単純なモノって、案外難しい 1
「バッカスくん。実は作って欲しいモノがあるんだけど」
「ムーリーは魔剣を作れるんだから魔導具の自作くらいできるだろ」
今日は自分の店が休みなのか、昼時にバッカスの家へと顔出したムーリーの頼みを、バッカスがバッサリと斬り捨てる。
「まぁそう言われるのは分かってたけどね」
はぁ――と、嘆息を漏らすムーリーにお茶を出してから、バッカスは向かいのイスに腰掛けつつ訊ねる。
「一応、聞くだけ聞いてやるが……何が欲しいんだ?」
「あら、ありがと。なら聞いてもらおうかしら」
ムーリーは出されたお茶で口を湿してから、話し始めた。
「アイスクリーム作るのが辛いの」
「……ああ」
言わんとすることを理解して、バッカスはうなずく。
「ある程度作ったら冷やして保存こそできるけど、そもそもある程度作るのが大変なのよねぇ」
しみじみとうめくムーリーの様子から、バッカスが何を依頼されるのか理解した。
「自動泡立て器が欲しいって話か」
「……できそう?」
捨てられた仔犬のような顔で訊ねてくるムーリーを見ながら、バッカスは思案する。
(確かに俺もあったら便利だとは思うが……)
この世界にも泡立て器はある。
前世で使っていたのと同じ、針金を卵形になるよう組み合わせたようなモノが先端についたアレだ。
おかげで生クリームやアイスクリームなどもそれなりに普及してきている。
(そのわりにはメレンゲは普及してねぇんだよな……)
もしかしたら美食の国にはあるかもしれないが、どちらにしろバッカスの耳には入ってきたことはない。
生クリーム、アイスクリーム、メレンゲ……なるほど、確かに泡立て器一本で作り続けるのは大変だ。
やることはかき混ぜ続けるだけだが、意外に重労働で時間がかかる。
(あれば時短になるし、料理の幅が広がる……か)
自動泡立て器であれば前世で使ったことがあるし、漠然と設計図のイメージも可能だ。
それらをこの世界でどうやって再現するかだが――
(まぁ、なんとかなるか。
銃や列車と違って、作ったところで歴史が大きく動くモンでもないだろうし)
今までもそんなノリで新しい魔導具を作ってきたのだ。今回もどうにかなるに違いない。
「とりあえず考えては見る」
「ほんと! ありがたいわ! いくらになるかしら?」
「個人的にも欲しいから報酬はいいや。その代わり、材料や資料を集める時に手を貸してくれ」
「そりゃあ構わないけど。でもいいの? お金は要らないっているの、こっちとしては願ったり叶ったりだけど」
喜ぶムーリーに、バッカスはいつものシニカルな笑みを浮かべる。
「レシピ以外でも料理ギルドに恩を売っておきたいのさ」
「そうなの?」
「どこぞのギルドをいずれは健全化させなきゃならんだろうしな。武器と支持者、支援者は多いに越したコトはないだろ?」
バッカスのその言葉にムーリーは顔を
「それ貴方の仕事じゃないでしょうに」
「確かに俺の仕事じゃあないんだがな……まぁどこぞの悪友からそのうち依頼される気がしてなぁ……」
「貴方の悪友って何者?」
「そいつは秘密だ。まぁ今日明日って話じゃないさ。ただ常時準備はしておきたくてね」
「その時は声を掛けてくれていいからね? あそこの連中、一度痛い目見て貰いたいし」
「同感だ。その時は頼むぜ」
そんなこんなで、バッカスはムーリーから自動泡立て器製作の依頼を受けるのだった。
ムーリーが帰ったあと、バッカスは自分の工房にいって、図面を引き始める。
「……参ったなぁ……」
しばらくやってから、バッカスは思わずうめく。
イスの背もたれに体重を預けながら天井を見上げ、しばらく思考を止めた。
「回転。それもモーター回転のようなその場でのみの高速回転……どういう術式をどう組めばいいんだ?」
歯車のようなパーツを組み合わせれば機構的な部分は可能だ。
だが、ただ回転させる為の仕組みが思いつかない。
「いっそ魔導モーターでも作った方がいいのか?」
あるいは、誰か似たようなモノを作っててくれるのであればラクなのだが――そこまで考えて、バッカスが
「ダメだな。仮に存在していたとしても、制作者が俺やムーリーみたいなタイプでもない限りは、魔導具ギルドへの登録がされている。俺が行ったらレシピの閲覧だけで、足下を見られかねん」
あのバカ共には僅かでも金を払いたくないバッカスとしては、難しい。
「それに、自作するにしてもモーターはなぁ……」
作り方が思いつかないというのもあるが、同時に作りたくないという気持ちもある。
バッカス個人の考えとしては、列車や
誕生しようものなら、そこから世界の有様が激変する道具というのは、作りたくないのだ。
正確に言うのであれば、制作者第一号になりたくない――が正しいか。
本人からしても基準は曖昧ではあるのだが、それでも自分は多少のカンニングをして魔導具を発明している以上、そういう歴史の転換期に生まれるモノは、自分の手で世に出したくないのである。
