空腹をスパイスに、したくはない 3
書籍版7/14発売です٩( 'ω' )وよしなに
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「……馬車が二台あるぞ」
「片方は明らかに貴族だがな」
音のする方へと近づいていくと、立ち往生している馬車が見えてきた。バッカスの口にするように、二台だ。
気持ちを仕事モードに切り替えたクリスが目を
さらに近づくにつれ、明らかに護衛の騎士や
「賊の類っぽいな。どっちの馬車に要人が乗ってるかわからんし、賊だけシバくか」
「そうだな。それがいい。あれはあくまで賊だ」
「そういうコトにしておく方がいいだろうな」
賊のような薄汚れた格好をしているが、妙に気になる点はある。
だが、バッカスとクリスはその違和感を敢えて無視することにした。
気にすると面倒事の方が襲いかかってきそうな案件だからだ。
「要人の出迎えと護衛、トラブルの排除に尽力するとしますかね」
「ああ。我々の仕事はそれだけだ」
お互いの認識をすりあわせたところで、バッカスは荷台から御者台へと移動し、クリスの横で立つ。
不安定に揺れる御者台の上で、バランスを崩すことなく立ちながら、バッカスは正面を見据える。
腕輪から愛剣――前世でいうカタナ風の形をした魔剣、『
「馬は脅かさないよう頼む」
「善処はするさ」
告げてバッカスは術式を組み立て始める。
派手な爆発や音を立てるのは控えて、賊をぶちのめす為に使えそうな魔術――なくはない。
賊も、騎士も、何でも屋も、こちらに気がついた。
その様子にニヤリと笑って見せ、バッカスは広範囲に
魔術を使うモノにしか認識できない魔力で編まれた不可視の布。
これを広げた範囲が――厳密には違うがザックリと言えば――魔術の効果範囲である。
ここに、思念を用いて術式を刻み込む。
使う術に必要な術式だけでなく、この世界に存在する神への祈りもだ。
あるいは術式を刻み込んだ魔力帯を展開する方法もあるのだが、今回は敢えて先に無地の魔力帯を展開した。
わざとらしくゆっくり術式を刻んでいくことで、あの場にどれだけの魔術士がいるのか確認する為だ。
今回バッカスが準備している術式には、風に関する記述が多い。それにあわせて空や海に関わることの多い五大神の一柱たる青の女神と、その眷属たる大気の神、緑の神の眷属である竜巻の神への祈りを記述する。
「ずいぶんと広範囲に派手な効果を記述しているな」
横でクリスが呆れたような様子で苦笑しているが、バッカスは気にしない。
「まとめて吹き飛ばしながら乱入して、騎士や何でも屋を助け起こす。
賊は外側を囲んでるから、転んだ奴らは踏みつぶしてもいいだろ」
「…………まぁ賊だしな。恨み言を言われる筋合いもないか」
わずかに思案するもクリスが納得してくれたところで、バッカスが右手を正面に向けて掲げた。
「裂けし翼の精霊よ――」
組み上げた術式に魔力を通し、魔力を乗せた声を発する。
「――
次の瞬間、バッカスの両手――というよりも馬車を牽く馬の鼻先辺りがが正しいか――から扇状に突風が吹き荒れる。
賊も騎士も何でも屋も纏めて吹き飛ばす。
往生している馬車も少し動くが、どちらの馬車も吹き飛ばさない程度には加減している。
こちらを気にしてた者。気にしていなかった者。気づいていなかった者。気づいていながら無視していた者。それらを無関係に吹き飛ばす。
何をするんだ――というクレームが聞こえてくるが、クリスは気にすることなく馬車を飛ばした。
二台の馬車を取り囲んでいた賊たちを踏みつぶして、中心へと向かっていく。
「ぎゃーーッ!?」
「うわーーッ!?」
「ウグァーッ!?」
何やら悲鳴が聞こえてくるが無視である。
「賊と一緒に吹き飛ばして申し訳ない。
助太刀したかったのだが、距離もあったのでな」
馬車を止め、即座にクリスがそう告げれば、護衛だったのであろう騎士や何でも屋たちの顔に安堵が宿る。
クリスと共に馬車から飛び降りながら、バッカスが両方の馬車の関係者に聞こえるように問いかけた。
「ケミノーサの
それを受けて、騎士の一人が手を挙げる。
「恐らくこちらのコトだ。だが――」
何か言い掛けた騎士に、クリスが軽く手で制して笑いかけた。
「分かっている。元より両方守るつもりだ」
「貴女は――まさか、クリスティアーナ殿?」
「今はただのクリスだ。
「は、はいッ!」
その様子を見ていたバッカスが皮肉気に笑いながら茶化す。
「さすがは元騎士様ァ。有名でございますなァ」
「その鬱陶しい言葉遣いはやめろバッカス。賊の前にお前を斬るぞ」
「おっと。そいつは困る」
わざとらしく肩を竦めてから、バッカスは何でも屋の方へと向かう。
賊たちも立ち上がって態勢を立て直し始めている。
だが、いきなり魔術をぶっぱなした上に、転がった仲間を馬車で
「よ! おたくらは無事か?」
「助かった。巻き込んだのか巻き込まれたのかまでは分からんけどな」
苦笑する
「賊に襲われるのに巻き込むも巻き込まないもないだろ?」
「あいつら、本当に盗賊の類か?」
「盗賊の類さ。そういうコトにしておけ。だから俺たちの手で五彩輪に還してやったところでお咎めはない」
バッカスが暗に言う言葉の意味をリーダーらしき男は吟味するように目を眇めた。
そこへ、若い声が割り込もうとしてくる。
「そうは言っても!」
バッカスと話をしている男の仲間だろう。このパーティの新人なのか、たまたま居合わせただけかは分からない。
そんな若手を、年嵩の何でも屋が制した。
「余計なコトは言わないでおけ。そういうコトにしてくれると言うんだ。我々は盗賊を盗賊として対応した。それでいい。だろ?」
年嵩の男に言われ、バッカスはやや嫌味の強い笑みでうなずく。
「おう。何を言われようがそれで押し通してやるよ。根回しもしとくぜ。貴族には顔が利くんだ」
「助かる」
改めて頭を下げるリーダーに気にするなと手を振って、バッカスは賊の方へと向き直った。
「さて、こっちがわざとダラダラお喋りして時間をくれてさしあげたのに逃げなかった賊のみなさま、お覚悟はよろしくて?」
上品ぶった言葉遣いとは裏腹に、極めて凶悪な悪人スマイルを浮かべて訊ねるバッカス。
「なんだその口調は?」
ツッコミを入れながら、クリスも横に立って剣を抜く。
「これより、この男と共に賊を
時間を無駄にしたお前たちに、向けてやれる慈悲はない」
「尻尾巻いて逃げる時間を作ってやったのに、使わなかったのはお前らだ。このまま賊として五彩輪へと還ってくれ」
お前たちがどこの誰であろうと、この場においては賊として殲滅するという宣言だ。
その意味を理解してバッカスに背を向ける賊が一人。
彼に向けて、バッカスは間合いの外から抜刀一閃。一瞬にして放たれた斬撃による剣圧が空を駆け、逃げようとした男の背を切り裂くと、その男は地面に倒れ伏した。
男が背中から鮮血を吹くより先に、抜いた刃を鞘へと戻していたバッカスが告げる。
「言ったはずだ。尻尾を巻いて逃げる時間は終了したってな」
「理解したな? ではこれより二台の馬車を襲った賊どもの殲滅を開始する」
そうして、バッカスとクリスは一歩前へと踏み出した。
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