大人だって、怖いモンは怖いんだ 6


 不動産屋とか不動産ギルド――などとよく呼ばれてはいるが、正式名称は不動資産管理局で、正式な略称は不動産局だ。

 屋とかギルドが定着しすぎていて、局と呼ぶ者はあまり多くはないのだが。


 支局そのものは各地に点在しており、国や、領主から、土地や家屋の管理を任されている。


 本局は王都にあるとはいえ、不動資産管理局同士の横の繋がりは薄く、それぞれの局はほぼ独立しているようなものだ。


 領地によって土地や家屋に関する細かいルールが違っていたりする為、一括のルールで運用するのが難しいという面もあるのかもしれない。


 なにより貴族出身者を局長とし、貴族の文官や商人、商業ギルドなどを中心に、法律と数字、そして地元の情報に強い者たちを集めて運営されている半分民営の組織となってる。


 その為、何でも屋ギルドのようなどこへ行ってもだいたい同じルールで運営・運用されている組織とは少々毛色が異なるのだろう。


 主に都市部や、一部の町や村などの空き屋や空き地を管理を任されている。

 今はアパートメントのような集合住宅も増えてきている為、それらの空き室管理なども行っている。


 バッカスとユーカリがやってきたのは、そんな不動産管理局のケミノーサ支局だ。


 バッカスが今の工房兼住居を探し、購入したのもここだし、ユーカリが悪霊屋敷を購入したのもここのようである。


「ううっ、相変わらず入り口からしてキラキラで入りづらい」

「完全にナメクジモードになってるぞー、小悪魔呼び戻せー」


 スタッフには貴族や商人が多く、利用者もお金を持っている者が大半の為、どうしても煌びやかな建物になってしまう。


 前世の不動産屋と違って、雑居ビルの一角とかではなく建物まるまる一つが不動産局なのでなおさらだろう。

 それこそ、前世で例えるならお洒落なオフィスビルとかそういう感じだ。

 そうでないなら、お洒落な市役所か。


 ともあれ、尻込みされていても話が進まないので、バッカスはドアに手を掛ける。


「開けるの?」

「開けにゃ入れんだろ」


 何を言ってるんだお前は――という顔をしながら、バッカスは不動産局のドアを開けて中へと入っていく。


 そうなるとさすがに覚悟は決まったのか、表情も雰囲気も小悪魔モードの切り替えてついてくる。


「いらっしゃいませー」


 受付の女性が明るい挨拶に、バッカスは軽く手を挙げて応じると、その女性のいるカウンターへと足を運ぶ。


「すまんが、ちょいとややこしい案件でな」

「……と、いいますと?」


 局員の女性が不思議そうに首を傾げる。

 

「とある建物を、こっちの子が購入したんだが、問題があってな」

「説明の不備でしょうか? 購入後に何か不都合に気付いたとかですか?」

「そういうのだったら、俺もそこまで頭を抱えないさ。あんたらに文句を言って、適切な対応をして貰えば終わる案件だしな」


 苦笑するようにバッカスが告げると、局員の女性は訝しげに眉を顰めた。

 それはそうだ。購入後に発生する問題なんて、彼女が言うようなモノが大半だろう。


「彼女が購入した。それに関する書類もあるし、俺も書類に名を通した限りだと不備はなかった」


 そこでバッカスは言葉を止めて、女性を見る。

 女性が理解を示して先を促してきたので、バッカスもうなずき返して話を続けた。


「ところがだ。彼女の購入した建物に対して、持ち主不明の建物の調査として、領主が何でも屋ショルディナーズギルドに調査依頼を出した。その依頼書には領主のハンコだけでなく、あんたらのハンコも押されていたので、正式な依頼と見ていいだろう」

