野望の魔剣を、折り砕く 4


 崩れゆく屍剣獣が暴れ出さぬよう、何でも屋や騎士たちが見守る。

 その周囲では、手の空いている者たちが、戦場の片づけのようなものを始めていた。


 落ちている道具の回収が主だ。

 どれが誰のであるかは分からないが、可能な限り持ち主や持ち主の知り合いの元へと返すべく、何でも屋と騎士たちが回収していく。


 ゾンビと化し葬らざるえなかった者たちへの鎮魂の意味もある。


 そんな光景を横目に、クリスは首だけとなったシムワーンの前に立つ。


「ク、クリスティアーナ……!

 君を傷つけたコトは謝罪する! だから……!」

「だから許せ、と?」


 無表情に首を見下しながら、クリスは冷たく聞き返す。


「そ、そうだ! 許してほしい! 死にたくない……まだ、死にたくないんだ……!」


 クリスは無言で剣を掲げて魔力を込める。

 剣を覆う、白く輝く魔力が可視化され、まるで戦鎚かあるいはフライパンを思わせる形状になっていく。


「ち、父上……!」


 首のままでは動けない。それでもシムワーンは、視界の端にいたシダキに視線を向けて縋る。


 それを見、クリスは訊ねた。


「ドルトンド卿。何かありますか?」

「交わすべき言葉は戦場いくさばで交わした。それ以上の交わすべき言葉は既にない」


 訊ねられたドルトンド卿は、あとは好きにしてくれ――と、首に背を向けた。

 騎士や何でも屋たちと共に戦場の後始末を手伝うようだ。


 その背中に哀しみのようなモノが見えたが、クリスは小さくかぶりを振って気を取り直した。


 シムワーンの表情は泣いているかのように歪んでいる。

 いや、実際泣いているのだろう。だが、涙は流れていない。滂沱ぼうだの涙を流していそうな顔をしているのに、流れていなかった。


 紫色の魔獣となった首には、涙を流す機能がないのだろう。


「あー……クリス、悪い。ちょっとだけ待ってくれ」

「バッカス?」


 そこへ現れたバッカスの姿を見、シムワーンの表情が希望を見いだしたモノに変わる。


「おいシムワーン。いくつか聞きたいコトがある。

 答えによっては、クリスを説得してやってもいい」

「本当か……!?」

「嘘は言わねぇよ」


 バッカスの人柄を知っているクリスから見ると、胡散臭さしか感じない真面目な表情でうなずいている。


「分かった。一旦は手を止めよう」

「悪いな」


 クリスへ軽い謝罪をしてから、チンピラのような姿勢でしゃがみ、訊ねた。


「俺が聞きたいコトは単純だ。あの魅了の魔剣はどこで手に入れた?

 雑に答えたなら、クリスを説得しねぇからな」

「わ、分かった……答える! 答えるから!」


 そうまでして死にたくないのか――とクリスは密かに眉を顰める。

 生き汚いといえばそれまでかもしれないが、シムワーンの生き汚さは見ていられない。


「あの剣は王都で出会った変な奴から買ったんだ。自分が作った魔剣だが、使い手が見つからないとか言っててな」

「どんな奴だ?」

「不健康そうな奴だ。青白い肌で、痩せてて……だが貧民のような痩せ方じゃなかった。変な匂いもしなかったしボロいフード付きマントも、ボロボロなだけで清潔そうだったしな」

「名前は?」

「ゲコ・ウトーとか名乗ってた。本名かどうかは知らん。魔剣技師を名乗ってたが、知り合いか?」

「いや、知らない名前だ。知りたくもねぇ名前だったかもしれねぇが」


 名前を知ったことで変な因縁が生まれなければいいのだが――と考えながら、バッカスは小さく息をついた。


「さんきゅーな。色々参考になった」

「な、なら……クリスティアーナを!」

「おう。待ってろ」


 そうして、バッカスは立ち上がってクリスに訊ねる。


「トドメ刺すの止めない?」

「止めない」


 即答するクリス。

 それを受けてバッカスは申し訳なさそうな笑顔をシムワーンの首に向けた。


「すまん。己の力不足を恥じるばかりだ」

「微塵も恥じてねぇだろッ!? さっきのは嘘かッ!?」

「ちゃんと説得しただろ。ウソは言ってない。俺にはコレ以上の説得は無理だ」

「お前こそ雑な約束の守り方してるじゃないか!」

「まぁここでクリスを説得できてもお前さんの結末は変わらんし諦めろ」

「は?」


 シムワーンが動きを止める。


「そりゃあお前、紫色の魔獣と融合したんだぞ?

