騎士と魔剣と、大乱闘 9


「デカいってだけで、反則だよな……」

「あの巨体で上に乗られたらただではすまないものな」


 慌ててその場から離脱したバッカスとシダキが、小さく安堵しながらうめきあう。


「シムワーンは巨体の向こうか」

「悪運が強い息子ですまんな」


 シダキの言葉にどういうリアクションをして良いのかが分からず、バッカスは苦笑に留める。


「おいおい。俺たちを獲物に定めたのか?」

「明確な敵意が我々に向いているね」


 バッカスとシダキは勘弁してくれ――という思いと共に、訝しげに混縫合の屍剣獣を見据えた。


「このワニが戦場の端っこの親子喧嘩に介入してくる理由がわかんねぇんだよな」

「確かに、我々は直接攻撃を加えたりはしていないしね」


 それでも敵意を向けられている以上は、抵抗はする。

 そもそもからして、こいつはこの戦場における最大級の討伐対象だ。


「Gyooooooooon!!」


 混縫合の屍剣獣が咆哮ほうこうをあげると、その背中から無数の触手が生えた。


「デカい上に手品のネタが多すぎんだよなぁ……」

「確かに芸達者な魔獣だね」


 しかし、その触手はバッカスとシダキを狙うことなく、反対側へと伸びていく。


 そして、高笑いが響きわたる。


「はーっはっはっはっは!」


 触手に優しく絡まれながら、シムワーンが混縫合の屍剣獣の背に降り立った。


「手に入れたぞ! 最強のチカラをッ!

 これがあれば! 父上も、バッカスも、恐るるに足らんッ!」


 その言葉の意味を正確に読みとったバッカスは、うんざりとしたように嘆息する。


「なるほど。メスだったのか、こいつ」

「それはまた厄介なコトになったな」


 シダキもバッカスと似たような心地で嘆息した。


「あいつが全うな思考してんだったら、魔剣で魔獣を支配した時点で討伐終了なんだがなぁ……」

「それこそ切り札で魔獣の精神を壊してくれるなら、危険性もなくなって安全に解決するのは間違いないね」


 もちろん、そのような解決方法は二人とも期待していない。あるいはシムワーンに期待していないというべきか。


「さぁ、魔獣よッ! 共に世界を手中に収めるぞッ!」

「なんか無駄にデカいコト言い出したぞ」

「魔獣が味方について気が大きくなんたんだろうなぁ……」


 バッカスのツッコミに、シダキも呆れたように同意する。

 もはや息子を見る目ではなく、バカを見る目になっているのも仕方がないことかもしれない。


「ん? なんだ? どうした? なんで急に触手でぐるぐる巻きに……?

 おいバカやめろッ! なんで足下に口が? 引き込もうとするな! やめろ!?」


 急にもがき、わめき散らすシムワーン。

 その身体がゆっくりと魔獣の背中に沈んでいく。


「あー……共に世界を手中に収める――って言葉を魔獣はそう解釈したのか」

「シムワーンを血肉にするのか?」

「どっちかってーと、融合とかかもな」


 投げやりにバッカスは答える。

 止めないと面倒なことになりそうだが、今から止める手段がない。


 そうして、シムワーンが完全に魔獣の背中に飲み込まれ――数秒後、飲まれた場所から高笑いが響きわたった。


「はーっはっはっはっはっは!」

「おたくの子、高笑い好きなの?」

「いや始めて知ったな」


 シダキは頭痛を堪えるようにそう言って、魔獣の背を見やる。


 飲み込まれた時とは逆に、背中からゆっくりとシムワーンが生えてきた。


 全身紫色となり、全裸となった上半身。

 魔獣の背に刺さる両手剣を背もたれにしながら、シムワーンは笑う。


「この魔獣のチカラ……全て受け取った!

 今オレは、人を超え、魔獣を超えた! 謂わば魔獣神まじゅうじん

 そう我が名は、魔獣神シムワーン!!」


 バッカスは無言でシムワーンを指差して、シダキに生温かい眼差しを向ける。

 シダキは恥ずかしそうに顔を両手で覆っていた。


 戦場で、シムワーンと魔獣の動向を伺っていた多くの者たちが、胡乱な眼差しを向けている。


 芝居のような名乗りのせいで、人と魔獣が融合したというインパクトがかすんでしまっているのだろう。


「人間――自分の器以上のチカラを手に入れると全能感というか万能感というかを感じて、尊大になるらしいと聞く」

「なるほど。実例が目の前にあるせいでかなり説得力がある説だな」


 シダキは何度目かの嘆息を漏らして、シムワーンを見上げる。


「お前は自らの野望の為に、異形となるのをヨシとしたんだね?」

「何を言ってるんだッ! 父上がオレを捨てると言ったからだろッ!