「つまり、うちでもその建物は持ち主を不明として扱っているというコト……ですか?」

「そうなるよな? だから頭を抱えてるのさ」


 女性の困惑も分かる。

 実際、バッカスも意味がわからんとなっている。


「その書類を拝見させて頂いても?」

「ユーカリ」

「あ、はい! これでーす!」


 バッカスに名前を呼ばれて、ユーカリは慌てた様子で局員の女性に封筒を渡す。


「失礼します」


 ユーカリから受け取った封筒から書類を取り出し、それを見ているうちに女性の顔が難しいモノに変わっていく。


「不備はありそうか?」

「いえ……私が拝見する限りは……」


 その返答に、バッカスはますます頭を抱えたくなる。


「ですが」


 だが、何か女性に引っかかるものがあったようだ。


「申し訳ありません。確認したいコトができました。こちらの書類、しばらくお預かりしても?」


 女性の言葉に、ユーカリはうなずく。


「では、あちらのソファでお待ちください。

 確認が完了しましたらお呼びしますので」

「あいよ。んじゃあ頼むわ」


 そうしてバッカスたちが待合い席のソファに座ったのを確認して、彼女も書類を手に動き出した。


「何か分かるといいな」

「……そうだね」

「ナメクジが顔を出してるぞー」

「知らない人とか……人と話すの、苦手……」

「お前はほとんど喋ってなかった気がするけどな」


 それでどうやって家を買えたんだ? という疑問が生じたが、バッカスはあえて口には出さない。

 縮こまっているユーカリの横で、バッカスは足を組み背もたれに腕を伸ばし置きながら、仕方なさげに嘆息するのだった。




 しばらくして、先ほどの女性がソファまでやってきた。

 すると、バッカスとユーカリを二階にある個室へと案内する。


(商談室? あんま人に聞かせられない方向になってきたかぁ……)


