野望の魔剣を、折り砕く 2
「クリスティアーナ!」
「異形に堕ちたかシムワーン!」
クリスを見上げながら名を呼ぶシムワーンに対し、彼女は露骨に顔をしかめた。
「お前も堕としてやるよッ!」
屍剣獣の継ぎ目が光る。
クリスに抱かれているルナサが両手をシムワーンへと向ける。
「そのガキともどもなぁッ!」
「それは勘弁してもらいたいところだ」
嫌悪を隠さずクリスが肩を竦めると同時に、ルナサが呪文を口にした。
「空飛ぶ亀の鋼鉄甲羅ッ!」
言葉通りい、亀の甲羅のように曲線的な障壁を作り出し、自分たちを覆う。
そこへ継ぎ目から刃が放たれた。
その刃は、甲羅型障壁の表面を滑り、彼方へと飛んでいく。
「うまいなルナサ。点ではなく面で受け流したか」
「わたしの術じゃあ強度の面で不安がありますから。耐えるではなく逸らす方向ならうまくいくかなって」
「ガキ! お前はッ、この技を見るのが始めてじゃないのか!?」
「アンタ、さっき全方位に撃ってたじゃない。それは見たから、単発で撃ち出すコトもできるんだろうなって思っただけよ。
ましてや、お前を堕としてやる――だなんて、ゾンビ化させる子魔剣を刺しに行きますって言ってるようなモンでしょ?」
ルナサの言葉に、シムワーンは顔を真っ赤にする。
だが、そのやりとりを聞いていた戦場の面々は素直に感心する。
自分の能力を把握し、相手の言葉から相手の手の内を読み正しく対応してみせたのだ。
まだまだ拙いところはあれど、将来はかなり有望そうである。
「ルナサ、大技を使うのでお前を投げ捨てていいか?」
「いいですけど、アイツの背中の上へお願いします」
「身体のあちこちから触手を生やせるみたいだから、気をつけろ」
「はい」
そんなやりとりのあとで、クリスはルナサを放り投げた。
「ガキをおとりにするか!」
「貴様ではないのだ。するワケがないだろう」
ルナサは空中でも冷静に魔力帯を展開し、祈りと術式を織り込んでいく。
「天空アジサシの滑空劇ッ!」
呪文と共にルナサの背に翼が広がる。
とはいえ、クリスのように自在に飛べるものではない。
あくまでも安全に滑空し着地するためのものだ。
「こちらに飛び移ろうというならッ!」
「アンタが戦ってるのはわたしたちだけじゃないでしょう?」
シムワーンが自分を狙っている理解するなり、ルナサは滑空しながらそう告げる。
そのことにハッとし、シムワーンが周囲を見回した時だ。
「大局が見えてないな」
全身を砂色の地味な装束でくるまれた見知らぬ男が、いつの間にか自分の横へとやってきていた。
「父上だけでなくッ、こんな奴も……!」
「遅い」
シムワーンは即座に反応を見せる。だがシムワーンが迎撃の構えを見せるよりも先に砂色装束の男――メシューガが、その心臓にダガーを突き立てる。
「がっ、ぐっ……!」
「先生ッ、離れてッ!」
その直後、ルナサの声が上より降ってきたのを聞き、即座に飛び退いた。
瞬間、メシューガが先ほどまでいた場所から触手の束が噴出。
事なきを得たことに安堵し、ルナサへとお礼代わりに小さく手を向けた。
「クソ!」
「もはや人間ではないんだね」
心臓を深々と刺され苦しむ振りをしてからの攻撃。それを躱されたシムワーンが毒づく。その姿へ、メシューガは詰まらないモノを見るような眼差しを向ける。
「どいつもこいつも飲み込んでゾンビに変えて――」
「だから、大局を見えてないと言ったはずだが?」
「テメェもバッカスと同じコトを……!」
直後――
「電気くらげの仲良し舞踊!」
ルナサが魔術による雷撃を放ちながら、屍剣獣の背に着地する。
「この程度の電撃で……!」
「だからさぁ、大局が見えてないって、みんなに言われてるんでしょ?」
「は?」
そもそも、メシューガもルナサも倒せればそれで良し、倒せないなら次の手に移るつもりで動いている。
二人とも一人で戦っているつもりもない。
自分に出来ることと出来ないことを判断し、出来そうにないなら誰かに任せて自分は出来ることを探して動く。
それだけの話である。
だからこそ、効かないなら効かないでそれでいい。
