大人だって、怖いモンは怖いんだ 5
日を改めて――悪霊屋敷。
バッカスが一人で、指定された部屋へとやってくると、部屋の中にミーティと同じくらいの少女が待っていた。
彼女こそが、この間、姿の見えなかった主だろう。
どうにも野暮ったい感じの、リラックス全開部屋着スタイルという格好のせいで、恐怖感も威厳もなにも感じないが。
「よ。この間は勝手に入って騒いじまって悪かったな」
「いいよ。こういう家だし。いつか発生するとは思っていたから」
濃い栗色の髪をショートヘアにしている彼女は、気怠げな様子でそう答える。
「その辺の話を少し聞かせて貰いたくてな。必要なら一緒に不動産屋につきあって欲しいんだが、いいかい?」
バッカスがそう訊ねると、青に近い紫色の瞳を
彼女は覇気の薄い目でバッカスを見ながら、嘆息する。
「仕事以外で外にでるのは面倒かなぁ」
「ああ、そういうタイプか。そいつは申し訳ないな」
何となくだが、バッカスは目の前の少女が、前世の言葉で言うところの陰キャぼっちタイプだと判断した。
「……っと、名乗り忘れてたな。バッカス・ノーンベイズだ。
本業は魔剣技師なんだが、技師以外の案件であちこちから呼び出し食らってて最近は自分の職業を名乗るのに自身がなくなっている男でもある」
「ふふっ、それどういう自己紹介なの?」
薄く笑う様子はなかなかに魅力的な少女だ。
大きく表情は変わらないものの、不思議な愛らしさを感じる。
「いやわりと真面目な話なんだよ。
そろそろ関係者各位には俺が職人であるコトを思い出してもらいたい」
本音に近い切実な言葉を口にしながら、失礼に思われない程度に少女を観察する。
(なんとなく、雰囲気がストロパリカに似てる気がするのはなんでだ?)
小柄で身体的なメリハリもそれほどではないし、容姿も似てるところはない。
(あ。もしかして磨いてるのか。
クリスのような貴族の嗜みとしての美容じゃなくて、仕事の一環として本気で美容に気を使ってるタイプかもな)
バッカスが胸中で納得していると、少女はどこか嬉しそうな顔をする。
先と同様に、小さく薄い感じの表情の変化だ。無表情ではないが、表情の変化が少し分かりづらいのだろう。
「今の目の動き、参考になるね。
探偵か調査員? それか諜報員とかが、何気ない雑談をしながら相手の様子を伺う時ってそういう眼球の動きをするんだ」
「おっと、気付かれないようにしてたつもりなんだがね」
「わたしを観察していたのは認めるの?」
「そりゃあな。別に後ろ暗いコトあってしてたワケでもねぇし。
なんつーか、クセなんだよ。変な連中に付きまとわれたり、貴族の逆恨みで殺し屋とかに後を付けられたりした経験があったもんでな」
「それはそれで興味深い。今度詳細を聞かせて欲しいな」
相変わらず表情の変化は薄いが、心なし目が輝いているので、好奇心のようなものは強いのだろう。
(なんか掴み所がない感じだな)
ただ悪人や、悪巧みをするような人物ではなさそうでひと安心である。
「あ、そうだ。わたしも名乗らないとね。
ユーカリ・デンカレッジ。星光一座のユーカリと言えば、結構有名だけど、知ってる?」
「王都中心で活動している演劇一座だよな?
……って、ユーカリ? 一座の看板女優のか?」
「そう。それがわたし」
いぇい! とピースするも表情が乏しい。
なんというか、ここで話をしている限りだと、演技が出来るのだろうかと思えるくらいには、淡々とした様子がある。
だが、彼女がユーカリ・デンカレッジであるなら、どことなく感じたストロパリカを思わせるモノの正体は正しかったようだ。
今は野暮ったい格好などをしているが、美容と肉体の維持だけは丁寧にしているのだと思われる。
「言いたいコトはわかるよ。でもこっちが素。外では猫かぶってるだけ。
明るく可愛く愛嬌たっぷりの一座のお姫様って私も、別に嫌いじゃない。でもずっとは疲れるから」
「そうなると舞台から降りても、演技してるのか?」
「そうね。素の私を知っているのは座長と、私と同じくらい古株の人たちだけかも」
「そりゃまた大変なこったな」
「そうよ。大変なの。本来の私は部屋の片隅の暗くて狭くてジメっとした場所とか好きだから」
「ナメクジが好みそうな場所が好きなんだな」
「そうね。ナメクジ。わたしはナメクジ。精神がクソ雑魚ナメクジと同じなで、ジメジメした暗い場所がお似合いの女。頭や身体からキノコやカビを生やしているのがお似合いの女」
「いやそこまで俺は言ってないんだが……」
「でも表じゃあ明るくて可愛くて愛嬌たっぷりお姫様してるから、良くウェーイとかイェーイみたいな飲み会にばかり誘われて辛いの」
「そりゃあまぁそうだよな。自分に合わない雰囲気の飲み会って結構キツいからな」
「理解者だ。嬉しい」
「酒と料理は楽しく美味しくがモットーだからな。味が分からなくなったり落ちたりするような飲み会ってのは苦手なんだよ」
「うるさくない落ち着いた場所で静かに一人で孤独に独酌したい」
「今度紹介するよ。そういう店」
「助かる」
「そういや飲めるのか、酒?」
「飲めるよ? こう見えて22歳」
「マジかよ」
ミーティと同じくらいの背格好や見た目なのに、中身は成人女性だったようだ。
「ところで、聞きたいコトってなに?」
「そういやそうだった。本題忘れて雑談だけして帰るところだったぜ」
ユーカリの独特なノリとテンポに飲み込まれかけていたようだ。
「実はな、この家って持ち主不明の空き屋なんだよ」
「……え?」
パチクリと、ユーカリが目を瞬く。
「え? って、こんな廃屋みたいな家が……」
「いやそうじゃくて。確かに廃墟みたいな家だけど、私の持ち家だよ?
