流星

弓チョコ

流星

 大学生なんて、お気楽でしょ。適当に授業をサボって。適当にサークル入ったり、居心地悪くなると辞めたり。適当にバイトして、適当に遊んで。

 将来? うーん。


 最悪、適当に男捕まえて結婚したら働かなくて良いし。


「…………未読無視かよ」


 普段適当に。

 適当なつもりだけど。たまに、本気になる。大概の場合それは、恋愛絡みだ。


 ハタから見れば、どうでも良い男を忘れられないバカなオンナ。






→→→






 あれは最初の授業の日。


「……ごめん、ペン忘れちゃって。貸してくれない?」


 我ながら、ベタだと思う。切っ掛けが欲しかったんだ。たまたま、隣の席に座っていた男子。この時は別に、どうとも思わなかった。まあ、髪も染めてたし、服もまあまあだったし、他の友達も居そうかなって。繋がりのひとつになればと、話し掛けた。今思えば浅いこと考えてたな、私。


 週に一度の授業で。次の週は来なかった。適当にサボったのかなとか思って。


「すまん。先週のノート見せて」

「…………えっ」


 さらに次の週に、彼から話し掛けられた。それだけで、意識し始めちゃう程度のオンナ。


「写す?」

「いや、写メでくれない?」

「…………うん。じゃあ、スマホ……」


 彼の方が一枚上手だった。勿論、やんわりと断ることはできたけど。上手いなと、思ってしまった。その感動に対するお礼として、連絡先を交換した。


 とかなんとか。


 私は浮かれていたんだ。バカにしてた。上から目線だった。

 まだ関係が浅いから、私がイヤなオンナだってバレてないだけ。


「サンキュ。俺、たまに授業行かないからさ。ちょいちょい写させてよ。今度なんか奢るから」

「えっ」

「あー……。いくらか払った方が良いか。俺も飯、いつも時間適当だし」

「あ……。あはは、そうなんだ。良いよ別に。じゃあお礼は考えとく。貸しね」

「すまん。助かる」


 彼は他の授業は一緒にならない。この授業は色んな学部が受けられるから、学部から違うかもしれない。それにしても見かけない。普段一体どこに居るのか。

 少し気になったけど、まだ別に、連絡先を交換しただけ。私は他の授業でも、似たようなことをしてるから。色んなサークルに誘われた。


【ねえ、どこかサークルとか入った?】


 彼が来ない日。授業中にメッセージしてみる。

 既読は付かない。本当に何か忙しいのかな。バイトとか?


【すまん返信遅れた。サークルは入ってない】


 結局、就寝前に返信が来た。

 一体何をしているんだろう。またひとつ、気になった。


【私今、色んなサークルの新歓回ってるんだけど、今度どう? どれも楽しそうだよ】

【すまん。部活、やってるから】


 部活。


 大学生なんて、適当でしょ。部活って。コーチとか居て、高校の時みたいに皆必死にやるやつでしょ。ウチ、別に力入れてる部活も無いし、なんでだろう。


【そうなんだ。何部?】

【アーチェリー。って、知らないよな】

【あー。オリンピックの。そんなのあったんだ】

【洋弓場、隅っこにあるからな】

【授業サボって練習してるの?】

【そう】


 タイミングを逃した。何がって……メッセージが、寂しいことだ。適当で良いやと、絵文字も何も使わないでいたら、それでノリが固まってしまった。無機質で興味なさそうに見えるだろうか。でも相手もだ。彼も、文字だけ。でも続いてる。


