大人だって、怖いモンは怖いんだ 7


 レビューコメントありがとうございます٩( 'ω' )و


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 ユーカリとともに不動資産管理局を訪ねてから、数日後のお昼時。

 バッカスの住居に、いつものようにクリスが食事をしにきていた。


「……で、結局どうなったの?」

「悪霊屋敷は無事にユーカリの所有地になったよ」

「局はそれで良かったの?」

「良いも悪いも書類の担当者以外問題なかったんだよ。

 ちゃんと、ユーカリの金――というか売上も、金庫に入ってたんだよ。

 つまり、売買契約は成立している状態ってワケでな」

「そっか……複雑ではあるけれど、局がそれを認めてるのなら、あ私はそれを叔父様に報告すれば仕事完了ね」

「だと思うぜ」


 会話がひと段落したところで、クリスが昼食を口に運ぶ。


 今日のランチは、バッカス特製の玉子チャーハンだ。

 細かく切った一角猪ノロフボアのバラ肉と微塵切りした長ネギネーグル・ノイノーに、玉子を合わせたシンプルなやつを作った。


「んー……美味しい。お米エシルを炒めるなんて料理もあるのね」


 味付けも塩と胡椒くらいだ。


「パラリと仕上げるのが難しいんだが、今回はかなり会心のデキだぜ」

「お鍋振り回して、炒めてる最中のお米を宙に舞わしたりしてたのって、それが理由?」

「おう。エシルに満遍なく油と玉子をまとわせたくてな」


 前世と異なり、今世は身体能力が高い。

 その為、料理マンガのようなノリで派手な調理ができるから、ついついやってしまうのだ。


 バッカスがうなずくのを見て、クリスは「へー」と本気で感心しながら、チャーハンをスプーンですくって口に運ぶ。


「味付けはお塩と胡椒だけみたいだったのに、しっかりと味がするのすごいわ」

「どういたしまして」


 一角猪の甘み、ネギの風味、玉子のコク。

 どれもしっかりと引き出せていて、自己満足度も非常に高い。


「おかわり、いい?」

「だと思って多めに――」


 トントン。


 クリスに返事をしようとした時、玄関からノックする音が聞こえてきて言葉を止める。


「すまん。客みたいだ。おかわりは自分でよそってくれ」

「りょーかい」


 機嫌良くイスから立ち上がりキッチンへ向かうクリスを見送りながら、バッカスは玄関へと向かう。


「どちらさんで?」

「えーっと、ユーカリ……です」


 ドア越しに訊ねると、聞き覚えのある声が聞き覚えのある名前を名乗ってきた。


「どうした?」


 バッカスがドアを開けると、完全にナメクジモードのユーカリが立っている。


「あの、お願いがあって……」

「ふむ」


 小さく息を吐きながらユーカリを見て、ふと思った。


「ナメクジモードのまま来たのか?」


 服装もやぼったい上に、大きて丸いフレームのメガネまでかけている。

 これでは、有名な劇団の看板女優とは思えない姿だ。


「あのね、バッカスさん。気づいたんだ」

「何に?」

「服装ダサくしてナメクジモードで外を歩いてるとね、誰もわたしだって気づかない……! ファンに声を掛けられるコトもなければ、変なナンパとかもされなくて快適だって!」


