単純なモノって、案外難しい 2
「慣れた森でも、普段行かない場所ってのはわりと新鮮だな」
森の中を歩きながら、バッカスは独りごちる。
考えるのは泡立て器のことと、この採取依頼についてだ。
(薬剤ギルドが大量にルオナ草を欲しがる……ねぇ)
どこかで
(まぁ噂レベルですら耳にしたコトがねぇんだが)
そうなると、内外どちらであれ戦争とは違うだろう。
何より、本気で戦争の予兆があるなら、手伝うかどうか関係なく悪友から連絡が来るはずだ。
「……余計なコト考えすぎかね」
指定された場所で採取する。納品する。それで終わりの話をごちゃごちゃと考えすぎてしまっているのかもしれない。
やれやれと嘆息しながら歩いていると、指定された場所が近づいてきた。
この大きい岩から、北のほうへ向かえば、花畑のような場所があるらしい。
「この近くに花畑があったのは知らなかったな」
近所の森とはいえ、道から外れた場所というのは案外知らないモノらしい。
獣道ですらなさそうなところを、茂みや枝葉をかき分けて進んでいくと――
「うわわわわわわ……ッ!?」
「ルナサッ!」
聞き馴染みのある女の声が二つ聞こえてきて、バッカスは盛大に嘆息した。
しかもただ花畑にいるワケではなく、二人の声の掛け合い方からして、絶賛戦闘中のようだ。
(相手が何か分からんが、魔術の準備くらいはしておくべきか。
花畑の周辺にはルオナ草もあるワケだし、炎熱系や氷結系の温度差が激しいのは選択肢から外すとして……)
激しい立ち回りをして、花畑や周辺のルオナ草がダメになってる可能性を考慮すると頭の痛い話ではある。
(まぁ、そういうのはあとで考えるべきか)
魔力帯を展開しながら茂みを進み、敵を見定める。
戦っているのは声の通り、ルナサとクリス。
どうやら魔獣とやりあっているようだ。
ルナサが尻餅をついていて、それを守るようにクリスが魔獣の前に立ちはだかっている。
恐らくは魔獣の触手らしきモノに捕まってしまっていたのだろうルナサを、クリスが触手を切断して助けた――といったところだろうか。
地面に落ちている触手らしきモノから、植物型の魔獣であるとあたりをつけて、更に観察を続ける。ついでに魔力帯も展開だ。
「
「どこの誰が……ッ!?」
慌てる二人を無視して、戦っている相手を見やる。
草だ。
バカでかい草がいる。
百合を思わせる巨大な花がまるで頭部のようになっている植物型の魔獣だ。
(見たコトない魔獣だな……どこかから種でも流れついたか?)
まだ花開き反り返る前のような鋭い形の花弁は、月明かりを思わせる黄色。
花弁の
花弁の内側――その中央付近。
本来、百合は持たない
それ以外にも根元近くには、タンポポを思わせるギザギサの大きな葉がわさわさと伸びている。それだけでちょっとした茂みのようだ。
加えて、その葉っぱで出来た茂みからも複数の触手が伸びて動き回っていた。
(百合のような花弁に、それでいて百合とは違う形状の花……ルオナ草に似てるのは気のせいだと思いてぇなぁ……)
根っこが動き回っている様子はなさそうなので、あの場から動けないタイプの魔獣だと思われるが――
(考察はあとだな)
なんであれ、あれが暴れ回っていては採取どころではないだろう。
バッカスは展開してある魔力帯を動かし、魔獣を覆うように形を変える。
刻み込む術式は風をメインとした。
その為に刻むべき祈りは、青の女神とその眷属である大気、風の子神たち。そして緑の女神の眷属である竜巻の子神だ。
「出てくるならとっとと出てくればいいのに……ッ!」
「全くだッ! こんな精緻な術式を使える者などそういないぞッ!」
何やら文句が聞こえてくるが無視だ。
本来であれば術式はこれで完成である。
だが、バッカスは先日教えて貰った古い記述式を使ってみたかった。
(……このメインの術式を阻害しないように、術式の余白に別の術式を記述していく……いや詰め込んでいく――が正しいな……)
とりあえずは、小さな
「嘘でしょ……なにこの術式……」
「術式の隙間に、術式を刻み込んでいる……だとッ!?」
驚く二人を無視しつつ、バッカスは茂みから飛び出して、魔獣へ向けて手を掲げる。
バッカスの姿を認識した二人は慌てて魔獣から距離を取った。
こういう時に戸惑わずにそれを選択してくれる二人に胸中で感謝しつつ、呪文を口にする。
「竜巻を編む魚人よ、空を覆う翼を壊せッ!」
次の瞬間、バッカスの魔術によって竜巻が生じ、魔獣を飲み込んだ。
「うあ。なんかエグい勢いでズタズタになってるんだけどッ!」
「竜巻の中で鋭い切れ味のかまいたちが暴れ回ってるのか……」