メシューガの心臓狙いの刺突も、ルナサの電撃も、効かないなら効かないで、シムワーンの注意を自分たちに向けられるならそれでいいのだ。
なんなら、別にヘイトを取れなくとも、他の手から注意を逸らせるなら十分なのである。
「生意気に……!」
「わたし程度の軽口に青筋立ててる人が英雄になりたいとか本気で言ってんの?」
ギリリ――……と、シムワーンがルナサの言葉に歯ぎした時、強烈な祈りと術式が織り込まれた魔力帯が、戦場全体に展開されているのに気がついた。
「これは……クリスティアーナか!?」
「気がつくのが遅すぎるね、君」
メシューガがそう告げた直後、クリスは楔剥がしの魔力刃を大剣クラスまで大きくしたモノを構え終える。
「邪悪なる楔を剥がし、勇敢たる者たちへ祝福を!」
クリスの術式が刻まれた魔力帯と楔剥がしの刃が混ざり合っていく。
バッカスやメシューガ、シダキには出来ない芸当だ。
恐らくはクリスの魔力や術式が、楔剥がしとの相性が良いからことできる技。
剣を構えたクリスは急降下し、その剣を地面に突き立てる。
「
瞬間、突き刺さった剣を中心にキラキラと輝く白い魔力がドーム状に広がっていく。
それに触れたゾンビや、土人形たちから、子魔剣が抜け落ちていく。
逆に、何でも屋や騎士たちの傷を僅かに癒やし、体力を僅かに回復させ、気力を充実させていく。
広範囲に広がったそれによって、周囲にいたゾンビや土人形たちは完全に沈黙した。
「ふむ。シムワーンやゾンビ大本にはあまり効果がなかったようだが……」
一度周囲を見回してから、クリスはシムワーンを見上げて笑う。
「あとの敵がお前だけというなら、わかりやすくていいな」
楔剥がしの刃を消して腰のポーチへと戻してから、愛剣を抜き放つ。
「この……!」
シムワーンは怒りを露わにするが、一方で冷静な部分がふと気づいた。
「あいつらが、いない?」
「ルナサとメシューガさんなら、とっくに飛び降りている」
いつまでもいるわけがないだろう――とクリスに言われ、その怒りが余計に深くなった。
「なんで、なんで、なんで、こんなにコケにされなきゃいけないんだ!!」
子供のように喚くシムワーンだが、誰もが呆れた視線を向けるだけで、応える者はいない。
「なんつーか、本能のまま暴れている時の方がシンドかったよなぁ」
コキコキと首を鳴らしながら、ストレイが獰猛な笑みを浮かべる。
「ええ。正直なところシムワーンと融合してくれて助かりました」
イスラデュカもストレイの言葉に同意して、シムワーンを見上げた。
「あ、やっぱお前らもそう思ってた?」
二人のやりとりにバッカスが悪童の笑顔で訊ねれば、二人は苦笑したようにうなずく。
さらに、三人の元へやってきたシュルクも同意する。
「シムワーンの目で目視しなきゃ反応できない時点でなぁ……」
シュルクがそれを口にした時、聞こえていた者たちは全員で同意した。
「巨体の力を生かせなければ、人としての知恵も生かせてないとは……本当に無駄な融合だったよね」
こちらとしては助かるけれど――と寂しげにシダキが告げる。
それに、バッカスは露悪的な顔ををした。
「図体のデカイ小物になってくれたコトは喜ばしいだろ」
「元々図体が大きいだけの子供だったんだよなぁ、シムワーンは」
やれやれ――と、シムワーンはダガーを握る。
思うことはいくつもあれど、シムワーンと戦うこと、斬ることに、ためらいのようなモノはなさそうだ。
場の全員から、バカを見る目や哀れみの目などを向けられたシムワーン。
それが認められなくて、駄々をこねるように喚く。
「それでも、それでもまだ! オレはぁぁぁぁぁ!!」
屍剣獣の継ぎ接ぎ部分が、またも光り出す。
「このメンツなら気合いで避けるだけでいけるか?」
「そういう無茶に付き合わすのやめてほしいな」
面倒くさそうに口にするバッカスに、面倒くさそうにメシューガがツッコミをいれた。
もちろん、バッカスがそれで本当に障壁を張らない――などということはないだろう。
それでも、一応ツッコミは入れておくべきだとメシューガは思ったのだ。
だが、二人の思考は別に意味で裏切られる。
「射程外だが問題ないッ!」
