野望の魔剣を、折り砕く 3
「良いタイミングで到着できたかもしれないわねぇ」
「ムーリーさん、食べ物粗末にするのダメなんじゃないんですか?」
黒いモノ――ムーリーの持つ魔剣ティーワスによって生み出された黒ダエルブをみんながどんどん投げているのを見ながら、ミーティは訊ねる。
「あんまり良くないのだけどね。
でも、それを叱ってくれる人がいなくなっちゃうんじゃあ、意味がないでしょ?」
同時にそれは、ムーリーが作った料理を食べてくれる人がいなくなることでもある。
「粗末にしない為に、守るために、食べる以外の使い方をする。
まぁ――そう自分に言い聞かせているだけなんだけどね」
言いながら、ムーリーは手元の魔剣を振るって、次弾となる黒ダエルブを作り出した。
シダキの投げたナイフが屍剣獣の口の中へと入っていき、その口内で暴風を巻き起こす。
その風は内部を突き進み、屍剣獣の内側で暴れ回った。
「うおおおおお!?」
背中から生えたシムワーンが悲鳴をあげる。
それに合わせて、周囲の魔術士たちも攻撃魔術を放つ。
複数の火炎がその体表を焦がし、複数の風刃がその身体を切り裂く。
即座に、剣や斧による追撃がなされるも、すぐさま傷が再生していく。
「やはり再生速度が速いな」
「内臓の方は、まだ時間がかかりそうだけどね」
背中に生えているシムワーンはともかく、下の屍剣獣は、すこしグッタリしているようだ。
「時間の問題だろうが……背中の剣を抜けばいけるか?」
バッカスはシムワーンの背もたれのように生えている剣に視線を向ける。
だが、それにルナサが首を振った。
「飛び降りるついでに抜こうと思ったけど、固くて微動だにしなかったわよ」
「なら直接たたき壊した方がいいか」
腕輪の中に収納してある魔剣を思い描きながら、バッカスはゾンビ化の剣を見た。
ただ壊すだけだと再生する可能性がある。
ならば、
しかし、背から触手を生やすしてくるあの魔獣の背に乗って壊すのは危険が伴う。
その為に、まずは――
「危なっかしくて集団戦だと使いづらかったが、これだけ人数が減れば大丈夫だろ」
バッカスが祈りと術式を織り込み展開する魔力帯を見、メシューガも似たような術の準備を始める。
「触れたモンをゆっくり破壊する魔術だ。伝染してくから、うっかり触れるなよ!」
「無駄だ! 再生するって分かっているだろ!?」
周囲にいる面々への警告にシムワーンが反応するが、バッカスはそれを聞き流す。
そして、バッカスとメシューガは呪文を口にした。
「破壊を求める御手よ、冥府の掌握を担え!」
「無明漆黒の絶望!」
二人が放つ黒いチカラは、シムワーンの触れた部分を振動させ崩壊させる。範囲は大きくはない。だが、崩壊した部分の周囲がさらに振動し、崩壊させていく。
前に戦った紫色のバルーンは、これの浸食速度が再生速度を上回った為に、倒すことができた。
だが、今回はシムワーンの再生能力を上回りきれないようだ。
崩壊部分はすぐさま再生が始まるが、再生したそばから崩壊させていく為、拮抗している限り傷は大きくならず、だが再生もしきらない。
それが二カ所。
そこへ追加が放たれる。
バッカスとメシューガの術式を読みとり、ストレイが自分なりに組み立てたのだ。
「こんな感じの術式だったか?」
「だいたいあってる。
さっきも言ったが、触れたモンを問答無用で崩壊させながら周囲に伝播していく魔術だ。普段使いはするんじゃねーぞ」
その忠告に一つうなずき、ストレイは両手を掲げて呪文を唱える。
「縦九十九、横九十九、夜闇への引き込み!」
放たれたのは小さな漆黒の針。
縫い針のようなそれが、屍剣獣の身体に、新たに穴を穿つ。
バッカスやメシューガのモノと比べると小さい穴だが、同じように周囲を浸食しながら崩壊させていく。
「なんで、再生しきらないッ!?」
再生と崩壊が拮抗しているものの、効果時間を思えばやがて再生力の方が勝るだろう。
魔術は効果時間を過ぎれば消滅するが、再生力は相手の体力が続く限り終わらなさそうだ。
「よし、わたしも」
「君はダメだ、シークグリッサ。これを制御するには、君の技量ではまだ足りない」
制御や術式の構築に失敗すると、あの黒い崩壊のエネルギーが自分の体内で弾けて周囲を巻き込みかねないのだ。
それを説明されれば、さすがのルナサもマネをしようとは思わない。
「何なんだよ、この魔術は!?」
再生しない身体に驚くシムワーン。
その魔獣の背から生えた彼の元へ、クリスが崩壊していない面から魔獣の身体を駆け上がって肉薄する。
「どいつもこいつも簡単に登って来やがって!」
それに気づいたシムワーンはクリスに向けて触手を数本放つ。
「どうした? 先のモノと比べると本数も勢いも少ないぞ」
放たれた触手を全て斬り払い、クリスは最後の一歩を踏み込む。
