単純なモノって、案外難しい 3


 植物型の魔獣を腕輪に回収しつつ、ルナサとクリスへ、ルオナ草の丁寧な採取の仕方を指導。


 そのあと、依頼内容を誤魔化すように、適当な花を採取して、帰路だ。


 ギルドへと戻ってきてライルに報告すると、明日改めて来て欲しいと言われたので、渋々とその日は家に戻った。



 翌日――


「アーギル・ルンギニスと申します」

「バッカス・ノーンベイズだ」


 何でも屋ギルドの解体場で、薬剤ギルドのアーギルとバッカスは握手をしていた。


「この度はルオナ草の採取をしていただけたそうで。ありがとうございます」

「まぁ採取をしてきたのは間違いないんだがな」


 チラっと、共にいるライルに視線を向ければ、彼は了解しているとうなずく。


「ただ指定された採取場に問題があってな。その報告を兼ねて、この場へとご足労願ったんだよ」

「問題?」


 首を傾げるアーギル。

 ライルはバッカスへ視線を向けると「出せ」とでも言いたげな気配を向けてきた。


 それに面倒くさげにバッカスは腕輪から、ソレを取り出した。


「これは……!?」

「教えてもらった場所で、ルオナ草を守るようにこいつがいたのさ」

「名称不明の魔獣だったんで、とりあえず仮称『魔草まそうルオナ』と呼んでいる」

「触っても?」


 問われて、バッカスはうなずく。


「大丈夫なはずだ。ただ植物型は突然動き出したりするから警戒はしてくれ」

「わかりました」


 アーギルは恐る恐る魔草ルオナに触れ――しばらく観察し、やがて何か結論を出したようだ。


「信じがたいコトですが――この魔草ルオナ……恐らくルオナ草です。なんらかの原因によって魔獣化したルオナ草なのでしょう」

「……マジかよ」

「本気で信じがたいな」

「さすがにどうしてこんな姿になっているのかまでは分かりませんが」


 薬剤に使えるという利用価値がなければただの雑草に過ぎないルオナ草が、こんな脅威になるとは思わなかった。


 そのことに驚きながら、それでもライルはギルドマスターとして確認しておくべきことがある。


「他のルオナ草が魔草化する可能性は?」

「今のところは何とも……ゼロではないでしょうが、確率は低いと思います」

「ふむ」

「とりあえずだ、ライル。ごく希にルオナ草は大型魔獣化するコトがあるって触れ出しとけ。エメダーマ特有の現象なのか、どこでも発生しうるのかは現在確認中ってな」

「それが妥当か」


 バッカスの提案にライルがうなずく。

 魔草ルオナが、ルオナ草が魔獣化したモノであるのが間違いない以上は、情報の共有をしなければ危険だ。


「ルオナ草の栽培実験も、一時休止させた方が良いでしょうか?」


 不安げなアーギルに、バッカスは何とも言えない顔をする。


「どうだろうな。ルオナ草が栽培に向かないってのはよく言われてはいるが……。

 需要を考えると栽培の実験はやっておくべきではあると思うんだ」

「今のところ栽培実験中に魔獣化した例は?」

「聞いたコトないですね」

「なら大丈夫――と思いたいところだが……」


 奥歯に物が挟まったような言い方をするライル。

 だが、アーギルもその理由はよく分かるので、特に何も言わなかった。


「続けるかどうかは薬剤ギルド次第だな。上に報告はしておけよ」

「分かってます。一応、自分がギルドマスターなので、むしろ下にどう伝えようかってところなんですが」

「おっと。アーギルさんはギルマスだったのか」

「よく、そう見えないって言われます」


 冴えない、うだつのあがらない――そんな言葉が似合いそうな、白衣の男性にバッカスは無言で苦笑する。


「ともあれ。薬剤ギルドって、かつて錬金術ギルドだったところから枝分かれした経緯はご存じかと思いますが――それもあって、実験好きが多いんですよね。

 これを見せると盛り上がって、余計なコトをしでかさないか不安になるところはあります」


 叱られるの自分なんですけどね――と深々嘆息するアーギルを見るに、そういうのが良くあるのだろう。


「あ、そうだ。アーギルさん、答えられるなら教えて欲しいんだけどよ」