シムワーンは、継ぎ接ぎ部分から放つ子魔剣を、撤退組へと向けて放つ。
本人がいう通り、射程が足りず、待機している撤退組の手前に突き刺さるだけだが――
「すぐに救援に向かわないと危ないかもなァ!!」
その剣を媒介に、大量の土人形が姿を現した。
「マジでお前、英雄じゃなくて悪党だよ、そのムーブは」
「何とでも言えッ! オレは、お前や父上を越えたんだ! 人よりも魔獣よりも強くなったんだッ! 強くなったんだよッ!」
「自分に言い聞かせなければ強さを実感できないなら、語るに落ちてると思うぜ」
「うるせぇッ! 口で何を言おうと、向こうの連中が危ないのは事実だぜ? どうするんだよ父上ッ、バッカス・ノーベンイズ! 大局を見るうって奴を教えてくれよ! なァ?」
バッカスとシダキに対し、悪意を剥き出しにするシムワーン。
だが、彼に冷や水を浴びせるのは、この戦場において恐らく一番の格下である少女だった。
「危機感煽っているところ悪いんだけど、わたしとクリスさんとナキシーニュ先生が、考えなしに戦場に来たと思ってるの?」
「何を言って……」
「アンタのおかげで、町には優秀な女性たちがいっぱい残ってるのよ」
「そうれがどうしたって言うんだ?」
「ゾンビなんて、刃に気をつければ見習い魔術士のわたしでも狩れるのよね」
「だが、あの数は……」
「町には領主様にギルマス、学園長にムーリーさん。
実力者や頭の良い人たちがいる。自分たちの住む町を守る為なら危険も省みない、非戦闘員だっているのよ」
まだまだ町には手札がいっぱい残っており、その手札を用いて作戦を考える頭を持つ人たちだっていっぱいいる。
そして、待機組の方から声が響いてきた。
「みんな、黒いの持ったわねッ!
使い方は今、説明した通りよッ!!」
それは、ムーリーの快活な声。
「総員構えッ!」
続けて、ギルドマスター・ライルの頼もしい声が響く。
「投げろォォォォォッ!!」
ライルの号令と共に、構えていた者たち全員が、ゾンビに向かって何かを投げる。
どの属性にも偏っていない無属性の虹色魔力。
それを纏っているのは、黒いナニか。
とてつもない勢いで、虹色の魔力を纏った黒いナニかが土人形の集団にぶちあたって蹴散らしていく。
「おかわりはまだまだいっぱいあるわよッ!
武器はないけど元気がありあまってる人たちは、どんどん持ってちゃってねぇ!」
撤退組を狙う土人形たちが倒れていく。
倒れた人形の剣が地面に刺さると、そこから新しい土人形が発生するが、動き出せば即座に黒いナニかに撃ち抜かれる。
それでも弾幕をかいくぐって、集団に肉薄したとしても――
「一匹、二匹ならどうにでもならぁ!
ガリル、アーランゲ! やるぜ!」
「ああ!」
「うん!」
助っ人に来た元気な駆け出したちや、撤退組の護衛をしている戦闘員たちが倒してしまう。
「なんだ……あれは……」
その光景を見たシムワーンは我が目を疑う。
よく見れば、明らかに戦いとは無縁そうな町娘なども混ざっているのだ。しかも雑用をするのではなく、黒いナニかを握りしめてゾンビに向けて投げつけている。
「みんなお前の間抜け面を拝みに来ているだけだ」
「クリスティアーナ!」
「操られた全ての女の怨みが、お前を追いつめているのかもしれないな」
「クソッタレがぁぁぁぁぁぁ……!!」
喉が張り裂けるのではないかと心配になるほどの叫び声をあげながら、地面に転がる剣を使って土人形を作り出す。
さらに、身体中に小さな口が開き紫色の液体を吐き出すと、それは紫色のゾンビを生み出した。
「まだだ……まだ、戦えるッ!」
まるで自分に言い聞かすようにそう口にして、シムワーンは戦場をねめまわすように睨んだ。
そこへ――
「下の口、開けっ放しでいいのか?」
バッカスがそんな言葉を発する。
「何を?」
彼の言葉の意味が分からなかったのか、シムワーンが目を瞬いたその時だ。
「
風――いや竜巻を纏わせた投げナイフ。それをシダキが、魔獣の口の中へと投げ込むのだった。
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