 グッと握り拳を作って見せるユーカリに、なんと答えて良いのか分からず、バッカスは後ろ頭を掻いた。


「ま、とにかく上がってくれ」

「うん。お邪魔します」


 バッカスが中へと促すと、彼女は一つうなずいて入ってくる。

 廊下を先導しつつ、バッカスは背後へと声を掛けた。


「うちを食堂と勘違いした女が来てるが、あまり気にしなくていい」

「え?」


 ユーカリが驚いたのも束の間、リビングにいたクリスが反応する。


「あらお客さん?」

「噂のユーカリ嬢だ。あんまいじめてやるなよ?」

「いじめないわよ!」

「あわわわわわ……」

「何で生まれた手の子鹿みたいに……」

「極度の人見知りみたいなモンだ」

「王都で見かけた時はそんなコトなかった気がするけど」

「お前と同じだよ。仕事と割り切っている時と、普段で切り替わるんだとさ」

「なるほど」

「お前よりももっと極端なカンジだけどな。

 とりあえず、ユーカリも座ってくれ」


 震えているユーカリを椅子に座らせ、バッカスも向かいの椅子に座る。


「それで、相談って何だ?」

「ええっと、その……」


 気を使ったのか、クリスは山盛りのチャーハンが盛られた皿を手に、席を移動した。

 とはいえ、あまり広くないリビングだ。それほど離れたワケでもないのだが。


「……ご飯を……ご飯を恵んでください……」


 消え入るような声でそう告げるユーカリ。

 それに対して、バッカスは深く深く嘆息すると、無言で立ち上がった。


「あ」


 消え入りそうなか細い声がユーカリから漏れる。

 思わず手を伸ばそうとして、そんな資格はないとでも思ったのか手を下ろした。


 そんな泣きそうなユーカリに、クリスが微笑み掛けた。


「ご飯くれるって」

「え? でも今、嫌そうに……」

「態度が悪かったり言葉は悪かったりするけど、基本的にお人好しだからね。バッカス」


 クリスが示す先――バッカスは、キッチンに立っていた。

 そのバッカスが不思議そうに首を傾げて、クリスへと向き直る。


「クリス」

「なに? バッカス?」

「ここにあったチャーハンは?」

「全部食べたわ。美味しかったわよ?」

「全部ってお前ッ、俺のおかわり予定分まで全部か!?」

「それは知らないけど、おかわりした時にお鍋の中にあったのは全部頂いたわよ?」

「しかももう食い終わってんじゃねーか!」


 クソっと毒づいて、バッカスは冷蔵庫を開ける。


「ユーカリ。食えないモンや、嫌いなモンはあるか?」

「えっと、特に……無い、かな」

「チルラーガは?」

「食べれます」

「そうか。なら……」


 冷蔵庫には一角猪の肉で作った焼豚チャーシュー――醤油がないので塩味ベースだが――がある。

 お米エシルはまだまだ残っているし、長ネギネーグル・ノイノーもある。


ニンニクに似たモノチルラーガニラにチルラーグ似た野菜・エヴィハクもある……か」


「バッカス! 私の分も!」

「…………」


 最初からそのつもりではあったのだが、それでも自信満々に手を挙げてくるクリスに、呆れた眼差しを向けてしまう。


「な、なに?」

「いや。よく食うなと思っただけだよ」


 やれやれと嘆息しながら、バッカスは塩味の焼豚を使って、チャーハンを作り上げた。


 まず最初にユーカリの分を盛りつけて、差し出す。

 続けて自分とクリスの分だ。クリスの分だけは少な目にした。


「ユーカリ、おかわりはあるから欲しかったら言ってくれ。クリスはおかわり禁止な」

「殺生な!?」

「お前はもう食っただろうが」


 まだ食うのか――と、苦笑しつつ、バッカスは自分の分を用意して席についた。


「あの……」

「どうした?」

「いえ、不躾な、お願いだったのに……ご飯でてきたので、驚いて」

「事情は後で聞くさ。だが人に頼るくらいに腹減ってるってんなら、まずは食わせてからってな」


 いつも通りの皮肉げな笑みを浮かべてそう答えるバッカス。


 その横で、クリスは貴方はいつもそうよね――とでも言いたげに微笑んでいる。

 バッカスからするとちょっと腹立たしいのでほっぺたでもつねりたいところだ。


「……ありがとう」


 ユーカリは小さく笑うと、食神へ祈りを捧げて、スプーンを手に取った。


「いただきます」


 そうして、ユーカリはチャーハンを口に運び、顔を綻ばせる。


「悪くはなさそうだな」


 その顔を見てバッカスは笑うと、自分の分を口に運ぶ。


 先ほどの玉子チャーハンと異なり、一口食べるなりガツンとくる濃い味だ。


 焼豚のタレで味付けしてあるのでエシルにも、その甘辛い味がしっかりと染みている。


 そこに、ニンニクチルラーガと、ニラにチルラーグ似た野菜・エヴィハクのクセの強い風味が広がっていく。


 だがこの風味が、もう一口欲しくなるような、あとを引く。


 大振りに切った長ネギネーグル・ノイノーは、シャキシャキとした歯ごたえが残っていて、良いアクセントになっている。

 それだけでなく、独特の甘みとコクを生み出してくれて、名脇役という感じだ。


「バッカス、こっちも美味しいわ!

 何もしてない日は玉子味がいいけど、騎士や何でも屋として暴れたあとなら断然こっちね!」

「まぁ肉体労働する奴が好みそうな味ではあるよな」


 バッカスとクリスがそんなやりとりをしているのを横目に、ユーカリはしっかりと味わい噛みしめながらも、かき込んでいく。


 そうして、焼豚チャーハンを食べ終わり、三人が一息ついたところで、バッカスは訊ねる。


「そんで、どうしたんだユーカリ?」

「あの家……」

「うん?」

「一人で居られて快適ではあるんだけど」

「おう」

「……一人の限界も知ったのよ」


 ユーカリの言葉を咀嚼し、ゆっくりと思考を巡らせてから、バッカスは確認した。


「つまりメシが作れないってコトか?」

「それもあるけど……その……元廃墟みたいなモノだから、虫が……」


 それは仕方がない――と、横でクリスがうなずいている。

 バッカスとしては、厨房だけでもガッツリ掃除すりゃいいだろ――と思わなくもないのだが。


「あと、快適だったのはわりと最初だけで……今は、寂しい」

「難儀かお前」


 思わずツッコミを入れてから、バッカスは眉をひそめる。


「だけど、どっちもメシが食えない理由にはならんよな?」


 寂しいというのは知ったことではないのだが、食事が出来ないというのは些かわからない。


 食事処や酒場があるのだから、最悪そこで食べればいい。

 ましてやケミノーサはほかの町に比べて屋台などの出店も多いのだ。


 食事をするのにはあまり困らないと思うのだが――


「人見知りこじらせてるのは分かるが、それなら小悪魔モードで無理矢理にでも買い物すりゃあ何とかなるだろ?」


 ナンパやファンからの声掛けが鬱陶しかろうと、背は腹に変えられないのだ。そこは無理してでも買い物に出かけるべきだと、バッカスは考える。


「それは、そうなんだけど……むしろ、そうして生活はしてきたんだけど……」


 あるいは、それも出来なくなった理由でもあるのあろうか。


 もじもじと自分の手の指を絡ませあいながら、ユーカリはとても言いづらそうに告げる。


「その……お金、なくなっちゃって……」

「は?」

「え?」


 ユーカリの言葉に、バッカスとクリスは思わず目を間の抜けた声を上げてしまうのだった。

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