野望の魔剣を、折り砕く 1


「魔獣の身体を手足のように動かせる!」


 シムワーンが声を上げると同時に、下半身の魔獣部分が咆哮をあげた。

 すると、魔獣の皮膚の表面から無数の触手が生えてきて、それらが一斉に、勢いよく伸びる。


 その大半がバッカスとシダキを狙っているが、明らかに二人の周囲でうずくまっている女性たちを狙う動きをしているのも見てとれた。


「防ぐ。斬るのは任せた」


 告げて、バッカスは即座に両手を掲げて呪文を紡ぐ。


「空を飛ぶ大亀よ、城塞を築けッ!」


 女性たちをカバーできるくらいの大きさで魔術障壁を作りだし、身構える。


 直線で向かってくる触手をそれで弾く。

 迂回して障壁の下に潜り込もうとしてくる触手はシダキが請け負う。


暗礼アンレイ――春散花シュンサンカ爛刹ランセツ


 一振りで無数の斬撃を放つ彩技アーツ

 それを連続して繰り出し、三百六十度全方位を迎撃する。


 一見、無秩序に放たれているように見えるシダキの斬撃は、けれどもバッカスや横たわる女性たちには一切当たらない。


 障壁を潜り抜けようとする触手だけを全て斬り散らす。


「ちッ」


 シムワーンは舌打ちをしながら、触手を戻す。


 そのタイミングで、女性の仲間たちと思われる何でも屋たちが駆け寄ってくる。


「うちのを守ってくれて助かる!」

「迷惑かけた!」

「回収してくよ!」


 バッカスはシムワーンから目を話さず、右手だけ軽く振り、さっさと連れていけと示す。


 明らかに彼らを視線で追っているシムワーン。

 恐らくは触手で捕らえて飲み込み紫色のゾンビへと変えるか、呪いの刃を放ち剣付きゾンビに変えるか――どちらにしろ、彼女たちを自分のモノにしようと考えているのだろう。


 故にバッカスはすかさず右手を掲げて呪文を紡ぐ。


「炎の印章よ、乱撃を刻め!」


 赤の神へ祈り、衝撃に関する記述を行うシンプルな術式。

 先ほどまで魔術士たちが一斉射撃に使っていたものと同様のモノだ。


「――ッ!?」


 シムワーンはとっさに触手を操り自分の目の前で壁にする。

 それでバッカスの放った熱衝撃波は受け止め、ほぼ無傷なものの、シムワーンはギリリと歯ぎしりした。


「バッカス……!」

「余所見してる余裕があるのかよ。俺とおっさん二人を相手にして」

「うるせぇ! この場にはまだッ、魔獣オレと繋がった無数のゾンビたちがいるッ!」


 そう言って周囲を示す。


 だが――シムワーンが示す、剣付きゾンビや紫ゾンビなどは、何でも屋や第二隊の騎士たちが抑えている。


 そもそも、あのゾンビたちは単体だと大したことはないのだ。


 剣付きゾンビは身体から飛び出た剣に触れた相手をゾンビ化させる感染能力。

 紫ゾンビは補食した相手の血肉と能力を受け継ぐという能力と、核を潰すまでいつまでも生き続けるタフさ。


 厄介なのは能力だけであり、対処法が分かっていれば怖くない。


 生前の能力の一部をしっかり利用してくる理性あるゾンビは確かに厄介かもしれないが、何でも屋にしろ第二隊にしろ精鋭が揃っている。


 それでもさっきまで苦戦していたのは――一番厄介なデカい奴もゾンビと一緒に無差別に暴れていたからである。


「こっちだって、何でも屋や第二隊の面々がいるんだ。

 混縫合の屍剣獣ルオハグ・ネシエルプスという一番厄介な魔獣が俺とおっさんに意識を向けている今こそが、大量のゾンビを蹴散らす良い機会だろう?」


 バッカスはわざとらしく片目を瞑り、皮肉げに口の端を釣り上げる。


 この巨大なワニ型魔獣エリドコルクに対して、必要以上に意識を割く必要がなくなった今、何でも屋と第二隊の連合軍からするとゾンビの数がいくら多かろうと苦戦する相手ではない。


