第18話「人生の墓場」
自分が嫌いなマゾヒスト、それが真衣であった。
自信がないから嫌い、愛される他者になりきる事を望み。
不幸にも、生来の被虐気質を噛み合わさってしまったのが彼女である。
「じゃあさ……病院に行こうか」
「…………………………はい??」
「お前の全てを肯定するし、今のお前に愛すら感じる。――それはそれとして、カウンセリングが必要じゃね??」
「急にまともにならないでくださいよっ!? というか喧嘩売ってます?? ねぇ、ねぇ、ねぇっ、ぶん殴られたいんですか!!」
「いやー、俺はどうかと思うぜ? 精神的に被虐気質なのにさ、肉体的にも被虐になったら救いようのないドMっていうか、過激なSMにハマッて数年後には手足を切り捨た肉人形になる未来しか見えないぞ??」
なんて事を言うのだと真衣は激昂したが、一方でその通りだと冷静な部分が押しとどめて。
(お、落ち着くんです私っ、病院なんてただの挑発……いえ本当に? 本気で心配してますよね?? 違う、そう思わせ何かを要求する、そのつもりですねっ)
(思ったより怒らない……、気づかれたか?)
(これ以上、好き勝手されると……嗚呼っ、想像しただけで身も心も変になりそうですっ、何とかして今は逃げて……、そ、そうですっ、せめて海恋先輩から対処法を聞き出さないとっ)
(コイツの逃げ道は二つ、海恋か有城だ。……いや違うな、真衣は兄である有城に頼らない、なら――徹底的にヤるか)
ごくり、彼女は無意識に唾を飲み込む。
絶対によからぬ事をされる、抵抗するしか道はなく。
だがその為には、逃げて体制を立て直さないといけない。
「……ふむ、悪い、病院は言い過ぎだった。ごめん、謝るぜ」
「何を考えてるんです、気持ち悪い」
「真衣のことしか頭にない、どうやってお前を愛するかで頭がいっぱいなんだ。なぁ、どうやったらお前は喜ぶ? 幸せになれる?」
「言いませんよそんなのっ、絶対に斜め上の方法で実行するんじゃないですかっ!!」
「そっか、なら――結婚しようぜ」
「………………………………………………は??」
あまりにも突拍子のない提案に、真衣の脳はフリーズ寸前だった。
結婚、結婚とは何だろうか。
誰が誰と、何のために、と困惑する彼女の頭を秋仁は優しく撫でて。
「お前に責任を迫るなら、その前に俺から責任を取らないとな、未来永劫……お前の側で愛する為に結婚してくれよ」
「――――嘘っ、嘘ですそんなのっ、信じませんから、だいたい海恋先輩にだって同じ事をしようとしたんじゃないですかぁ??」
「アイツ、その辺のコントロール上手だったよな、上手く甘えて来て先延ばしにしやがったし。まぁ、今となってはそれで正解だったんだろうが」
「くっ、苦労したんですね海恋先輩っ、私は心が折れそうですっ」
「折れても肯定し、支えて、愛してやるぜ!! そう――結婚式の誓いのように!! そうだ、予備で残しておいた結婚届があるから書いて出しにいくわ」
今日という日を結婚記念日にするつもりだ、と真衣は戦慄した。
秋仁とそうなる事を妄想しなかった訳ではないし、そうなる事を望んでいた。
だが、プロポーズはもっとロマンチックにして貰うか、泣いて足下に縋りついて結婚を望んで欲しかったのだ。
「まっ、待ちましょうか秋仁先輩っ!? ――って、本当に用紙があるっ!? おわあああああああああっ、ストップストップっ!! 結婚はまだ早いですって、ホントマジで結婚とかまだ止めましょうって!!」
「けどな、前に言ってただろ真衣。本当に避妊してたかどうか教えてあげないって、なら避妊してないか失敗してた可能性があってさ、妊娠してる可能性もある訳だろ? ――責任を取る、男として」
「避妊してました嘘です不安に思って欲しかっただけです、構ってちゃんな私が悪かったんです、だから結婚届けはまだダメえええええええええ!!」
結婚届を必死に奪おうとグーで殴りかかる真衣、だが秋仁は華麗に避けるし、当たっても筋肉に阻まれる。
「うわ堅っ!? なんでこんなに鍛えちゃったんですかっ!?」
「言わんと分からんか? 昔さ、海恋がお姫様抱っこすら出来ないひ弱って煽ってきたからだぞ?」
「そういえばそんな事を盗聴で聞いた覚えがありますねぇっ!! 畜生っ!! 結婚なんてしませんからねっ!!」
「いやいや無理すんな真衣、俺には分かる……結婚に喜んでるお前が、無理矢理結婚なんてってマゾ心をきゅんきゅんさせながら、冷静にダメでしょって葛藤してるお前が素敵だよ」
「そこまで理解してるならっ、止めてくださいよ!!」
このままだと結婚してしまう、逃げ場が無くなってしまう。
だが顔は嬉しさで緩み、体の芯は危機感で冷え込み風邪をひきそうだ。
このままではいけない、どんな手を使ってでも阻止しなければ。
