空腹をスパイスに、したくはない 4


 宣言と共にバッカスとクリスは動き出す。


白薔花纏陣ハクショウカテンジン


 クリスは魔力を用いて、白い薔薇の花びらのようなモノを無数に作り出す。

 そして、それを風と共に身に纏い、戦場を駆ける。


 触れただけで肌を切り裂く無数の花びらは、クリスの動きに追従するように戦場を吹き抜ける。


 何も対策せずに逃げまどうだけの賊は、ただその花びらに全身を切り裂かれて倒れ伏す。


 抵抗しようと武器を構える賊を相手にする時は、クリスも剣を構えて踏み込んでいく。


「構えだけは立派だったぞ」


 そう告げて、細身の長剣を軽やかに振るった。

 斬撃が賊を切り裂き、美しい花びらのような魔力が追撃する。


 クリスは軽やかに舞い踊るように、賊の間を縫い、剣で斬り、剣で突き、蹴り飛ばす。


 鮮血の赤と、純白の魔力に彩られた中で踊る彼女に、若い何でも屋ショルディナーが見惚れている。


「やれやれ。クリスに一目惚れすると大変だぞ」


 そんな若手を見ながら、思わずバッカスは苦笑する。

 あれの面倒を見るとなると食費がなかなかバカにならないのだ。生半なまなかな収入では養えまい。


「などとサボってないでやりますかね」


 そう独りごちながら、バッカスは居合いを放つ。

 シャランという鞘走りの音。一瞬遅れて聞こえてくる、鍔と鯉口がぶつかりあうチンという音。


「そら、もう一発だ」


 次の瞬間には、賊の腕が飛ぶ。あるいは足が、あるいは腹を切り裂かれる。

 結果は誰だあろうと同じだ。ただ倒れ伏す。


瞬抜刃シュンバツジン――これほどまでの速度のモノは初めて見た……」


 何やら騎士の一人が戦慄している。


 バッカスとしてはまだまだ本気の速度で抜いてないのだが、それでも騎士には驚愕だったようだ。


(まぁ、瞬抜刃とは名ばかりの、素早く鞘から抜くだけの剣技使いも少なくないしな)


 なまじマイナーな技だからこそ、それっぽい動きでも通用するのかもしれないが、バッカスから言わせればそんな奴は紛い物である。


「なんだ……なんなんだコイツらッ!!」


 賊の誰かが叫ぶ。


「ま、魔術だ! あいつらは剣士だ! 魔術を使える奴は遠距離からいけッ!!」


 別の賊が叫ぶ。


「乱入の挨拶に一発ブチかましてやったの、もう忘れてんのかね」


 小さく独りごちながら、バッカスは魔術が使えるらしい賊の動きを探る。


 展開される魔力帯キャンバスは、チカラも速度も範囲も平均的なものだ。

 記される術式と祈りを見て、バッカスは口の端をつり上げる。


 相手がしっかりと魔力帯に術式と祈りを記述しきるのを確認してから、バッカスもまた自らの魔力帯を展開した。


「あいつも魔術を……ッ!」

「今から反撃の術式を展開したところで……ッ!」


 間に合わないという確信でもあるのあだろう。賊の魔術使いは自信がありそうだ。


「いくぞッ! 火球かきゅうよッ!」


 だから、意気揚々と呪文を口にして魔術を発動させる。

 賊の掲げた手の先に、その呪文の通り火の玉が作り出された。


 一般的な魔術士としては悪くない。十分なシロモノだった。

 それなりの研鑽と勉強をしっかりしている証拠だ。

 学校などの試験であれば、十分に及第点を取れる魔術といえるだろう。


 ――だが、幸か不幸か。彼の前にいるバッカスという魔術士を相手にするには実力不足もはなはだしい。


「極彩色の蜥蜴トカゲよ、友の嘘を暴け」


 賊の構えた火球が、その手から放たれるより先に、バッカスの術式が完成する。

 それによって火球を作り出す術式は上書きされ、消去されていった。そうなれば当然、手の中の火球も消え去ってしまう。


「そ、そんな……あの速度で、展開を……」


 呆然とする賊の魔術士。

 その隙をバッカスが逃すワケもなく、素早く踏み込んで彼の喉を鞘のままの剣で突いた。


「がっ……!?」


 それから喉を潰した男の胸ぐらを掴んで持ち上げると、その男を包み込むように魔力帯を展開。術式を描いて、神への祈りを記述する。


硝子ガラス胞子ほうしの歌い手よ、降りしきるひょうを弾けッ!」


 そして魔術の発動と共に、ぶっきらぼうにブン投げた。

 魔力に包まれ弾丸となった男は、自分にぶつかった仲間たちを吹き飛ばしていく。


 最終的に何人もの賊が絡まりあって、地面に転がった。


「う、うわぁぁっぁ……ッ!?」


 悲鳴を上げながら、最後に残った賊が逃げる。


 バッカスとクリスが視線を交わし、追いかけようとした時――


「あれは放っておいていいわ。一人くらい生き延びてくれた方が利用しやすいもの」


 豪華な馬車の方から声が聞こえ、二人は同時に息を吐いた。


「なら、これで片づいたってコトだな」

「要人と聞いていたが、まさか……の人物だ」


 バッカスの方は安堵、クリスの方は嘆息という違いはあったのだが。


 そうして、豪華な馬車の方から、女性が降りてくる。

 クリスは自分の予想が外れて欲しいと祈っているが、その祈りが無駄なことであるという自覚はあった。


「初めましてバッカス君。わたしの旦那様が、とても嬉しそうに悪友だと呼んでいるモノだから、ちょっと嫉妬しちゃって……会いに来ちゃったわ」


 ニッコリと笑うその貴族女性。


 彼女とは初対面だが、その言葉で誰なのか理解した。


「帰れ」


 理解した上で、バッカスは悪友に向ける笑顔と全く同じものを浮かべて、そう告げるのだった。


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書籍版7/14発売です٩( 'ω' )وよしなに

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