 ある程度は覚悟していたので、バッカスは嘆息ひとつで受け入れた。

 だが、横にいるユーカリはそうでもなさそうだ。


 外向けの小悪魔キャラは保てているようだが、内心のナメクジはもう自分の流す涙の塩分で溶けてしまっている可能性が高い。

 それでもキャラを保ち、余裕そうな外面を続けていることは素直に感心するが。


 案内された商談室で待っていたのは、スラリとした体躯の男性だ。

 緑色の髪は一本の反乱もなくオールバックにしている。灰色のスーツを隙なくビシッと着こなし、細フレームのメガネの下にある細目を油断なく動かす。


 いかにも出来るビジネスマンといった風情だ。


「お二人ともこちらにお掛けください」


 声はやや低い。

 そこがかえって油断のなさを感じさせてくる気がする。


「まずは名乗りましょう」


 こちらを座らせ、自分も座ると、彼は自分を示した。


「副局長のラムラード・シュセス・モラオークと申します」

「丁寧にどうも。こっちの女性がユーカリ・デンカレッジ。俺は彼女から相談を受けたバッカス・ノーンベイズだ。よろしく頼む」


 表面上はニコニコしているが内心はいっぱいいっぱいだろう彼女の代わりに、バッカス自分の分とはまとめて名前を告げる。


「ケミノーサでは有名な飲兵衛魔剣技師に、王都で話題の演劇一座の女優ですか。変わった組み合わせですね」

「自分でもそう思うが、成り行きでね。面倒だが見捨てる気にもなれなかったのさ。あとは個人的な好奇心も少々ある」


 むしろ最後の好奇心が一番大きい。

 そういうつもりで口にしたのだが、通じたかどうかは分からない。


「なるほど。ノーンベイズ氏は聞きしに勝る人誑ひとたらしなようで」

「それどこ情報だよ」


 バッカスが憮然と返したところで、ユーカリの表情が少し和らぐ。

 気持ちに余裕が戻ってきたのかもしれない。


「さて、デンカレッジ嬢の緊張が解けてきたようなので本題に入りましょう」

「そうしてくれ」


 うなずいて、バッカスが先を促す。

 それに、ラムラードはうなずき真面目な顔をした。


「まず、この書類を見た私の心境としまして――頭痛薬が欲しくなりました。それも大量に」

「……そんなに厄介なのか?」

「私が副局長就任以来最大級ですね」

「そりゃまた大変なコトで」

「まぁまだ就任一年くらいなんですが」

「めっちゃベテランの風格ありますけどッ!?」


 しれっとそう告げるラムラードに、ユーカリが思わずツッコミを入れる。


「そう言って頂けるのはありがたいですね」


 ユーカリのツッコミにそう返しながら、ラムラードは小さく息を吐いた。


「デンカレッジ嬢と契約作業を行ったアンジェ・シェイル・シュエステルという局員は……うちに在籍した記録がありません」

「は?」


 バッカスが思わず声を漏らす。

 ユーカリも同じような顔だ。


「こちらに担当者の名前としてサインが入っているでしょう? 購入の日付は一ヶ月とちょっと前。デンカレッジ嬢のサインもしっかり入っています。担当者の名前以外に不備はありません」

「悪霊屋敷にすむ悪霊の噂も一ヶ月前くらいから多くなってきたらしいってのを考えると、コイツが暮らし始めたからってワケだな」

「え? わたし噂になってるの?」

「だから調査依頼が出たんだよ」


 どうにも自覚はなかったらしい。


「その時点で、当局にはそのような名前の局員はいませんし、過去五年ほど遡っても、在籍は確認できませんでした」

「じゃあ……私は誰とお話したの……?」


 青ざめだしたユーカリを横目に、バッカスは小さく「ふむ」と息を吐く。


「ラムラードさんだったか」

「はい」

「三節名ってコトは貴族出身の局員だよな?」

「そうですが?」

「貴族名鑑は目を通しているか?」

「もちろんです。家督を継がなかったし、このような仕事をしているとはいえ、時折夜会などには招待されますから」


 その答えにバッカスはうなずき、訊ねた。


「シュエステル家。心当たりは?」

「……そういえば、このアンジェなる人物も三節名。確かに貴族の可能性が高い……いや、ですが……シュエステル家など聞き覚えが……まさか、この国の貴族ではない?」


 ぶつぶつと口にしながら思案をし、そして結論を出したラムラードに、バッカスは首を横に振る。


「いいや。この国の貴族さ。二十七年前の貴族名鑑を調べてみるといいぜ」

「まさか……いるのですか?」

「確か当時の当主の名前は、エインジュール・ルアハ・シュエステルだったかな? シュエステル家最後の当主だ」


 バッカスの言葉に、ユーカリが首を傾げた。


「最後ってコトは今は?」

「いわゆる没落だな。公式には不手際とかも特になく、子宝に恵まれず、ようやく生まれた子供も女児。

 その女児も、当主没後に家を継ぐ気がなかったから、金銭的な財産以外のほとんどを国に返還したらしい」


 そう答えると、ユーカリとラムラードの二人が難しそうに眉をひそめた。


「まぁその没落した家がこの件と関係あるかはわからねぇけどよ」


 バッカスはそう言いながら、漠然とした直感があった。


(悪霊屋敷……元々はシュエステル家の財産だったのかもな)


 根拠はない。

 ただ今ある情報を、筋が通るように並べると、そうなるだけだ。


「まぁ、今はそのあたりの話は置いておこうぜ。大事なのは一つだけだ」

「……と、いいますと?」

「悪霊屋敷にはそのままユーカリが住んでいいのかどうかだ」

「なるほど。確かにそれが一番重要ですね」

「ダメなら、契約の時に支払った金はどうなる? みたいな話も一緒にな」


 言外に、住んだらダメ、金も返さないは通らないぞ――というニュアンスを込めながら、バッカスはいつもの笑みを浮かべるのだった。




 そんなバッカスの横で――


(バッカスさん、言いたいコトやって欲しいコト全部やってくれてる……喋らなくていい……すごいラク……)


 ――ユーカリは外面小悪魔のまま、内心のナメクジは歓喜の舞を控えめに踊っていた。


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