世に出回ったあとならば、多少のアレンジや最適化などのカスタムはするだろう。
だが、それは世に出回ったあとだ。
そして、国が鉄道計画を進めている以上、モーターの発明は、歴史に大きく貢献してしまうと思われる。それはバッカスとしては望むところでは無い。
……望むところではないのだが……。
「魔導具ギルドの連中が仕事してなくて滞ってるらしいからな……。
あのバカ王子――いや今は王太子か――に、エールを送る意味でもモーターを作ってやるのはアリか……?」
それを独りごちたところで、バッカスは大きく嘆息した。
「思考がズレすぎたな。どこまで話が飛んでいくんだか」
自動泡立て器の設計図を考えていたはずなのに、気がつけば鉄道計画のフォローを考えてしまっている。
「はぁ――こりゃダメだな。ちょいと出かけて気分転換でもしてくるか」
バッカスはイスから立ち上がり大きく伸びをすると、背もたれに掛けてあったジャケットを手にした。
「薬草探しとか小枝集めとか、そういうのでいいから、ギルドに仕事でてねぇかな」
頭を使いすぎて疲れてしまっているので、気分転換に仕事をするならそういう単純なモノがいい。
とはいえもう昼下がりに近い。
ロクな仕事は残ってないだろうが。
「行ってから考えるか」
バッカスは手に持っていたジャケットを羽織ると、のんびりと工房をあとにするのだった。
そして、
依頼の張られた掲示板を見るも、バッカスが求めるような仕事は残っていなかった。
それどころか、ロクな仕事が張られてない。
「さすがにこの時間だと何もないか」
「そりゃあな。きまぐれにしたって遅すぎだ」
掲示板の前で独りごちていると、背後からよく知った声に話しかけられる。
「ライルか」
振り返れば、ここのギルドマスターで、バッカスの知人でもあるライルが立っていた。
その顔を見るなり、バッカスは訊ねる。
「薬草採取とか小枝集めとか、そういう何も考えずに出来る仕事ない?」
「そんな新人の小遣い稼ぎみたいな仕事をお前がやろうとするなよ」
「無駄に頭を使いすぎて一息いれたいんだよ」
「それでギルドに仕事を探しにきたってところがマジで意味わかんねぇんだよな」
やれやれ――と大袈裟に息を吐いてから、ライルは仕方なさげに笑う。
「待ってろ。確か急ぎの採取依頼があったはずだ」
「お。そりゃあありがたい」
その場を後にしたライルがややして戻ってくると、バッカスに紙を一枚手渡す。
「採取指定はルオナ草。採取場所はエメダーマの森。〆切は明日の夜まで」
「そりゃあお誂え向きだな」
錬金術師や薬師などが傷薬などを作るのに使う薬草だ。
ルオナ草単体でもすり潰して傷口に塗っておけば、それなりに効力がある。
エメダーマの森に限らず、自然豊かな森などには雑草のように生えている草ではあるので、希少性のようなモノはない。
ただ、傷に効く草という時点で、常に一定の需要がある草でもある。
「指定量は多いが、このくらいなら問題ないな」
依頼書そのものにおかしなところはない。
だが、どうしてもバッカスには気になるところがあった。
「ところで、どうして掲示していない? 急ぎなんだろ?」
「依頼人は品質高めのルオナ草をお求めだ。雑に引っこ抜いたんでなく、正しく採取したやつをな」
その言葉に思わずバッカスは苦笑した。
エメダーマの森でルオナ草採取なんていうのは新人の仕事だ。だが、高品質なルオナ草となると少し話が変わる。
ましてや量を必要としていることから、何らかの薬の素材が欲しいのだろう。
「……依頼人が書いてないな」
「匿名希望だ」
「…………」
バッカスの目がすぅーっと眇まる。
「依頼人を明かす必要ない。だが、これだけは答えろ。魔導具ギルドは関わってるか?」
「オレが調べた範囲では関わりはない。薬剤ギルドは関わってるがな」
「……ふむ」
それはそれで、少しばかり不安になる依頼だ。
依頼の内容そのものというよりも、薬剤ギルドがどうして品質の良いルオナ草を欲しているのか――という意味で。
「よし。興味が湧いた。引き受けてやるよ」
「そうこないとな。実は薬剤ギルドから、普段とは異なる群生地の指定があるんだよ。こういう情報も口外しない信用できるヤツにしか教えられないからな」
「……回りくどいが、仕方なくもある、か」
こうしてバッカスは、ライルから群生地とやらの地図を受け取り、エメダーマの森に向かうのだった。
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本日発売の書籍2巻に関しまして、乱丁のお知らせがございます
詳細については近況ノートに書きましたので、ご購入して頂いた皆様はお手数ですが確認して頂けると幸いです
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