ルナサとクリスの言う通り、魔獣は竜巻に飲まれ身動きが取れなくなっている状態のまま、竜巻の内側で暴れ回る風の刃に切り刻まれ続けている。
消費魔力そのものはあまり大きくなかったのに、発生した効果は想定より大きすぎた。
その光景と、魔力状況を目の当たりにした当人は思わずうめく。
「うわ。マジかよこれ。やばいな」
「使った本人が言うなッ!」
「初めて試した術だから仕方ねぇだろ」
ツッコミを入れてくるルナサにそう返しつつ、魔獣の様子をうかがう。
根と茎の接続が斬れたのか、竜巻の中で魔獣で浮かび上がり、でくるくると高速回転しながら切り刻まれて分解されていく光景を見ながら、バッカスはふと思った。
「……ミキサーとかもあると便利だよな……」
モーターというかその場で高速回転する術式を組み込んだ小型パーツを作り出せれば、色々と作れるものの幅が広がる気がする。
「それは物騒な魔剣の類いか?」
呆れた様子で訊ねてくるクリスに、バッカスは真顔で答えた。
「食材を粉々に粉砕してジュースにしたり、ソースにしたりするのに使う道具だな」
「なるほど是非とも作ってくれ」
瞬間、手の平を返すかのようにクリスは笑顔になった。なんとも現金な女である。
「ところで、お前らに聞きたいんだが――あれ、なんだ?」
魔獣が完全に沈黙したのを確認したバッカスが二人に訊ねる。
それに答えたのはルナサだ。
「孤児院の子から、ここに良く花を摘みに来るんだけど、最近ヘンな魔獣が住み着いてて怖いって相談されたのよ」
「そんなルナサちゃんから相談されたから、それじゃあ一緒に様子見に行きましょう――とやってきたら、アレがいたの」
「なるほど。アレがいたんじぁ怖いわな」
そう納得しかけて、バッカスは首を傾げる。
「相談して来た子が見たのって本当にアレだったのか?」
「わからないわ。でも、植物型なのを思えば、見たときはまだ小さかった可能性ってない?」
ルナサに聞き返されて、バッカスはうなずく。
「あり得るな」
早い段階で気づいて逃げただけでなく、ルナサに相談できるというのは、その子供もなかなかに将来有望そうである。
「それにしても、あの魔獣は何だったのかしら? バッカスは見たコトある?」
「いや俺も初見だった。特徴なんかはルオナ草に似てたから、ルオナ草が化け物みたいになったら、ああなるかもな」
「傷を直すルオナ草の本来の姿があれとかだったら嫌ね……」
「だな」
さすがにクリスの懸念は、想像だけであってほしいところだ。
「ところで、貴方はどうしてこんなところに?」
「俺はそれこそお花摘みだよ。
薬剤ギルド御用達のルオナ草群生地とは口にしない。
例え身内であろうとも、信用によって教えられた依頼人からの情報は簡単に明かすワケにはいかないのだ。
「そんな依頼、ギルドにあった?」
「ライルが抱えていた半分指名依頼みたいなモンだよ」
ルナサの疑問に素直に答えると、彼女はなるほど――と納得を見せた。
少し前なら食い下がってきたかもしれないが、今はそういうところを素直に飲み込めるようになったようだ。なかなか成長しているようである。
「指名依頼かぁ……」
クリスの方は花畑を見回しながら、眉を
バッカスが来る前から戦闘していたのだろう。
花畑を踏み荒らしてしまったことに、申し訳なさを感じているのかもしれない。
それでも、前世でいうパンジーやビオラ、コスモスやタンポポのような花たちの全てが踏み潰されたというワケではない。
しっかりと咲いて生きている花があるならば、しばらくすればこの花畑も再生することだろう。
花畑を確認したのち、クリスは視線を切り刻まれた魔獣に向ける。
植物型なので、まだ動き出す可能性があるというのもあるが――それ以上に、ふと疑問に思ったことがあるのだ。
「ねぇバッカス、あの魔獣ってそっちの依頼に関係あったりする?」
「いや、俺が依頼されたのは植物の採取依頼で、魔獣退治なんぞ含まれてないはずだぞ?」
クリスからの問いにバッカスはそう答えてから、ふと周囲を見回す。
「この花畑ってルオナ草は咲いてないのか? エメダーマの植生的にはありそうなんだが」
「言われてみればないわね?」
「本当ね。雑草みたいにあちこちに生えてても不思議じゃないアレがないなんて」
どうやら自分の見間違いではなさそうだ。
バッカスは猛烈に嫌な予感がしながら、魔獣の死体へと歩み寄る。
茎の根元が千切れてはいるものの、根元に広がるギザギザの葉たちはまだしっかりと生い茂っている。
それらをかき分けてみると、茂みの下では大量のルオナ草が元気に花を咲かせて群生していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます