大人だって、怖いモンは怖いんだ 4


 二階のとある部屋。

 バッカスがついうっかり壷を落として、ブーディとミーティをびっくりさせてしまった。


 わざとじゃないぞと、謝罪しつつ――実はわざとだったのだがそれはおくびにも出さず――部屋の中に何もないことを確認した三人で部屋を出る。


 その直後のことだ。


「あああああああ――……ッ!!」


 一階から聞こえてきた奇声に、ブーディが涙目になりながらバッカスに抱きついた。


「なに? なになになになに!?」

「落ち着けブーディ。ただの悲鳴だ」

「そっかただの悲鳴……悲鳴ッ!?」


 バッカスは本気で落ち着かせるつもりで口にしたのだが、ブーディは落ち着かなかった。


「そうだぞ。このくらいの時間になると、自分が殺された時のコトを思い出して悲鳴を上げるんだよ。かつてこの屋敷に住んでた女が」

「…………」


 ピシリと、ブーディが目に見えて固まった。

 その目が徐々に白目になっていき、口の端からヒィヒィと小さな音を漏らし始める。


「なんてな。冗談だ……って、あれ?」

「バッカスさんって時々どうしようもなくバカになりません?」


 完全に固まったブーディに、不思議そうに首を傾げるバッカス。

 そんなバッカスにミーティはかなり辛辣なことを言ってくる。


「ここまで覿面だとは思わなかった」

「まぁブーディさんは置いておくとして、今の声って実際なんなんですか?」

「だから悲鳴だろ」

「え?」


 今度はミーティが不思議そうに首を傾げる。


「俺たち以外にこの屋敷にいる女の悲鳴だろ。今の」


「私たち以外にこの屋敷にいる女?」

「気づいてなかったのか?」


 バッカスが訊ねると、ミーティは目をぱちくりと瞬いた。


「確かに違和感はありましたけど……」

「埃っぽい場所と埃っぽくない場所があった。埃っぽくない場所に関しては明らかに人の手が入っている。つまり、ここ最近に掃除された証拠だな」

「それはそう……ですよね。それは何となく思ってましたけど」


 歯切れの悪いミーティの様子に、バッカスは察するものがあり、胸中で人の悪い笑みを浮かべた。

 あくまでも胸中で、だ。表には出さない。


「ところでミーティ。つかぬコトを訊ねるんだが」

「……はい?」

「悪霊屋敷に侵入した目的はなんだ?」

「え?」

「あるいは、本当に魔獣としての悪霊がいたらどうするつもりだった?

 もしかしたら本当に正体不明の悪霊が住み着いていたらどうするつもりだった?

 もっと言うと人が住んでいた場合は対処法を考えていたか?

 住んでいるのが悪党だったとして、ブチのめす為の証拠は?

 住んでいるのが、本当に廃墟に住むのが好きな一般人だったら、どうするつもりでいた?」

「え、えーっと……」


 ちなみにバッカスは、ミーティがすぐに答えられないのは分かっている。

 そもそも彼女は好奇心だけでここに入ってきているのだ。


「……どうすればいいでしょう?」

「さぁな。

 俺とブーディを誘ったのはお前だ。つまり、この臨時パーティのリーダーはお前ってコトになる。

 そのリーダーがこういう時に迷っちゃダメだろう。二人分の命の責任を背負ってるんだぞー」


 バッカスの口調は意地悪を楽しむようなものになっているのだが、完全にテンパってしまっているミーティは気づかない。


「さて問題です。正体不明の女の悲鳴まで聞こえてきたこの状態で、リーダーはどう判断してどう動くべきでしょう?

 なおブーディは半分気絶してて役に立たないものとする」

「えっと、あの……えーっと、その……」


 たぶん彼女の中には、どうしようという言葉が駆けめぐっていることだろう。そのせいで、頭の中も、その目もぐるぐると回っている。


「それとミーティ。実際問題、正体不明の存在はこの屋敷にいるぞ。時々こっちの様子を伺ってたしな」

「え?」

「お前が何も言わないから俺も何も言わなかったけどな」

「バッカスさんでも正体不明なんですか?」


 実際のところ、バッカスは漠然とした答えはでているのだが、敢えて行程も否定もせずに無言を貫く。


「あ、あの……何か言ってもらえません?」


 ようやく怖がる素振りを見せてきてくれたので、バッカスはダメ押しすることにした。


「さっき――俺が壷を落としただろ?」

「は、はい……」

「その後、同じような音が足下から聞こえてきたの……気づいたか?」

「え?」

「俺が壷を落とす。一階で何かが落ちる。そのしばらく後に悲鳴だ」

「どう思う?」

「どうって……」


 バッカスは、自分以外にこの屋敷に入ってきた誰かがいるのには気づいているが、ミーティは違う。

 自分たち以外に侵入している人がいないと思っている。


「悲鳴をあげた人と、何かを落とした人がいる……あるいは、何かを落とした人が、悲鳴を上げた? あれ? 私たち以外に誰かいるにしても、何でその人は悲鳴をあげたんだろう?」


 ぶつぶつと口にしながら、真剣な顔で考え始めるミーティ。

 バッカスはその姿を横目に、気配も物音も何も感じないそれを見る。


 埃っぽい絨毯を踏みしめる何か。

 だが、恐らくはミーティと同じくらいの体躯の女。

 音もなく気配もなく、だけどそこに確かに存在している何か。


「とりあえず、ミーティ」

「なんです?」

「家主がいるなら俺が代わりに謝っておいてやるよ」

「ほんとですか?」

「問題は家主以外の存在だな」

「え?」

「まぁ要するに俺たちのコトなんだが」

「え? え?」

「あと悲鳴をあげた誰かもか」

「ブーディは半分気を失ってるがそれが正解だったかもしれんが」

「いやあの……」

「ミーティ」


 改めて名前を呼んだところで、バッカスは前世の語り部のことを思い出す。

 夏になると話題に上るようになる怪談といえばあのおじさんでお馴染みの彼だ。


 それを真似する気持ちで、告げる。


「マジで目に見えない何かがいるんですよ。何となくですが、それは貴女を狙っているようにも思えますねぇ」

「な、なんで……?」

「それは俺にも分からん。だが、間違いなく狙ってる。

 もしかしたら、お前の身体が欲しいのかもしれんな。実体がないから自分の好みの身体を持つ人間を狙っているのかもしれない」


 音もなく気配もない存在は、どうやらバッカスの言葉の意味を正しく理解してくれたらしい。


 絨毯を踏みしめ、小さく埃を浮かせながら、ミーティの背後に回る。

 ミーティはそれに気づかないまま、だいぶ青ざめてきていた。


「バ、バッカスさんにも分からないコトは……」

「あるに決まってるだろ。この世には、既存の学問だけでは解き明かせない謎なんていくらでもある。

 ミーティに限らず魔導技師の悪いところだが。魔術を学び、魔導学に傾倒すると、まるでこの世のすべてを解き明かしたと錯覚する。駆け出しほど陥りやすい錯覚だ」

「い、今ここで言うコトですか……?」


 その問いには、バッカスは大いにイエスとうなずきたい。

 だが、敢えてこう答えた。


「まぁ今言うべきではなかったかもな。だが、実際に体験すれば色々と考えも変わるかもな」

「そ、そんなコト言われましても……」


 だいぶいい感じに怖がってきたミーティ。

 それを見計らったように、音もなく気配もない何かが、ミーティに触れた――ようだ。


「え? 肩に何か……」


 恐る恐る振り返るも当然、そこには何もいない。

 困惑するミーティ。


「なんで? 何もいない? そんなはずは……ひゃうッ!?」


 次に何をされたのか分からないが、悲鳴を上げてヘタり込む。

 片方の耳を押さえているので、息でも吹きかけられたのか、触られたのかしたのだろう。


「ハッ!? ミーティの悲鳴?」

「はっはっは。タイミングの悪い目覚めだなブーディ」

「え?」


 何の話? とブーディが首を傾げた直後――


「いやああああああ――……ッ!!」


 音もなく気配もない何かに、何かされたらしいミーティが涙目で悲鳴を上げた。


「うあああああああ――……ッ!?」


 その悲鳴にびっくりしてブーディも思わず悲鳴を上げる。


 さらにどこかで二人の悲鳴を聞いていたらしい、もう一人の誰かの悲鳴も遠くから聞こえてくる。


 そんな悲鳴の三重奏を、バッカスはいい笑顔を浮かべながら聞いていると、どこからともなく声が聞こえてきた。


(いい性格しているわねアナタ)


 聞き覚えのない声だが、おそらくだが音もなく気配もない存在の声だろう。そして、この声こそがこの家の家主だというのは、何となく当たりをつけていた。


「その方がおたくにとっても都合がいいだろ?」

(……後日、あなたに相談させて。その時は一人で来てほしいな。二階の、アナタが壷を落とした部屋に)

「あいよ。不動産屋に確認したいコトもあるしな」


 なんであれ、悪霊屋敷の探索はここで終わりのようである。


「ざんねん。ミーティたちの冒険はここで終わってしまった! ってな」

(終わらせたのは、アナタじゃないの?)


 なにやら声からはとても呆れられてしまったが。


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