だって不動産屋さんで買ったもの」
「え?」
今度はバッカスが目を瞬く。
「あ。もしかしてバッカスさん、私みたいな小娘が家を持つなんて……とか思っちゃった?」
「いや。別に誰がどんな家を買おうが知ったこっちゃない。
だが、領主も、領主からここの管理を任されている不動産屋も、ここは空き屋として認識してるんだ。だから先日、クリス――一階で悲鳴を上げてた女
「え? え? だって、ちゃんと買ったしお金も払ったし……」
本気で戸惑っているのか、ユーカリの目が潤んでいく。
女に泣かれるのはバツが悪いと後ろ頭を掻きながら、バッカスは訊ねる。
「書類はあるか?」
「うん。そういうのはちゃんと管理してるから」
「悪いがその書類を片手に不動産屋までつきあってくれ。ちゃんと突き詰めといた方がいい」
「……わかった。気乗りしないけど、バッカスさんに従うよ。
ちょっと待っててもってもいい? 着替えとお化粧してくる」
「あいよ」
そうして、待つことしばし――
「おっ待たせー☆」
――バッカスの元へやってきたユーカリは、妙にハイテンションで明るかった。
声もしゃべり方も、暗くてどこか陰鬱さも覚えた先ほどまでとは真逆の、明るく明朗な感じになっている。
来ている衣服も、流行の最先端を押さえつつ明るく可愛い色合いに。
さっきまで纏っていた陰キャオーラは完全に気配を消して、天真爛漫な陽キャオーラ全開になっている。
指先や足の先、それどころか髪の毛の一本一本にすら活力が宿り、徹底したこだわりのようなものさえ感じるほどだ。
そこに、さっきまでのメンタルクソ雑魚ナメクジを自称する女の姿はない。
あるのはその陽気な雰囲気と人懐っこさ。そして、仄かに混じる猫のようなイタズラっぽさで、男を翻弄し、気ままに振る舞う可愛い小悪魔である。
それを冷静に観察し終えたバッカスは、表情一つ変えずに淡々とうなずく。
「なるほど外面はそういう感じか」
「そういう冷静な反応やめて。私も素に戻っちゃいそうだから」
若干小悪魔がログアウトして、ナメクジがインしてきた。
「感情や雰囲気の落差がすごいな。
それを毎日やってるとか、大変だなおたくも」
「ほんとその優しい気遣いやめて。この格好なのに素に戻っちゃうから」
完全に小悪魔がログアウトして、ナメクジがインしてしまった。
その様子にバッカスはいつもシニカルな笑みを浮かべて受け流し、訊ねる。
「書類は持ったな? 出発しようぜ」
「りょーかい☆」
「仕草と言葉は小悪魔だけど、声はナメクジでちぐはぐだぞ」
「誰のせいよ誰の! ……こほん。がんばって調整するね☆」
「そうしてくれ」
何やら四苦八苦しているユーカリに苦笑しながら、バッカスは屋敷の外へ向かって歩き出す。
「さて、手違いでした――くらいで終わってくれればいいんだがな」
余計な厄介事が起きないことを五彩の神に祈りながら、バッカスは玄関のドアに手を掛けるのだった。
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【魔剣技師の酔いどれ話】
気絶した三人の女子はとりあえず、悪霊屋敷の門のところまで運んで重ねておいた。
とはいえそのまま放置することも出来なかったバッカスは、三人が起きるまでその場で待っていた。
三人が目覚める前にロックたちのパーティが通りがかったので、ブーディとミーティを押しつけてギルドへ運んで貰った。
バッカスはクリスを抱えて領主邸に向かったのであった。
なお、三人はしばらくソロで寝れなくなってしまったらしい。
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