空腹をスパイスに、したくはない 2

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 ライルに言われた通りに町の西門へと向かうと、ピーチブロンドの髪を持つ軽鎧に身を包んだ女性がバッカスを見て微笑んだ。


「来てくれると思ったわ」

「メシ食いっぱぐれたんだけど」


 口を尖らせてそう告げると、だと思った――と、彼女はカバンの中から紙でくるまれた何かを取り出した。


 その紙を軽く剥がし、中を見せてくれる。

 それはコッペパンのようなものだった。


「ムーリーさんに作って貰ったの。食べるでしょう?」


 何やらジャムのようなものが挟んであるそれを見、バッカスは目を輝かせる。


「今日のクリスは女神か?」

「なんとなくバッカスがご飯食べそびれるんじゃないかなって」

「その通りだ。助った」


 心の底から感謝してジャムサンドらしきそれを受け取った。


「実はお茶も用意もあるわ」


 水筒を見せてくるクリスに、バッカスの目がますます輝く。


「重ねて助かる」

「急いでるから食べるなら馬車の中でね」

「問題ないな」


 すでに馬車の手配もすませてあり、あとはもう出発するだけのようだ。相変わらず仕事の出来る女である。


 そうして二人で馬車に乗り込んだ。御者はクリスがするらしい。

 御者席の隣に座りながら、バッカスはふと後ろを見る。


「幌は空か」

「先方の馬車が動かなくなっていた場合も考えるとね。荷物用でもこうやって用意しといた方がいいかなって」

「違いない。貴族らしいからな。面倒くさくなきゃいいんだが」

「同感ね」


 クリスはうなずきながら手綱を動かす。

 それを受けて、馬がそろそろと歩き出した。


 馬車が動き出したのを確認したバッカスはジャムサンドを頬張った。

 蜂蜜と一緒に煮込まれた果実の甘酸っぱく爽やかな風味が口に広がっていく。


「このジャム、イリーチか。後味がいいな」


 前世で言うところのサクランボに似た味の果物だ。

 それに加えて、僅かにレモン似の柑橘エノミルの風味を感じる。それが甘みの強い蜂蜜の味を爽やかに和らげ、後味をよくしているのだろう。


 続いて、水筒からお茶を飲む。

 オーソドックスな味の花茶はなちゃだ。品種は分からないが、苦みがなくて飲みやすい。

 仄かな甘みと渋み、そして香ばしさを感じる風味が口の中をサッパリと洗い流してくれるようだ。


 ジャムサンドと花茶を一気に胃に収めると、バッカスはようやく人心地つく。


「物足りないが、それでも腹になんか入ると違うな」

「でも空腹ってスパイスになるって言うじゃない? 仕事のあとのご飯の為にスパイスの準備はしなくていいの?」

「多すぎるスパイスは料理の味をダメにするんだよ。空腹も同じだ。限度ってモンがある」


 憮然と返すバッカスに、クリスは「あらあら」と微笑むのだった。




 旅人や馬車が何度も行き交い、踏み固められた街道を馬車が行く。

 振動で尻は痛くなるし、やっぱりジャムサンド一個程度では空腹は誤魔化せないことに、バッカスは微妙にイライラしていた。


 もちろん、それでクリスに当たるような阿呆なマネはしないのだが。


 このままではよろしくないな――と、バッカスはクリスに訊ねる。

 お喋りでもして気を紛らわせた方が良いだろう。


「そういや、俺。詳しい依頼内容知らねぇんだけど」

「簡単に言えば、先方と合流し、そのまま護衛するコト、ね」

「まぁそんなもんか。遅れているとはいえ、緊急事態とは限らねぇもんな」

「そういうコト。もちろん、トラブルに巻き込まれている場合はそのトラブルの解決も含まれるわ」

「そのトラブルの内容によって追加報酬望めるのか?」


 バッカスが思わずうめくと、クリスは「もちろん」とうなずいた。


「そこはちゃんとライルさんと交渉済みよ」

「よし。多少のやる気は出たな」


 報酬は良いにこしたことはない。


「クリス、いくつか確認したいんだが」

「何かしら?」

「ここ最近は、この街道で盗賊や魔獣で襲われたって話は聞かないが、クリスはどうだ?」

「私も無いわ。もっとも、無いからといって今回襲われないとは限らないんじゃない?」

「貴族が絡むなら、裏も読まなきゃだろ」

「否定はしないわ。でも――何でも屋ショルディナーが考えるコトじゃないと思うのだけど」

「否定はしないぞ。だがライルがわざわざ俺やお前に声を掛ける案件だ」


 告げれば、クリスは仕方なさげに肩を竦めた。

 口では何のかんの言いながら、クリスとてバッカスと同様の懸念はあるのだろう。


 ライル自身でも言っていたことだが、バッカスとクリスが選ばれた理由は、貴族対応ができるからだ。


「しかし、相手がどこにいるか分からないのは面倒だな。

 会えないまま夜になったらどうする? サーイゼンの村辺りで一泊するのか?」


 サーイゼンの村は街道沿いにある小さな村だ。

 ケミノーサから半日も掛からない場所にある。


 ただ、もう少し先に大きめの宿場町イレーサがあるので、基本的に旅人や行商人からはスルーされることの多い、あまり目立たない村だ。


「難しいところね。サーイゼンを無視して、イレーサまで強行する?」

「途中で御者は変わってやれるが、馬の体力は大丈夫か?」

「微妙なところね。いっそ、野宿でもする?」

「野宿ねぇ……どうしたもんか」


 問われて、バッカスは悩む。

 サーイゼンの村で一泊すると、向こうとすれ違いしかねない。

 要人一行がイレーサの町で一泊しているのなら、サーイゼンの村は無視して進む可能性が高いからだ。


 だからといって、昼過ぎに出発しているバッカスたちでは、日の出ているうちにイレーサの町にたどり着くのは難しい。


(確かに日を跨ぐなら街道沿いで野宿するのが一番、すれ違いを防げるんだが……)


 クリスのことだから、それを想定した食料も用意しているとは思うが、バッカスとしては、それはそれで面倒だと思ってしまう。


 ぼんやりと悩んでいると、かなり遠方から音が聞こえてきた。


「……バッカス」


 小さく呼びかけてくるクリスの声に顔をあげる。

 争いの音だ。かなり距離はあるが――


「どうやら、野宿は必要ねぇかもな」

「行ってみないと分からないけどね」


 クリスの言うことももっともだが、こういう時の相場というのはだいたい決まっているようなものだ。


「無関係だったら放置して進むか」

「しないわよ」


 優等生が相方というのも、少々面倒かもしれない――そんなことを思って、バッカスはこっそり嘆息した。


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