「なんですかバッカスさん?」

「なんで急にルオナ草の大量発注なんてしたんだ? 採取場所指定で」

「採取場所を指定したのはあの場所のルオナ草の質が良いからですね。正しく採取して貰えれば、かなりありがたいというのはあります」


 それから、アーギルはそこでいったん言葉を切り、少しだけ逡巡してから続けた。


「大量発注の理由なんですが――身内の恥ですね。

 ルオナ草は良く使うので常に在庫を用意してあるのですが、注文商品用のルオナ草が管理庫の中でダメになってしまってまして……。

 誰かが扉を閉め忘れたのか、管理庫の空調がダメになっていたのか……使い物にならず処分するしかなくなってしまいまして」

「なるほど。そりゃあ慌てるか」

「一応、常備用のルオナ草や実験用のルオナ草を使えば間に合いはするんですけどね。

 だからといって、全体の量で見れば圧倒的に足りなくなってるワケじゃないですか」

「そりゃそうだ」


 目的別に保管していたものでも、余所で足りなくなったのの補填というのはこれまでもしてきただろう。

 とはいえ、そういうのはだいたい少量で済むはずだ。


 だが今回は保管庫が一つまるまるダメになってしまったのだから、余所からの補填で補おうとするとムリが生じるということなのだろう。


「戦争とかでの需要じゃないならいいんだ。教えてくれてありがとな」

「いえいえ。確かにウチが傷薬の材料の大量発注なんてしたら、そういうのを疑っちゃいますよね」


 どうやらアーギルも自覚があるようだ。


「では魔草ルオナと、納品されたルオナ草は受け取りますね」


 アーギルは持ってきていた巾着のような袋に、それらを入れていく。


「次元収納型の魔導具――あるとすごい便利ですよね」

「ああ。流通がぶっ壊れかねないシロモノだよな」


 バッカスが戯けてそう答えると、アーギルはあははははと笑った。


「それでは私は失礼しますね。報酬は後日ギルドへ支払いますので、忘れずに受け取ってくださいね。バッカスさん」

「おう」


 そうして去って行くアーギルを見送ったあとで、バッカスが小さく漏らす。


「ライル。アーギルさんはともかく、薬剤ギルドでなんかやらかしたヤツいそうな気配しねぇ?」

「する。まぁただの直感だけどな」

「俺も直感だから突撃するワケにもいかねぇけどなぁ……」


 二人揃って嘆息すると、大きく伸びをした。


「報酬はまだだが仕事は終了でいいよな」

「ああ。わざわざ日を跨がせて悪かった」

「いいさ。薬剤ギルドのお偉いさんと顔を繋げたからな」

「バッカス。午後の予定は?」

「思いついた魔導具の試作だ。成功するかどうかは分からんけどな」

「そうか。もう一つ仕事を頼みたかったが、本業があるならやめとくか」

「……急ぎか?」

「そこまででもないんだが……バーイ水晶窟すいしょうくつって分かるか?」


 問われて、バッカスは頭の中で地図を開く。

 ピランキ岩野がんやとサッテンポーラ砂流帯さりゅうたいと呼ばれる砂漠地帯の境界上にある洞窟だったはずだ。


「そこがどうかしたのか?」

「見慣れぬ魔獣がいるって話があってな?」


 その言葉に、バッカスがとてつもなく嫌な話を聞いたとばかりに目を眇める。


「昨日――ルナサがどうしてエメダーマの花畑にいたのか聞いてるよな?」

「友達が見慣れない魔獣を見たっていうから調査してたんだろ?」


 バッカスの言わんとしていることを理解しているライルは、わざとそう答えた。

 だが、バッカスにはその答えで充分だった。


「ストレイやロックは?」

「似たような別件の調査」


 ライルの答えに、バッカスは深く深く嘆息する。


「午後、ルナサとクリスは連れていくぞ?」

「ルナサちゃんだけにしてくれ。クリスちゃんには別件を頼むかもしれん」

「……どうなってんだ?」

「それを調査してんだよ」


 疲れたように息を吐くライルに、バッカスは嫌な予感を覚えながら、天井を見上げるのだた。


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