野望の魔剣を、折り砕く 5


 ゲコ・ウトーなる人物が作ったと思われる二振りの魔剣――ゾンビ化の魔剣と、魅了の魔剣――は、破片含めてシダキが回収し、王都へと持ち帰っていった。


 残っていても扱いに困るモノなので、バッカスとムーリーもそれで構わない。

 シダキは領主にも許可を取っていったらしいので、なおのこと文句を言う理由はなかった。


 ちなみにシダキが王都に帰る前、シダキはバッカスと二人きりで酒を飲み交わした。その時、彼が静かに涙を流していたことは、バッカスが口にすることのない秘密である。


 普段のシダキであれば、うるさいほどに泣き喚くタイプの泣き上戸なのだが、その時はそうではなかった。


 イドナルブという前世のブランデーに似た酒をゆっくりと飲みながら、ただ静かに――流れる涙も拭かず泣いていた。


 そんな彼を、バッカスは必要以上に構わず、酒のおかわりや肴のおかわりを用意して、横で静かにグラスを傾ける。


 バッカスの自室だからこそ、時間も気にせず、人目も気にせず――二人は静かに飲み明かした。




 屍剣獣が倒されたことで、モキューロの森も静寂を取り戻したようだ。

 在来の生き物たちの数は減ったようだが、絶滅するほどのものではないようで、森から逃げ出した生き物たちも少しずつ戻ってきているらしい。


 問題があるといえばミュアーズ池だろう。

 あの魔獣が居座ったせいで、あそこに生息していたカエルや魚などがほとんど姿を消してしまっている。


 いずれまた帰ってくるかもしれないが、今はまだ何ともいえないようだ。


 討伐第二隊は、対象の討伐こそ成功したが、念のためにとモキューロの森を中心とした周辺の調査でしばらくはケミノーサの町に滞在していた。だが、それもいち段落すると、彼らもまた王都へと帰って行った。


 彼らに対する評価を書いたメモをシダキに持ち帰ってもらったので、臨時ボーナスくらいはでるかもしれない。


 また、バッカスが独自に集めていた情報によると、王都で魅了の影響を受けていた女性たちも、ある時を境にみな正気に戻ったそうだ。


 恐らくは、あの魔剣が折れた時だろう。


 そんなこんなで、後始末やら根回しやら調査やらで、ケミノーサの町そのものが落ち着きを取り戻すのに二週間ほどかかった。



 そして――



「あのな、ここ魔剣工房なんだけどよ」


 バッカスは自分の工房に集まってきた面々をみながら、唸るように告げる。


「いやぁ打ち上げするならココかなって」

「ストレイに同じく」


 ストレイとロックが自分たちのパーティメンバーを連れて、バッカスの工房に現れたのだ。


「いつぞや打ち上げするなら貸してやるって言ってたろ?」

「あれはあの場だけの話だ」


 毎度毎度、打ち上げに工房を使われても困る。

 ここで二組を追い返せば話は終わり――となるかと言えばそうもいかない。


 二組が帰るよりも先に、クリスがルナサとミーティとムーリーを連れてやってきた。


「バッカス! 打ち上げしましょう、打ち上げ!」

「お前らもか!」

「やっぱみんな考えるコト同じじゃん?」

「そうみたいだな」

「ロック! ストレイ! それ見たコトかみたいな顔してるんじゃあない!」


 思わず頭を抱えていると、続々と工房に人がやってくる。


「おう、バッカス! ……ってなんか妙に人が多いな?」

「鍛冶屋のドブロじゃねーか。うちに来るのは珍しいな」

「いや何、ココに来れば、なんか打ち上げがてら騒いでるから一緒に酒が飲めると聞いてな?」

「誰にだよ!」


 ついつい叫ぶ。

 どうやらこの騒動は余計な何かを吹いて回っているやつがいそうである。


「アタシよ!」


 そして、犯人が名乗りを上げてきた。


「ムーリー!」

「ハァイ♪」


 明るく楽しく返事をしながら手を振ってくる姿に殺意を覚える。


「何の怨みがあって俺の工房に人を集めてやがる!」

「え? しないの、打ち上げ? てっきりするものかと」

「せめて許可を取れ、許可を! ここは俺の工房だぞ!」

「じゃあ、今ちょうだい?」

「あのなぁ……」


 バッカスが頭を抱え出したところで、さらなる訪問者が現れる。


「良いではないかバッカス。私も打ち上げに参加したいぞ」

「領主が気楽に平民の工房に来るんじゃあない!」


 ツッコミを入れるバッカスの言葉にほとんどの者がギョッとして、今し方入ってきた男性を見た。


「しないのか、打ち上げ?」

「ムーリーと似たような顔で同じようなコト言いやがって……」


 そうして、ついにバッカスの堪忍袋の緒が切れた。


「お前らいい加減にしろよッ! 俺は魔剣技師で何でも屋じゃねぇし、ここは工房で、食事処じゃねーんだよッ!!」


 もはや定型文のようなことを叫び、続けて声を上げる。


「どうせこのままグダグダ聞き流してても雪だるま式に人数が増えてくのが目に見えてるからなッ! こうなったら先んじて――というかなんというか――とにもかくにも町中を巻き込む! 領主がいるから許可はここで取れるしな!」