 その首の断面とか見れば分かるが、もう人間どころか魔獣ですらない。

 生き物の身体の断面ってのはそういう風にはならん」


 告げながらバッカスの脳裏にプラナリアとか色々とよぎったが、それを振り払う。

 それに、ゆっくりとだが首の断面部分が綻ぶように崩れ始めている。本人は気づいていないようだが。


「つまり、お前はもう人間とか魔獣とかじゃあなく、魔剣から生まれた異形でしかないんだ。

 そして、その異形の魔獣は剣が折れたコトでチカラをなくし、肉体が崩壊していっている」


 そこまで言われて、シムワーンはようやく気がついたようだ。


「つまりオレは……どうあっても……」

「助からねぇな。

 ま、人間を辞めた代償だろうよ。誰も同情はしねぇと思うぜ」


 そうしてバッカスが一歩引き、クリスに場を引き継ぐ。

 クリスは一歩前に出て、改めて剣に魔力を込めた。


「クリスティアーナ……」

「シムワーン、私はお前が人間を辞めてくれて感謝しているんだ」

「え?」

「いかなるクズでも人間であるなら殺し辛い。騎士であるなら尚更だ。だが、人の身を捨てた異形となれば別だ」

「……あ」

「討伐対象となってくれてありがとう。これを心おきなく振り下ろせる」


 戦鎚かフライパンか。あるいはハエたたきか。

 白く輝く魔力を、そういう形状に変える。


「半端な斬撃や刺突では死なぬだろうからな、せめてもの慈悲だ――それではなシムワーン。さらばだ」


 子供の泣き顔のように顔をくしゃくしゃに歪ませている首をめがけて、クリスはそれを振り下ろした。


 表情だけでなく首そのものがくしゃくしゃに潰れる。

 ふつうの生き物であるならば、それで終わっていただろうが。


「ピクピクと動いているな……シムワーンの意識があるからは知らんが、生きてるぞこれ」

「……そうか。それは失敗したな」


 クリスは嘆息してから、バッカスへと頼みごとを口にする。


「ねぇバッカス。せめてもの情けをお願い。灰にしてあげて」

「あいよ」


 軽い調子でうなずくと、バッカスが魔術で火をつける。

 あっという間に灰になっていくシムワーンだったものを見ながら、クリスは呟く。


「あんまり、スッキリしないモノね」


 そんなクリスに、バッカスはいつものシニカルな笑みを浮かべて訊ねる。


「それならお嬢様。貴女のもう一つの復讐相手を折り砕くお手伝いをして頂けませんか?」

「もう一つ? 何かあったかしら?」


 首を傾げるクリスを余所に、バッカスは手近な知り合いに撤退組の待機場所に行ってくると言伝すると、彼女を連れてその場を離れた。




 後方。

 こちらも、そのまま町へ帰る者たちと前線組の手伝いをする者たちが別れ、それぞれに話し合いや情報交換がされ、ざわついている。

 

「ムーリー」

「あら、バッカスくんにクリスちゃん」


 バッカスはその中にいるムーリーを見つけて声を掛けた。


「ブランから剣は受け取ったか?」

「ええ。ミーティちゃんと一緒にある程度の解析はしたわ」


 それなら良いとバッカスが一息つくと、ムーリーはすぐにこちらがやってきた理由に気づいたようだ。


「壊すのね」

「ああ」


 うなずくバッカス。

 それを見て、ムーリーはシムワーンの魔剣を地面に突き立てた。


「これ、女の子だけじゃなくて使い手も魅了する術式が紛れ込んでたわよ」

「どういう意味?」

「そのまんまの意味。使えば使うほど、使い手はこの剣を手放せなくなる。この世でもっともすごい剣だと思い込むようになるの」

「なるほどな」


 戦っている途中のシムワーンの言動を思い出し、バッカスは小さく息を吐いた。


「通りで魔剣にご執心というか妙に信頼していたワケだ」

「全く同情できないけどね」


 クリスの突き放すような言葉に、ムーリーも同意する。


「する必要はないと思うわ」


 裏を返せば、それほどに依存するくらいには使用していたということだ。


「さて」


 バッカスは、腕輪から五彩輪の否定者ホイーラファクトを取り出すと、クリスに手渡した。


「ほれ。真に復讐するべきはコイツだろ?」

「……そうかもしれないわね」


 クリスはバッカスから五彩輪の否定者を受け取って、魅了の魔剣に向ける。


「変な形状の魔剣を作ったわねぇ」

「挟んで折り砕く。武器や装飾品の形をしている魔剣を壊すならこれが最適だろうさ」


 ムーリーとバッカスのやりとりを聞きながら、クリスは鍔元を挟み込む。


「噛み砕け。五彩輪の否定者」


 魔力を流し込み、魔剣の能力を起動しながらチカラを込める。


「ちょっとバッカスくん。属性が茶色じゃないの!」

「あれが茶色なの不本意すぎるんだよなぁ……」


 ムーリーが興奮し、バッカスが何やらもごもごしている。

 クリスは茶色の属性に関しての知識はないが、二人の様子からすごい属性なのだろうとは理解した。


 そんな中で、五彩輪の否定者に挟まれた魅了の魔剣が、メリメリバキバキと音を立てていく。


 ややして――バキリという一際大きい音がして、魅了の魔剣は折り砕かれた。


 僅かな沈黙のあとで、バッカスはおどけた調子でクリスに訊ねる。


「お嬢様、ご感想は?」


 その問いに、クリスは巨大ペンチを片手で持ち肩に乗せながら答えた。


「やっぱりスッキリしないわ」

「さようで」

「でも――」

「ん?」

「気持ちに一区切りはついた感じかしら」


 何かから解放されたような顔とともに、クリスはバッカスへ魔剣を返す。


「それなら、お前にとっては上等な決着なんじゃねーの?」


 返された魔剣を受け取りながらバッカスが口にした言葉を、クリスは少しだけ吟味するようにしてから――


「そうね。そうかもしれないわ」


 ――納得したようにそう笑うのだった。


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