 2週間に1度しか会わないのに。


「サークル、なんか決めたの?」

「…………うーん。まだ」


 2週間振りに会う。結局、私はこの授業では彼しか知り合えていない。彼も、私以外と話す所は見ない。いつも隣。

 周りからどう見られてるだろうとか考えてしまう。


「なんかしつこく誘ってくるサークルがあるんだけど、ちょっと合わなさそうなんだよね」

「へえ。そもそも何するんだ? サークルって」

「そりゃ、サークルによって違うけど。適当にスポーツしたり、旅行したり、イベントしたり……。まあお遊びかなあ」

「へえ」

「…………興味無さそう」

「いやまあ。俺は部活あるし」

「ずっと練習? 今日も? 授業サボってまで?」

「まあな。今メッチャ楽しくて。サボれる授業は可能な限りサボってる」

「……え、マジで全部練習してんの?」

「ああ」

「…………そっちの方が『へぇ』だわ」


 興味無いのに。私の中に、アーチェリーの知識が増えていく。

 50メートル先から射つとか。1試合72本も射つとか。弓道との違いとか。

 興味無いのに。


【大会が近いんだ】

【そうなんだ。頑張って!】

【いつもサンキュな】

【いや私何もしてない】

【ノート。あれのお陰でテストも赤点回避できたし、何も気にせず練習に打ち込める】

【あー。じゃあそろそろ奢ってよ】


 1ヶ月に2度しか会わない。コミュニケーションの大半は、スマホだ。

 まだ10回も会ってない。なのに、もう。どこのサークルに入るか決まってもない。なのに、もう。

 気が付けば、前期が終わりそうになっていた。

 貴重な、大学1年生の夏が始まる。

 毎日のように会う、入ってもないサークルの先輩より。彼の方が気になる。遂に、食事をすることになりそうで。


 そこから既読は付かなかった。


 約2ヶ月。夏休みは、別の友だちと。

 しつこいサークルで。

 別の男性と。過ごした。


 過ごしたぞ、おい。






→→→






「…………一応。一応だから」


 ひとりごと。

 後期になった、初日。あの授業は終わった。学部が違うから、ともすれば二度と会わない。

 私は。別の人と居るときも。彼が気になっていた。

 未読無視するようなヤツなのに。でも心のどこかで、彼は理由もなくそんなことするような人じゃないって、思ってて。何かあったんだって、勝手に。

 10回も会ってないのに。


「……本当に、こんな所にあったんだ。用が無きゃ絶対来ない……」


 大きかった。広かった。野球みたいなネットに囲まれて。広い運動場。端っこに引かれたラインに、人が跨いで立って。反対側に、畳が壁に立て掛けられていて。


 実物なんて初めて見る。いや、スポッチャで見たことあるかも。


 あの丸いやつ。赤とか青とか黄色の円がいくつも重なった、『マト』?


 タンッ。


「わ。誰か居る」


 畳に刺さった。黒い棒が見える。アレが『矢』だ。あんな音するんだ。すると向こう側に、撃った人……射った人? が居る筈。


「………………っ」


 息を飲んだ。






→→→






 彼は。

 こんがり焼けていて。染めていた髪も、プリンになっていて。

 真っ直ぐの姿勢から、『それ』を射ち放った。


 たまたまだろうけど、見えた。

 50メートル先まで綺麗に、低い放物線を描いていて。何かが……恐らく『矢羽根』が反射して、キラキラと。


 まだ午前中なのに。


「――――……」


 タンッ。

 見惚れていた。一瞬なのに、長く感じた。不思議な感覚。網膜の内側では尾を引いていた、それはいつの間にか。『マト』に吸い込まれるように刺さっていた。


 ずっと漂っていた私の心のモヤが、一撃で吹き飛んだ気がした。

 彼は私より。ううん。サークルや飲み会や授業や恋愛より。

 今の『アレ』を選んだんだ。


「…………ん? あれ? おーい」

「あっ。見付かった……」


 あの真剣な眼差し。刺すような。矢じゃなくて眼力で刺すような眼差しが、一瞬で解かれて。私を見付けて、いつものように笑った。

 ……ああそうか。いつも、笑ってくれてたんだ。私と居た時は。

 私は適当に、しちゃってたのに。


「久し振り。見に来てくれたのか」

「……いや……。そうだ流星。なんで私のメッセージ未読――」

「あーすまん。スマホ壊れちゃったんだよ。ほら」

「えっ」


 彼は、ポケットからスマホを取り出した。新しかった。私が最初に見たものじゃなかった。壊れたのは、本当なんだ。


「で、そのまま前期終わっちゃったし、共通の友達も居ないじゃん。俺も練習で忙しかったし、ワンチャンあるならこの洋弓場しかないかなって、毎日練習してた」

「え……」


 彼は。流星はずっと、私が来ないかと思いながら、ここで練習してた……らしい。

 そんな。私はその間。別の……。


「サークル、一緒に回れなくて悪い。本気で、部活やってるからさ」

「…………そんなに面白いの。アーチェリー」

「ん? おう」

「私より?」

「ん?」

「ん、あっ……。えっと」


 大学生なんて、お気楽でしょ。皆、適当に過ごしてるのに。どうしてこんなに真っ黒になるまで練習して。サークルもバイトも、遊びもせずに。

 何がそんなに。


「試しにやってみるか? 今は俺しか居ないし、軽〜い弓とかなら引けるぞ」

「…………やる。次、試合いつ?」

「は? いやいや、そんなすぐ試合には」

「違う。流星の応援行くから。ここからじゃどこ当たったか分かんないし、ルールも知らないから。応援できるくらいには教えてよ」

「…………ああ分かった」


 どさくさに紛れて名前で呼んでんのに。なんでそこに触れないのよ。

 この人、実は私よりバカか。


「あと今日のお昼ね。約束」

「お、おう……」


 ……まあ、良いか。

 時間掛けても、少しずつやってやろう。

 この人はきっと、恋愛とかあんまり興味無い。それよりアーチェリーなんだ。マジのマジで、単にノートを写したくて。単に書くのが面倒だから、写メで欲しかっただけ。

 全部アーチェリーの練習時間確保のため。それだけ。


 君は、そうなんでしょ。ならそれで良いや。もう分かったから。こっちも本気だよ。

 あの射つ時の。

 格好良い、本気の横顔を知っちゃったから。

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流星 弓チョコ @archerychocolate

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