異世界リノベーション

「たしかに、これはかなり酷いですね」

 今しがたまで被っていた異世界ダイブ用寄生生物をハンカチで拭きながら、有賀は単刀直入に言った。


「やっぱりそうですか」

 テーブルの向こうで依頼者の黒田夫人がガクリと肩を落とす。

「購入した時はこんな状態だとは知らなくって」

 

 40代前半といったところだろうか、と有賀は思った。目元に小皺が見え隠れするものの、歳の割に良く手入れされた綺麗な肌と白くて細い手が、ゆとりのある暮らしっぷりを物語っている。

 子供はいないようだ。センスの良い家具が綺麗に並べられた、まるでモデルルームのような部屋からもそれは伺えた。中年に差し掛かり生活も落ち着いてきたので、時間と愛情を注ぐ対象として異世界を購入した、まあそういったところだろう。


「中古の異世界ではよくあることですよ。皆さん初めは良い点にばかり目が行きますけど、前の所有者の育てが悪く色々と問題を抱えていることも多いんです」

「中古なんかにしなければ良かったわ。主人が言い出したことなの」

「仕方ないですよ」

 有賀は肩をすくめた。

「近頃は不作ですから。中古で探すしかないんです」


 事実、ここ数年の異世界市場は壊滅的だった。発掘屋達が昼夜問わず新しい異世界を探し続けているにも関わらず、市場価値のありそうな物件はほとんど見つからなかった。数少ない上物にしても、上流階級の間で目玉の飛び出るような価格で取引され、一般市場には出回らなかった。


 必然的にコレクター達の関心は中古市場に集まり、これまで見向きもされなかったような中古異世界が高い価格で売買されるようになった。有賀が当時ニッチだった異世界リノベーション業に手を出したのも、こうした時代の潮流をいち早く読んでのことだった。


「それで、うちの異世界はどういう状態なんですの?」

「特に政治の腐敗が酷いね。役人は私腹を肥やすことにしか頭になくて、国王は国庫を使い果たし、金で爵位を売っている始末です。このまま育成するのは大変ですよ」

「そうですか。折角高いお金を出して買ったのに」

「でもご安心ください、奥さん」

 有賀は胸を張った。

「そのために我々異世界リノベ屋がいるんですから」



「まずご紹介するのがこちらの『らくらくプラン』です」

 有賀はカバンから単色刷りのチラシを一枚取り出すとテーブルの上に置いた。

 チラシの最上部には太字で「【業界最安値】理想の異世界づくり、我々がお手伝いいたします!」と大書きされている。その下に描かれた、寄生生物をデフォルメした可愛らしいキャラクターの顔の横から吹き出しが出ており、「プロにお任せ!」という字がポップな書体で踊っている。


「あのぉ、リノベというのは具体的にどのようなことをするんですの?」

「リノベと言いましても『アーサー法』がありますので直接異世界に介入はできません。異世界転生を使う、これは皆さんと同じなんです」

 これまで何百遍と繰り返した説明文句だ。

「たとえばこの『らくらくプラン』ですが、より高度な世界から反骨心の強い人物を選んでお手持ちの異世界に転生させます。転生スキルには話術や人心掌握術のようなものをつけるのが一般的ですね」

「なるほど」

 夫人は先程から小刻み頷いているが、あまり理解できていないようだ。

「転生者に国民の意識を変えてもらい、革命を起こすんです。腐敗した既得権益を一掃して綺麗な状態になったら、その時点でリノベ完了です」

「それは良さそうですわね。何と言っても値段がお手頃ですし」

 夫人はパンフレットに書かれた数字を指さした。


「ただですね」

 有賀は残念そうな顔を作った。

「正直、今回の物件にはおすすめできません」

「なんでですの?」

「長い平和と政治への不信から、国民が無気力になってるんです。将来への希望がなく、今を楽しむことにしか関心がない。こういった人々が革命家に耳を傾ける可能性はとても低いんですよ」

 そう言って有賀はもう一枚のパンフレットを取り出した。先程とは違いこちらはフルカラーの小冊子で、紙質も明らかに良い。

「そこで、この『あんしんプラン』をおすすめします」


「何が違うんですの?」

 書かれた価格の数字を見て、夫人が眉間に皴を寄せる。

「最大の違いは、こちらは二段構えになってることです」

「二段構え?」

「そうです。まず第一弾として、別世界で死刑になった極悪人にチートスキルをつけて転生させるんです」


「まあ」

 夫人は口を覆った。

「そんなことをしたら大変なことになりません?」

「それが目的なんです。この転生者を我々の業界では『魔王』と呼ぶのですが、この魔王に歪んだ世界も腐った国もまとめて強制的に壊して貰います」

「でも世界そのものが壊れたら本末転倒ですわ」

 夫人の眉間の皺が一段と濃くなった。

「そこで二段構えなんです」

 ニタリ、と有賀が笑う。

「ほどほどのタイミングで今度はその魔王を倒すための転生者を送り込みます」

「まさか、『勇者』?」

「御名答! 『勇者』に『魔王』を倒してもい、一度まっさらになった世界に新たな国家を築いてもらう。これが一連の作業になります。その状態で引き渡しますので、あとはゼロから好きなように育成してください」

「でも国が滅びるレベルですから、たくさんの人が亡くなるでしょ?」

「人口半減までは有り得ると思ってください。でもご心配なく、いい方向に回りだせば一度の人口爆発ですぐ取り返せる範囲ですよ。実例集をお見せしましょうか?」

「いえ、そうではなくて。異世界の人が可哀想じゃありませんか?」

「奥さん」

 有賀はため息をついた。

「異世界、つまりこの世界の並行世界なんですが、全部でどれだけ存在すると思いますか?」

「さぁ? 100万くらい?」

「無限ですよ、文字通り。今この瞬間もどこかで並行世界が生まれ、消滅しているんです。可哀想などと言っていたらきりがありません」

「冷たい言い方をしますのね」

 夫人は言った。

「値段もかなり張りますし、ちょっと考えさせてください」

「ええどうぞ、ここで待ってますので」

 有賀も熟練の営業である。簡単に引き下がることはしなかった。


 黒田夫人しばらくパンフレットをめくりながら考え込んだり、仕事中の夫に電話で相談したり、有賀に値引きを持ちかけたりした(これは時間の無駄だった)が、最終的にはしぶしぶ契約書にサインした。


「結局のところ、一生に一度の買い物ですもの。後悔だけはしたくないわ」



「ではお預かりします。うまく行きましたらまた連絡しますので」

 寄生生物の入ったか籠を両手で抱えながら有賀は別れの挨拶をした。

「ええ、お願いしますわ」

 といった後に夫人は急に何かを思い出して、

「ところで、ずっと気になっていたのですが」

 と切り出した。

「なんですか?」

「先程私有賀さんが『魔王』の話をなさったとき私『勇者』と言いましたわね、なんでわかったのかしら?」

 有賀は笑って答えた。

「それはだって、我が国の歴史そのものじゃないですか」

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異世界転生課 木穴加工 @medea

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