その一番の近道は、コツコツ地道で 7
先に動いたのはシノンだ。
彼が軽く腕を振るうと、開いた状態でくるくると回転しながら宙を漂う鉄扇の一つが、丸型ノコギリのように高速で縦回転しながらバッカスに襲いかかってくる。
(どうしても、手放したくない……ね)
それを見据えながら、バッカスは先ほどのシノンの言葉を反芻していた。
(ただのワガママなような言葉だが、表情と言葉の切り方からして、本当の意味は違うんだろうな)
迫り来る鉄扇を見据えたまま腰を軽く落とすと、鯉口を切る。
「
バッカスの鋭い呼気と共に、
刹那に白刃が閃くと、鉄扇を弾いた。
とはいえ、当然シノンとて一撃目が通じるとは思っていないだろう。
先とは逆の手を振るい、宙を漂うもう一つの方も飛ばしてくる。
「甘いッ!」
それも居合いで弾き、バッカスがシノンへと視線を向けた時だ。
「どっちがッ!」
両手に握る鉄扇を開き、手を交差させるように構えながら鋭く踏み込んできているシノンが目の前にいた。
「機敏なデブかよッ!」
「今は機敏なヤセだッ!」
そこから両手を開くことで繰り出す交差斬り。
それを見切って躱そうとして、バッカスは気づく。
「クソったれッ!」
毒づいて、両足に魔力を込めた。
弾いた二つの鉄扇がブーメランのような軌道を描いて、バッカスの背面側左右から、それぞれの肩口を狙うように飛んできている。
正面からはシノン。背後からは二枚の鉄扇。
四つの鉄扇による四方同時攻撃。
「
(間に合えぇぇ――……ッ!!)
バッカスは胸中で叫びながら、シノンの頭上を飛び越えるように強化した脚力で跳躍する。
一瞬遅れて、直前までバッカスがいた場所で、四条の斬線が走った。
床に×が二つ連なるような傷が付くのを見てゾッとしつつも、バッカスは空中で振り向いて、シノンに向けて手を掲げる。
「
虚空に、呪文通りの魚が二匹出現すると、それがシノンへ向けて飛びかかる。
技後の残心をしていたシノンは即座にこちらに振り返り、両手の鉄扇に青の魔力を纏わせ――
「
――それを仰いで広範囲に物理威力の乏しい風のような衝撃波を放つ。
青の魔力を纏ったそれが氷銀の魚たちを撫でると、撫でられた部分から崩壊して消え去っていった。
「魔術を打ち消す技か」
着地しながら、バッカスは面倒そうに舌打ちする。
「芸で稼げないときはソロの
「違いない」
ドヤっと笑みを浮かべるシノンに、バッカスは苦笑した。
言っていることは間違ってないのだが、敵対している身となると面倒この上ない。
「次はこっちから行くぜ?」
宣言し、腰を落とすと、地面を踏みしめると同時に鯉口を切って抜刀する。
「
多少間合いの外にいようとも、魔力でリーチを伸ばした刃で相手を切り裂く高速斬撃。
だが、シノンはバッカスが瞬抜刃の達人だと知っているからこそ、腰を落とした瞬間から防御行動を開始していた。
手に持った二つの扇も宙に投げる。
そして回転する四つの扇の面をバッカスに向けた状態で、込めてあった魔力を解き放った。
「
それぞれの鉄扇が障壁を作り出し、盾となる。
金属と硬質化した魔力が擦れ合ってジャギジャギと音を立てていく。
バッカスの刃は振り抜かれるものの、その斬撃そのものはシノンの鉄扇による盾に防がれた。
しかし、バッカスは慌てず騒がず、振り抜いた勢いを殺さずに、刃へと魔力を込める。
そこからさらに踏み込み、鉄扇が連なる盾に向かって剣を突き出した。
「――
狙いは鉄扇と鉄扇の隙間。
だが――そこにもしっかりと発生してる魔力障壁に防がれる。
「キッチリ隙間にも障壁があるのか」
「そりゃあな。魔術や魔獣の吐く炎とかも防ぐ技だしよ。隙間があったら大変だ」
「まぁ道理か」
そこからお互いに後方へと飛び退いた。
バッカスは剣を納刀し、シノンは鉄扇を二つ手に戻して、双方構え直す。
二人が睨み合っている光景を見ながら、コーラルがムーリーに訊ねた。
「あの……ムーリーさん。あのお二人って……」
「本業に支障が出ない程度に
「いえ、そういうコトではなくて……」
基本的にこういう戦闘とは縁がないからだろう。
コーラルだけでなく、ロティの方も青ざめている。
「ケンカイオスさんの持つ痩せる魔導具をどうにかするんじゃなかったんですか?」
「そうね。どうにかしたいのだけれど、素直に手放してくれないから、こうなってるのよ」
シンプルなロングソードのような見た目の剣に手を掛けながら、ムーリーは答える。
ムーリーとて腕に自信がないワケではない。だが、あの二人ほど戦えるかと言われたら首を横に振るしかない。
それでも、ムーリーは女性二人を守る為に少し前に出ている。
流れ弾などが飛んできた時に対処する為だが、飛んでくるモノが対処できる範囲で済んでくれることを祈ってもいた。
「アタシは彼のコトを余り知らないけれど、でもね。彼の様子が変なのは間違いないわ」
「え?」
戦闘前のバッカスとのやりとりを思い返しながら、ムーリーは受付嬢コンビへと告げた。
「彼の持つ魔導具を使った人って、かなり性格悪いわね。
せっかく自分が作った魔導具を使うんだから、手放されちゃ困るとでも思ってるのかしら?」
前半は二人へ、後半は独り言に近い。
それでもコーラルとロティは気づくものがあったようだ。
「もしかして、使うと手放したくなくなるような、呪いみたいなのが?」
「ええ。たぶんそうね。だからバッカス君は戦いながら機会を伺ってるんだと思うわ」
真っ向勝負で戦うのであれば、バッカスに軍配があがるだろう。単純な戦闘力や戦闘経験だけならばバッカスの方が上だ。
だが、シノンの持つ魔導具を奪う――あるいは切り離すとなると、難易度が変わってくる。
「彼の魔導具――いいえ、腰に付けた大振りのダガーがそれだとするなら、魔剣かしら?
ともあれ、あれを奪う必要か、壊す必要があるワケだけど……」
ムーリーは自分の手にしている剣を見る。
一見すると普通の剣に見えるこれは、バッカスが作り出した
先日のゾンビ騒動を機に、食事や料理に関わる魔剣だけでなく、問題が生じたときに対応できる魔剣が欲しいと感じて作ったものである。
内容としては、単純に物理的な刀身を持つ
「二人の戦いに割り込んであのダガーを壊すのは無理よねぇ……」
戦闘力だけで見るなら、ムーリーは二人よりも下だ。
格上二人の争いに乱入して何かするのは難しい。
(でも高い戦闘技能を持った人同士の戦いは、一瞬の隙が致命傷になったりするわよね)
一つアイデアが思いつき、よし――と、ムーリーが内心で一つうなずいた時だ。
「いくぞ、バッカス!」
「ったく……面倒くさいんだよッ!」
二人が再び動き出す。
それを横目に見ながら、ムーリーは受付嬢たちに訊ねた。
「ねぇお二人さん。壊れても良いペーパーナイフとかない? ペンとかヘアピンとかでもいいんだけど」
ムーリーがどうしてそれを欲しがっているのか分からないコーラルとロティは、思わず顔を見合わせるのだった。
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コミカライズ版
コミックノヴァにて、
毎月第三金曜日更新にて連載中です٩( 'ω' )وよしなに
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