その一番の近道は、コツコツ地道で 8


(……今のところ、俺の腹が空く感じはねぇな。なんか条件とかあるのか?)


 その条件がなんであれ、とっとと片付けるに限るワケだが。


「バッカァァァァス!」

「らしくねぇ大声だぞシノン!」


 シノンが、宙を舞う二枚の鉄扇と共に、自分自身も踊るような連撃を繰り出してくる。

 姿勢を低くしながら、連撃を掻い潜ったバッカスは、懐まで入り込んだところで、大きく地面を蹴って飛び上がる。


「おらッ!」


 バッカスの膝が、シノンの顎をカチあげた。

 そのままシノンを組み伏せるべく手を伸ばし――


「チィッ!?」


 ――舌打ちして、飛び退く。


 宙を舞っていた鉄扇たちが、シノンを守るようにバッカスへ強襲してくるのに気づいたのだ。


 シノンはその隙に素早く立ち上がると、構え直す。


「思ってた以上にやるじゃねーか、シノン」

「ありがとなバッカス。でも、お前が強すぎて正直内心ビビリまくりだよ」


 原理は分からないが、遠隔で動かしている衛星のような鉄扇二つが良い仕事をしていた。

 本体と共に連携して攻撃をしかけてくるのはもちろん、本体の動きが制された時に、独自に動くようにして敵を襲ったり、本体を守ったりするのだ。


「タネが全く分からないが、武芸としちゃあ大した芸だと思うぜ」


 シノンを中心にゆっくりと円を描くように動きながら、バッカスは告げる。

 そのバッカスの動きを警戒しながらも、シノンはバッカスと向かい合うように、身体を動かしていく。


 そして、ある程度の位置でバッカスは足を止めると、膝を曲げ腰を落として、右手を柄へと軽く乗せた。


「全速で行く」


 瞬抜刃の構え。


 魔噛に魔力を乗せ、自分自身も魔力で身体強化を施し、やや前傾気味に構えてシノンを睨む。


 無意識にシノンは半歩下がった。

 バッカスが構えて睨んできた。ただそれだけなのに、言葉に出来ない威圧感を覚えたのだ。


(バッカスはマジだ。生半なまなかな攻撃や防御じゃあ、これから来る技は――きっと潰せないし、防げない……)


 だからシノンも、迎え撃つために手にした二つの鉄扇を開いて構える。

 そこから、虹色の輝く蝶が舞い始めた。


「舞え、魔虹蝶マコウチョウ


 その美しく幻想的な蝶々の正体は、シノンの放つ魔力そのもの。


 自身の魔力を蝶の形に変えて周囲に漂わせる。それを扇で操り、衝撃波と共に相手にぶつけるのが、シノンの手持ちの技の中で一番強力なモノだ。

 その時、衝撃波に乗って踊り狂う魔虹蝶の一匹一匹が、触れれば炸裂する爆弾のような存在になる。


虹翔コウショウ胡蝶扇コチョウセンか」

「おうよ。バッカスなら、どういう技か分かるだろう?」

「武器を使用できない場で発生した戦闘において、その場にいた武闘派の貴族令嬢が編み出したって技の一つだろ?」

「そのおれ流に改変した技さ。名付けるなら、虹翔コウショウ胡蝶扇コチョウセン緋華之狭斬ヒバナノサギリ

「優雅すぎる名前だな。お前にはちょいと似合わない」

「同感だ」


 そこまで言葉を交わしたあと、そこからは無言で睨み合ったまま動きがなくなるバッカスとシノン。

 それを端から見ているムーリーは若干青ざめる。


(二人ともマジになりすぎよー! 室内でやるような技じゃないでしょ、もーッ!!)