「別に構わないが、何をするんだ?」


 領主か許可をもらったところで、バッカスはドブロに視線を向けた。


「広場で料理する。その為の鍋をドブロ、頼めるか?」

「そりゃあ構わんが……鍋なんてどこにでもあるだろ?」

「町の噴水と同じくらいの鍋だ。いけるか?」

「そりゃまたデカいな。一つでいいのか?」

「ムーリーにも作らせるから、二つだな」

「何をするかわからんが、うちの料理人にも手伝わせよう。もう一つ頼みたい。代金は三つとも領主である私が持とう」

「お、おう……かしこまりましたぜ」


 恐縮しながらもドブロがうなずく。


「あとは食材の調達だが……商業ギルドと、料理ギルドを介して、足りない分は何でも屋ギルドに頼む形がいいか」

「ちょっと本格的すぎない?」

「ここまで来たら祭りだよ祭り」


 バッカスもだいぶヤケっぱちだが、領主がホイホイ許可をくれるので、もう止まることはできない。


「大鍋で料理を作る場所は確保しつつ、露天出したい連中には出させようぜ」


 勢いよく思いつきを口にしていくバッカスに、工房に集まってきた面々は苦笑を浮かべる。

 文句を言いながらも、率先して動くのだから、不思議な男だ――という生暖かい眼差しが四方八方から飛んでいく。


 それに気づきながらも無視をして、バッカスは思いついたことをポンポンと口にしていった。


 そうして、その場にいる領主とともに現実的な範囲でのお祭りを行う計画が進んでいく。


 よもや、バッカスの工房でやるはずの打ち上げがお祭りに発展するとは誰も思ってもみなかったらしい。


「悪くない計画だな。魅了の魔剣で、女性たちも色々あったから、それらを癒す意味も込めて、執り行うことに問題はない」


 準備期間も考慮して、お祭りは二週間後となった。

 今から町の住民たちにも周知していく形だ。


「そういえばバッカス。

 大鍋が必要とは言ってたけど、何をつくるつもりなの?」

「ん? シムワーンが持ち込んだジャガ芋もまだ結構余ってるしな」


 状況によっては武器にするつもりだったのだが、結局使う機会はなかった。


「イエラブ芋も大量に用意して一緒に煮込むつもりだよ」

「なんていう料理なの?」


 問われて、バッカスは皮肉げに口の端をつり上げて答える。


「そのものズバリ、芋煮だよ」




 ――二週間後。打ち上げ祭り当日。


 町の三カ所で、巨大な鍋が特注の木ベラと特注のレードルでかき混ぜられている。

 この為だけに用意された巨大コンロに掛けられた鍋からは、良い香りが漂い始め、集まっている人たちがソワソワしていく。


 前世では一人でこの量をかき混ぜたりするのは大変だったかもしれないが、この世界では魔術や彩技アーツ、魔導具などがある為、結構どうとでもなる。


 一番の誤算があるとすれば、この日の為にバッカス自身が大量の調味料を作らざる得なかったことか。


 大量の芋、肉、各種野菜を酒と水、そして調味料をあわせた液体で煮込む。

 前世の本場で作られたソレと比べると足りないモノが多い。だが、それでも大量の肉と野菜が煮込まれることによって生まれる旨味は、本場のモノに引けはとらないはずである。


 汗を拭い、味見をする。

 醤油っぽい調味料を使ってはいるが、醤油ではないので、少しばかり違和感はある。だが、それはあくまでも前世の味と比べるから発生するものだ。


 気にしなければ、何一つ問題のない味である。


 それに、ムーリーたちとは事前に練習もかねて少量を作り、試食したがその時に食べたモノよりも格段に上の味がする。


 十分だ。


「うし! 完成したぜ! お前ら、家から容器は持ってきたな?」


 バッカスの声に、歓声が響く。

 ここ以外からも聞こえてくることから、別の場所でも完成したのだろう。


「配るから並んでくれ!」


 そう告げると、颯爽とクリスが姿を見せた。


「さぁバッカス! その芋煮を頂戴な!」

「お前が一番乗りかよ」


 呆れたように苦笑しつつ、差し出された容器に芋煮をよそう。


「せっかくだ。ここで少し食べて、感想でも言ってくれ」

「わかったわ」


 言われるがまま、クリスは芋煮を啜る。


「スープには色んな味が溶け込んで複雑だけど優しい味。

 それを吸ったお芋はホクホクで、お肉は柔らかくて……どの素材も大きめに切られているのに、すごい柔らかい。

 食べてると身体だけでなく心もポカポカしてくるような味ね。すごく美味しいわ」


 大きめの声でクリスが感想を告げれば、並んでた人たちだけでなく、興味が薄そうな人たちも気になりだしてくれたようだ。


「いつまでもここにいると邪魔になりそうだし、行くわね」

「おう。またあとでな」

「ええ。またあとで」


 そうして、クリスがそこから退くと並んでいた人たちが順番に現れる。

 バッカスは気合いを入れて、お客さんたちへと芋煮をよそい続けるのだった。


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