「大局が見えてなさすぎんだよ、シムワーン。

 それなのに騎士として成り上がる? 親父さんを越える? 器も資質も足りなさすぎて、ただの夢物語を語ってるだけにしか聞こえねぇな」

「バッカァァァァァスッ!!」


 煽られたシムワーンが、魔獣の体から二本の大きな触手を生やし、バッカスにむけて振り下ろす。


 それを見据えながら、バッカスは口の端をつり上げ、シニカルな声色で告げる。


「大局が見えてねぇと言ったハズだぞ」


 次の瞬間――


「ぁァッ……ッ!?」


 シムワーンの喉から、驚愕と悲鳴が苦痛のうめきが同時に漏れた。


「……ち、ち、上ェェェ……ッ!!」


 気配を断ち、屍剣獣の体表を駆け上がり、その背に乗り込んだシダキが、シムワーンを斬りつけたのだ。


「いつの、間にィ……!!」


 シムワーンの意識がシダキに向いた瞬間、バッカスは収納の腕輪から、魔噛完成前に使ってた愛刀を取り出して、素早く閃かせる。


「バッカス……!」

「意識が散漫すぎるぞシムワーン」


 触手が斬られたことで、バッカスに意識が向いた。

 それを明確な隙であると判断し、シダキはダガーを振り上げてシムワーンに右肩を切断する。


「ァァァァァ……!!」


 魅惑の魔剣を握ったまま、シムワーンの右腕が宙を舞う。


「クソがァァァッァ………ッ!!」


 シムワーンは腕を押さえながらシダキを睨む。

 同時に、シダキの足下から触手が生えるが、その触手がシダキを捕らえるより先に、彼は屍剣獣の背中を蹴って跳んでいた。


「絶大なチカラも……使いこなせれば持ち腐れするだけだ」


 シダキは空中で、憐憫と申し訳なさを混ぜたような目をシムワーンに向けながらも、宙を舞う彼の腕を蹴り飛ばす。


 飛ばす先はバッカスのところだ。


 バッカスは飛んでくる腕を見据えながら、魔力帯を展開し術式を織り込んでいく。


「罰する火種よ、かのとがに灯れッ!」


 呪文と共に火の粉が舞い、剣を握る腕だけを綺麗に灰に変えていく。

 そのまま地面へと突き刺さった魔剣を引き抜き、バッカスはその剣を肩に乗せた。


「オ、オレの魔剣……オレの魔剣を返せッ!」

「腕より魔剣かよ」


 シムワーンはバッカスに向けて触手を伸ばすが、それがバッカスに届く前にシダキが全て斬り落とす。


「なんで……なんでその強さを最初から見せてくれないんだよッ!」

「ひけらかせない仕事だからだよ。何度も言っていると思うがね」


 ヒステリックに叫ぶシムワーンの、切断された腕が再生していく。

 それを見ながら、バッカスは落ちてきた腕を即座に灰にしたのは正解だったのだろうと、こっそりと安堵する。


 バッカスはシムワーンを警戒しつつ、戦場の様子を見る。


 ゾンビたちの数はだいぶ減っているようだ。


 盾使いのブランが盾を使っていない様子を見るに、壊れるか何かで使い物にならなくなったのだろう。

 ゾンビと巨獣が入り乱れる乱戦に、途中で強力な刃の雨まで降ったのだ。似たような状況になっている何でも屋や騎士も多いはずだ。


 戦場に目を走らせれば、武具の喪失や魔力切れなどで戦力としては微妙な者たちも増えてきているように見える。


 どうやらストレイやシュルクも似たようなことを考えているようだ。


「ゾンビが減ってきた!

 武具を失った者、魔力が切れた者は、動けない者を抱えて戦場から離れろッ!」

「戦える奴の何人かは撤退組の護衛に回れッ!