 胸中の愚痴はおくびにも出さずに、ムーリーはもらったペンを一つ構えた。


「お願いするわ」


 事前に説明していた通りに、ムーリーが受付嬢二人へとウィンクをする。

 それに神妙な顔をしてコーラルとロティはうなずく。


 直後、軽く息をすってコーラルが大声――いや黄色い声を上げた。


「……すぅ……きゃぁぁぁぁ――……ッ! ケンカイオスさーん!」


 やや気恥ずかしさが混ざっているが、かなり精一杯の黄色い声だ。

 続けて、ロティがノリノリで似たような声を上げる。


「痩せてすごいカッコよくなってるわー! 抱いてー!」


 瞬間――緊迫した空気が霧散した。


「え? マジで?」


 シノンはしまらない顔で振り返り、バッカスは呆れ顔を浮かべ、ムーリーは手にしたペンを投げる。


 そして、投げたペンを追いかけるように、ムーリーは床を蹴った。


「……ッ!」


 ペンは真っ直ぐに、シノンの腰元の鞘へと向かっていく。

 狙いは鞘とベルトを繋いでいる留め具だ。


 明らかに魔力を纏って飛んでくるペンに対して、宙を舞う鉄扇の一つが動いて防ぐ。

 そこで、シノンは表情を引き締めた。


 続けてムーリーは踏み込みながら剣を突き出した。

 宙を舞うもう一つの鉄扇がそれを防ぐも、突然、ペンと突きの波状攻撃を受けたシノン自身は、驚きで踏鞴たたらを踏む。


 そんな分かりやすい隙を、この男が見逃すはずもなく――


支閃抜刀シセンバットウ払車鞭天フッシャベンテン


 ――高速の抜刀と共に、剣に宿った魔力が伸びて鞭のようにしなる。


「ア……ッ!?」


 物理的な斬撃と、魔力による鞭撃を同時に放たれ、どちらも痩せる魔剣の収まった鞘を狙う。


 シノンはそれでも反応を見せた。

 だが、反応できただけで、対応は出来なかった。


 鞘とベルトを繋ぐ留め金を破壊し、宙に投げ出された鞘を弾き飛ばす。


「アアアアッ!?」


 明らかにこれまでとは違う様子で、文字通り目の色を変えたシノンが魔剣を追いかけ出す。

 しかし。


「追いかけさせるワケにはいかないのッ、ごめんあそばせッ!!」


 ムーリーが不格好に繰り出した蹴りが、シノンの横腹を凹ませる。


「ご、が……?!」


 うめき、よろめき、けれども踏みとどまってシノンは魔剣を目指す。


「倒れないッ、嘘でしょッ!?」

「クソみてぇな魔剣だなッ!!」


 かなり良い蹴りをボディに受けながらも動きを止めなかったシノンに、ムーリーとバッカスは思わず毒づく。


 ムーリーもバッカスもシノンと魔剣を追いかけるべく動き出す。

 そして、一番最初に魔剣にたどり着いたのは――


「コーラルッ、そいつを外へ蹴り出せッ!!」

「はいッ!」


 ――誰よりも早く動き出して魔剣にたどり着いていたコーラルへ、バッカスが叫ぶ。


 彼女は素直に従うと、鞘に入ったままの魔剣を、事務所の外へと蹴り飛ばした。


「うぉあああああ!!」

「きゃあ!?」


 シノンが大声を上げながら走る速度を上げた。

 コーラルを突き飛ばしながら、事務所の外へと飛び出す。


 地面を滑っていく魔剣。

 その先に居たのは――


「あるじー? どうされましたー?」

「いや事務所の方から急に何かが……」


 ユーカリとネヴェスだ。


「何か? 主、その魔導具には触れないで」

「え?」

「そいつを返せぇぇぇぇ……ッ!!」


 シノンがユーカリへと飛びかかるように走って行く。

 しかし、間にネヴェスが入ると、シノンの鳩尾に肘鉄をねじ込んだ。


「お、が……?!」

「乱暴にて失礼。でも魅せられちゃってるキミが悪いんだからね」

「え? シノンさん? 痩せてるけど?」


 驚くユーカリを余所に、シノンの周囲にいた二つの鉄扇がシノンを守るべく、ネヴェスを襲う。


「ふん。殺戮メイドを相手に、温い技だ」