「仕方ない…………もしもし有城? 今大丈夫か?」
「え、なんで兄貴に電話してるんですっ!?」
「ちょっと頼みがあるんだ、真衣と結婚すっから準備してくれるか? ああ、違う違う、うっかり惚れちゃったからさ、責任取って逃げ場も無くそうと思って」
「うぎゃああああああっ!? 兄貴っ!? 聞こえてますよね兄貴っ!? 絶対に結婚届の用意なんてしちゃダメですっ、ただでさえ目の前にあるのにっ、兄貴が用意しちゃうとマジで阻止できなくなるからぁっ!!」
「喜んで? ああ、――大切にするし、泣かさないさ、真衣の孤独は……俺が埋める、いやもう埋めた、これからは親友ってだけじゃなくて家族だぜ有城ッ!!」
「バカ兄貴いいいいいいいいいいいいい!!」
兄の秋仁への協力に、真衣は目の前が真っ暗になった様な気がして。
本当に、本当に結婚してしまうのか。
ブラフではないのか、だが油断したら夜には新婚さんになってしまう気がしてならない。
「今夜は……新婚初夜か、役所の帰りにSMグッズ買ってくるかなぁ」
「不可っ、そんなのダメっ、秋仁は乙女を何だと思ってるんですか!! 私はそこまで淫乱じゃないし、そもそも結婚しませんっ!! ノー結婚っ!! まだ恋人でいましょうっていうか恋人ですらないですよねっ!? いきなり結婚とかありえないっ!!」
「結婚から始まる恋人だってある……、俺達は他の奴らよりレアな順序ってだけさ」
「無駄な前向き止めろぉ!!」
真衣はウガーと吠えながら、ダンダンと力いっぱい地団駄を踏む。
それが決定打になったのか、それまでの騒ぎに耐えかねたのか。
ガチャと扉が開き、呆れた顔の海恋と、不安そうな葵が入ってきて。
「な、なぁ結婚と聞こえてきたが大丈夫か??」
「下手を打ったわね真衣ちゃん……、諦めが肝心よ」
「助けてくださいよ海恋先輩っ!! せめて先延ばしにする助言をおおおおおおお!!」
「はぁ、邪魔すんなよ海恋。俺は本気だぞ」
本気だから始末が悪い、と海恋は頭を抱えたくなったが。
真衣の事を思うと、流石に止めなくてはならず。
「――落ち着きなさいアキ君、オジさんとオバさんにはどう説明するの? 帰ってきたら結婚してた何て驚くし、もしかすると悲しむかもしれないわ」
「…………む、確かに」
「その手があったかっ、さっすが海恋先輩っ!!」
「ほうほう、勉強になる……」
動きを止めた秋仁に、感心する葵と真衣。
一件落着のような雰囲気すらあったが、海恋は油断してなかった。
この硬直は諦めた訳ではない、むしろその逆。
「……………………話は変わるけどさ、男に共通する性癖って知ってるか?」
「へ? 何です秋仁??」
「抵抗があればある程、燃え上がるってもんさああああああああああああああああ!! はっはーーッ!! このまま役所に行ってやるぜぇッ!!」
「そんな兄さんッ、全裸だぞ!?」
「しまったっ、アキ君は門の近くに予備の服を隠してるのっ!!」
「ああああああああああっ、逃げたああああああああっ、待って、待ちがやがれ秋仁おおおおおおおっ!!」
「止まれ真衣っ、お前はまだ裸じゃないかっ、よせっ、兄さんを止めるの手伝うから服を着ろぉッ!!」
そうして強行突破した秋仁は予備の服を回収すると、着替えながら全力疾走。
途中、電車の中など役所までの道のりで鬼ごっこが発生したが。
「…………ふっ、俺の勝ちだ。一緒に幸せになろうな真衣、この結婚は後悔させないぜ」
「なんで役所に居た人全員を口車に乗せて、私が断れない雰囲気っていうか、何を言っても信じてくれない空気を作ってるんです?? 怖いんですけど?? え? 私、本当に結婚しちゃった……?? 嘘です、こんなの絶対に夢、およよよっ、嘘です~~~~っ」
「素直じゃねぇな、半分ぐらいは喜んでときめいてるってのに」
「ぶん殴っても許されますよね?? 夫婦DVも辞さない構えですよ??」
「結婚早々悪いが、明日は別行動な。俺はちょっとお前を幸せにする第一歩を踏み出してくるから、ああ、離婚届けは考えない方がいいぞ」
「話聞いてます?? せめて初夜はまともに愛してくれないと義母さんに有ること無いこと言いますよ??」
結婚してしまものは仕方がない、悔しいが秋仁の指摘通り。
怒りと戸惑いが半分、残りは愛とトキメキと幸福と満たされてしまう乙女心。
甘いのか辛いのか分からない初夜の翌日、両親への言い訳を考えながら真衣は今。
(ぜぇえええええったいっ、変な事を企んでますよっ!! いざとなったら割って入って阻止してやるっ!!)
何処かへ出かけた秋仁の後を、少し離れた所でストーキングしているのであった。
【未完結】今日も後輩は元カノのフリして笑う 和鳳ハジメ @wappo-
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