゃあ。ほら、光、行くわよ」



まさかの池からの祝福と謝罪に、俺は間抜けな顔をしていただろう。


そんな俺の腕を紗雪にぐいぐい引っ張られつつ、俺のクラスに戻る。


「それじゃあ光。また昼休みに会いましょう。好きよ?」


「つっ...」


そう言って2年の自分のクラスに戻って行く紗雪を見送る。突然の「好き」に顔が赤くなってしまった俺はそそくさと自分の席に着く。


クラスメイトからの視線が生緩い。

なんだか微笑ましいものを見たみたいな...


「よっ、光。おめでとよ!」


「なぁ、斎藤、何か学園の様子がおかしくないか?俺の気のせいじゃなければ、歓迎されてるような気が...」


「は?そりゃお前、あんなことされちゃな」


「あんなこと?」


「あぁ?聞いてないのか?」


「俺は何も知らないよ。だから戸惑ってるんだ」


だから声をかけてきた斎藤に聞いてみたら、何やら訳知り顔だったので問い詰めることにした。



「昨日あの後、紅さんがな?─」




「...まじかよ」


「ま、そう言うこと。だからお前らにちょっかい出すような馬鹿はもういないよ、安心しろ」


「死にたい...」



斎藤の話によると、池に俺が釣り合わないから身を引いた話を聞かされた紗雪は、クラスメイトの放送部員の手を借りて全体放送で

俺との出会いから、俺のおかげで自分が天才と呼ばれるようになったこと、自分がどれだけ俺を思っているかを長々と述べた後、絶対に私達の邪魔をするなと啖呵を切りその足で俺の家にきたらしい。



あぁ、死ぬほど恥ずかしい。

でもこれで、最初からそのつもりはないがより一層、後に引けなくなった。


絶対に釣り合う男になってみせる。

やってやる。



その後、紗雪と昔以上に猛勉強したが

流石にずっとサボっていたツケは安くなく、

1浪してしまったが、翌年無事に最難関大学に紗雪と首席、次席で揃って合格した。

ちなみに紗雪が首席だ。

だが俺はもうそんなくだらないことを気にしない。

昔は紗雪を引っ張っていた俺が今や紗雪に引っ張ってもらってるんだ、今更の話だ。


俺は、俺達は恋人として、

これから大学生活を思いっきり楽しむんだ。



そして最後の最後、紗雪より上を行って卒業してやる。そしたら絶対にプロポーズするんだ。



「どうしたの光、そんな真剣な顔して?」


「...あぁ、俺達の将来について考えてた」


「それって...。っ、もう、バカ!」


「あはは。なぁ、紗雪」


「なぁに?」


「俺は絶対にお前に勝つ!」


「ふふ、なによそれ。手加減しないわよ?」



あぁ、望むところだ!





────────────────────



これで完結です。


本編、「ラブコメの舞台にとんでもないチャラ男が入学してしまった」に出てくるキャラの原作のエピソードになっておりますが、お気づきでしょうか...?


はい、ちょっとストーリー変わってます(土下座)


ちゃんと物語として書いてるうちに色々変更したくなってしまいました!すいません!!



まぁ、読み切りと連載の違いと言うことで、どうか勘弁してください...笑



もし、この短編を読んでから本編を読む方がいましたら、1章を読むのは脳破壊覚悟でお願いいたします。



面白かったら是非[★★★]を。

お付き合い頂きありがとうございました。

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[短編]美人で天才の幼馴染は落ちぶれた俺を逃してくれない けら @kakuyomanaiyo

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