 しかし、ネヴェスは小さく鼻を鳴らすと、肘を打ち込んでいたシノンを適当に放り投げ、回転しながら自分に向かってくる鉄扇の持ち手部分をキャッチしてみせた。


 それを手早く閉じ、どこからともなく取り出した紐で二本の扇をセットでぐるぐる巻きにしてから、地面に倒れたシノンへ向けてポイッと投げ返した。


「正気の時ならいざ知らず、我を忘れてる人が使う技って、全然怖くないのさ」

「クソッ、その魔剣がないと、おれは……!」

「ああもうッ! これだから道具の持つ魅了にやられちゃってる人間は……ッ!」


 すぐに立ち上がろうとするシノンを見てネヴェスがうめく。


「ユーカリッ、ネヴェスッ!」


 直後、バッカスが二人に向かって声を掛ける。


「あ、バッカスだ。持ち主に会えたんだねー!」

「そういうこった。突然で悪いがこの剣を受け取れユーカリ!」


 言うや否や、バッカスはムーリーが持っていた魔剣を借りて、それをユーカリに向かって投げる。

 距離があるので、自分でやるよりもユーカリに頼むことを選んだのだ。


「その魔剣に魔力を流して、地面に転がってる魔剣の魔宝石に突き立てろッ!」

「え? え?」


 自分の目の前に転がってくる長剣に戸惑うユーカリ。

 それを見て、ネヴェスは即座に告げる。


「主ッ、バッカスに言われて通りに! 理由は考える時間も必要もありませんッ!」

「う、うんッ!」


 バッカスとネヴェスが言うなら、そうしよう――ある意味で何も考えていない行動だが、だからこそ迅速だった。


 手早く長剣を拾い、普段魔導具を使う時と同じように魔力を込めて、魔剣としての術式を起動させる。


「えいッ!」


 ユーカリは可愛らしいかけ声と共に、痩せる魔剣の鍔元に光る魔宝石へ向けて、魔力を込めたムーリー製の魔剣を突き立てる。


「あああああああああ……ッ!」


 痩せる魔剣の魔宝石が砕けると同時に、シノンは苦しそうな声を上げ……パタリと倒れた。


「え? え? シノンさん大丈夫? これで良かったの?」

「大丈夫です主。彼を助けるには、まず魔導具を壊す必要がありましたので」

「そ、そうなんだ」


 よく分からないが、バッカスとネヴェスの言葉だ。

 とりあえずは、これが大事なことだったのだろう。


「新作を投げちまって悪かったなムーリー」

「いいわよ。正しく作用したみたいだし」


 バッカスは、汚いモノにでも触れるように、壊れたダガーを鞘ごと拾い上げ、見る。


「……マジでロクな術式じゃねーな、これ」

「ホントね。しかもゾンビや魅了と制作者のクセがそっくり。嫌になっちゃうわ」

「これは壊して正解だね。二人ともおつかれ~」


 思わずうめくバッカスに、横から覗き込んだムーリーが同意し、ネヴェスが労った。


「あのー……結局、何が……?」


 戸惑うユーカリに、バッカスが答えようとした時、コーラルがやってきたので、意識がそちらに向いた。


「コーラル。大丈夫か?」

「はい。突き飛ばされただけで、ケガとかないです」


 何はともあれ一件落着というところだろうか。

 バッカスは持っていた魔噛を銀の腕輪に戻しながら、一息ついた。


 その上で、改めてユーカリに説明をしようと、そう思った。


 ちょうどそのタイミングで――


 ぼよよ~ん!


 ――という気の抜けるような音と共に、シノンの体型が元のふとっちょに戻るのだった。


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 コミカライズの三話も更新されております٩( 'ω' )وよしなに

 https://www.123hon.com/nova/web-comic/bacchus/

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