 ここから先は、シムワーンやこの状況で生き残ってる戦闘力の高いゾンビとの連戦だ! 自分が足手纏いになりそうだと思うなら、撤退組の護衛についてくれッ!」


 ロックのパーティはリーダーであるロック以外の面々は撤退組に回るようだ。


 それに気づいたバッカスは、ブランたちに声を掛ける。


「ブラン!」

「なんだ、バッカス?」

「撤退するなら預かっててくれ! 女を操る魔剣だ! 使うなよ!」


 言いながら、バッカスはブランに向かって魔剣を投げる。


「使わんよ!」

「ムーリーに会ったら渡しといてくれ」

「了解した!」


 それを受け取るブランを見、シムワーンは魔剣を取り戻そうと動くが――


「甘いんだよッ!」


 触手も、刃も、バッカスが瞬抜刃によって斬り散らす。


「オレの、オレの魔剣を……!」

「その技……あんまりオススメしないぜ」


 シムワーンの――正確には屍剣獣の身体の継ぎ接ぎ部分が虹色に光り出す。


「また大技くるぞッ!」

「みんな、防げよッ!!」

「クソッタレがぁぁぁぁぁぁぁ!」


 今度は雨ではなく、継ぎ接ぎ部分より全方位へと無差別に刃を射出する技だった。


「弾幕ゲーかよッ!」


 とはいえ、前世のゲームのように隙間を縫って動くわけにはいかない。

 この刃は掠っただけで呪われてしまうのだ。


 ぼやきながらも、バッカスは魔力障壁を作り出す。

 他の魔術士たちも同様だ。


「うわあああああ!?」

「死ぬ気で躱せ!」

「頼むぜ魔術士!」

「シムワーン隊ちょ……ぐげっ!」


 様々な声が響きわたる数秒間。

 それが収まると、シムワーンは肩で息をし、周囲を見回した。


「はァ、はァ、はァ……逃げた奴らには当たらなかったか……」

「まぁ遠距離にいる奴をしとめるには向かねぇ技だったしな」


 毒づくシムワーンに、バッカスは気怠げに呟く。

 さすがのバッカスでも、魔術の連発に疲労感を覚え始めている。


「……しかし。はははは! さすが俺が集めた精鋭だ! ちゃんと死んでるじゃないか!」

「自分の部下の死を喜ぶのか」


 シダキの言葉に、シムワーンは顔を歪ませて笑う。


「もうオレは化け物だからなぁ!」


 その声と同時に、今の全方位攻撃を避けきれなかった第一隊の面々がゾンビとなって起きあがる。


「雨の時と違って、躱す余力はなかったか」


 イスラデュカが嘆息するように呟く声が聞こえてくる。

 それに、シュルクも嘆息を返していた。


「いろいろと足りてなさすぎたんだよなぁ……」


 躱す能力もそうだが、状況を把握するのが恐ろしくヘタだった。

 その結果が、全滅でありほぼ全員のゾンビ化ときた。


 そんなイスラデュカとシュルクに敢えて聞こえる声でバッカスは告げる。


「俺の悪友の仕事が少し省けたよシムワーン。感謝するぜ」


 戦闘が始まってからこっち、役に立たないどころか完全に足を引っ張っていたのだ。無事に王都に戻っても処罰がまっていたことだろう。


「そうかよ! ならもっと増やしてやる!」


 告げるなり、地面に突き刺さったゾンビ化の刃を中心に土が盛り上がっていく。


「人の形をした……土?」

「くッ、結構な数がいるぞ……!」


 動き出した人型の土が、何でも屋や騎士たちと戦い始める。


「はーっァはははァっ! 生き物をゾンビにするチカラの応用で、土人形を作った!

 ゾンビは減ったが、こいつらならばまだまだ作れる!」

「次から次ぎへと……!」


 シムワーンが芸達者なのか、屍剣獣が芸達者なのかは分からない。


「そのしぶとさと生き汚さだけは認めてやってもいいかもな!」


 バッカスが面倒くさそうそう告げた時――


「白い……羽?」


 シムワーンが空を見上げて訝しむ。

 空から、白く輝く羽が、無数に舞い降りてくる。


 それが何であるかに気づいたバッカスは、シムワーンに向けて煽るような笑みを浮かべた。


「そら、怒り心頭の女神さまが光臨だ」


 その背に白い魔力の翼を生やし、右手に魔力刃を生やした楔剥がしを握った女性――クリスが、戦場へと姿を現した。


 なぜか、左腕で直情魔術士を抱きながら。

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