手にした剣に魔力を込め、強度と切れ味を高めながら、振り抜いた。
「せいッ!」
シムワーンの首が飛ぶ。
「お前ッ、お前ぇぇぇぇ――……!?」
刎ねられた首が喚く。
「その状態でも喋れるのか」
それどころか、残された身体が動き出す。
腕を剣のように変えて、宙を舞う首を見上げるクリスを攻撃する。
だが――
「甘い」
クリスはそれを剣で受け止めた。
「心臓を刺されて平気だったんだ。首が飛んでも身体が動く可能性は考慮していた」
受け止めた腕を跳ねのけ、袈裟懸けにシムワーンの身体を切り裂く。
切断とはいかないが、ザックリと切り裂かれたシムワーンの身体からは、しかし血などは流れない。
内臓などもなく、骨もなく、ただただ紫色の断面だけが見える。
まるで紫色のプリンだな――などとクリスが思う程度には、生き物の断面とはほど遠い。
ややすると、コポコポと断面が泡立ちはじめ、再生されだした。首の切断面も同様だ。
「この首が再生したらどうなるか気になるところだな」
そこへ、バッカスがなにやら巨大なハサミのようなものを担いでやってくる。
「待つのか?」
「待たねぇよ」
そうして、バッカスはそのハサミのようなモノを背中に刺さる剣に向けた。
「それは?」
「ペンチ型魔剣――銘は
「見慣れぬ形だが……それ以上に罰当たりな名前だ」
「俺もそう思うぜ」
バッカスが五彩輪の否定者に魔力を込めると、それは綺麗な茶色の輝きを放つ。
「珍しい色の魔力だな」
「……そうだな」
想定していなかった輝きを見て、バッカスは複雑な顔をする。
だが、今はその不満は置いておくことにした。
「お前らッ、その剣を折ろうとするんじゃあない!」
首だけになって地面に転がるシムワーンが声を上げる。
すると、数本の触手が生えて、バッカスとクリスを襲ってきた。
「ずいぶんと弱々しいな」
つまらなそうに口にしながら、クリスが触手を切り払う。
続けて、この場に残っている身体がジタバタと動き出すが、悪あがきというのもしょぼい動きだ。
二人がそこから少し動くだけで、振り回す両手が届かなくなって、動きを止めた。
「まぁ体力が無くなってきてるんだろうさ。再生には体力を使う。刃を放つのには大量の魔力を使う。首を跳ねられてるから、命令がうまく身体に伝わらないってのもあるのかもな」
融合してない状態の屍剣獣であれば、首を断たれても暴れた可能性はある。
だが、シムワーンと融合し、高度な知恵と感情を得たことで、その知恵を利用するのに最適な形をとった。その結果が背中から生えたシムワーンなのだろう。
「それじゃあ……壊すとするかね。
噛み砕けッ、五彩輪の否定者!」
バッカスがその両手にチカラを込めて、ペンチの刃を閉じていく
柄、鍔、刃の付け根に噛みついた刃の内側からメリメリベキベキという音がして――
「やめろッ、やめやがれッ! それだけはやめてくれ!」
シムワーンが叫ぶ。
理由の分からない恐怖と絶望がわいてきて、ひたすらに叫ぶ。
それは自分の感情とは別の感情だという感覚がある。
今まさに砕かれようとしている魔剣。あるいは屍剣獣の感情かもしれない。
その必死さに答えるように触手がバッカスを攻撃しようとするが、その全てに勢いがない。
「必死に止めるわりには触手の攻撃は弱々しいのは助かるな」
もっとも、どの感情であろうとも、バッカスはその手を止めるつもりなどなく――
「結構固いな!」
メリメリミシミシ音を立てて噛みつく五彩輪の否定者は、物理的にだけでなく内部の基盤に描かれた術式も砕いていく。
噛み砕いた術式から、神への祈りに関する表記を消したり、余計な祈りを増やしたり、術式も同様にデタラメなモノに書き換えていく。
最後に、書き換えられた基盤が物理的に砕けていく。
基盤の破片をかき集めて修復したとしても、デタラメに書き直された術式が再生されるだけなので、仮に欠片などを悪用しようとする者がいても上手くはいかないだろう。
「これで……ッ!!」
そして、ついに――
「やめろォォォォォ――……!!」
バキリ、と。
ゾンビ騒動の根元である魔剣が、折り砕かれた。
その瞬間、戦場に転がる無数の刃が、ゆっくりとボロリボロリと崩れ始める。
シムワーン部分の再生が止まる。
屍剣獣の部分も同様だ。崩壊の魔術と拮抗していた再生力がなくなり、魔術が身体を浸食し始める。
魔術の影響を受けていない身体の末端――尻尾やツメなどが刃と同じようにゆっくりと崩れていく。
「降りるぞクリス。魔術に巻き込まれたらシャレにならん」
「ああ」
そうして二人は、崩壊魔術の影響を受けていない側から飛び降りるのだった。
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