 メーディス殿下がオレの排除をバッカスに依頼したからだろッ!

 オレにはもう人としての道が残ってないんだッ! 平民にも奴隷にもなれんッ! 処刑だけがオレの末路だッ!

 なら、化け物になろうと生き延びる道を選んで何が悪いッ!!」


 その言葉に、バッカスもまた何度目とも言えない嘆息をしてから、藪睨みするような視線でシムワーンを見上げた。


「清々しいほど身勝手だなシムワーン!

 テメェの人生が台無しになる前に、テメェが他人の人生台無しにしてきたツケが回ってきたってだけだろうが!

 その魔剣で女の心を操って、自分に依存させ、お前への恋心以外の全てを失った女を適当な時機を見て捨てる!

 何もかもを失った自分に気づいて茫然自失となった女を、仲間と一緒に指差して笑うようなコトを繰り返してきた奴が、自分の人生の末路を嘆くんじゃねぇよ!」


 シムワーンに対して大声で言葉を投げかけているようで、バッカスがやっているのは周知だ。

 事情を知らない何でも屋や、詳細を知らない騎士たちにも、シムワーンのやってきたことを知らしめる意味がある。


 当然、それを聞いていた戦場の者たちの間に、納得や殺意などの気配が広がっていく。


「この魔剣はチカラなんだッ! チカラを使って何が悪いッ!」

「チカラねぇ……お前は、そのチカラに責任を持ってるのか?」

「あン?」

「知り合いに言わせると――チカラある奴ってのは、チカラを持っているなりの責任が必要なんだとさ。

 俺もそれに一部は同意するぜ。無責任にチカラを振るうっていう行為は、混乱を振りまく行為と同じだからな」


 結局のところ、シムワーンの処罰は、無闇矢鱈にチカラを振りかざしてきた結果。その責任を果たせというだけの話なのだ。


「暴力も、魔力も、財力も、権力も――持つ以上は、相応の責任が必要って話だ。それを理解しないで振り回せば、世間から排除されるってのが世のことわりだって話だよ」


 バッカスの言葉に、紫色に染まったシムワーンが、唾を飛ばしながら叫ぶ。


「そのセキニンって奴の為に、オレに死ねというのか! お前も、父上も、殿下もッ!!」


 それに誰よりも早くうなずいたのは――


「そうだ、息子よ。お前はそれを理解していなかったからこそ、その命でなければ果たせぬほどに、責務が膨れ上がったのだよ」


 ――シムワーンの父シダキ。


「今の言葉を以て、今生の決別だ。

 かつて息子だった男シムワーンよ」


 静かに、だが戦場に響きわたらせる声で、シダキは己が選んだ選択を、明確に口にする。


「翠夜の騎士シダキ・マーク・ドルトンドがここに告げるッ!

 騎士シムワーン・チャフ・ドルトンドは現時点を以て除隊ッ! 貴族籍を剥奪ッ! ならびに我がドルトンド家より廃嫡ならびに一族より追放とするッ!」


 シムワーンが目を見開く。

 魔獣と化してなお、何らかの期待をもっていたのかもしれない。

 だが、そんな期待を粉々に粉砕するように、シダキは続ける。


「魔獣神シムワーンを、此度の遠征の最優先討伐対象と認定ッ!

 現場の騎士隊ならびに協力者たる何でも屋の諸君の奮闘を期待するッ!

 総員、最後の瞬間まで拳を握り、そして可能な限り生き延びたまえッ!」


 バッカスはシダキのその言葉に敬意を表し、そして魔獣神シムワーンを見上げた。


「シムワーン、おっさんにこんな決断をさせたんだ。覚悟しろよ」

「何が決断だッ! ただオレを捨てると宣言しただけだろォがァッ!!」


 その言葉に、バッカスは平時から鋭めだった眼差しを、さらに鋭くするように釣り上げた。


「ふざけてろよッ、シムワーンッ!!

 責任も、決意も、覚悟も、何一つその重さを理解してねぇ青二才クソガキがッ! チカラ手に入れた程度でイキがりやがってッ!

 チカラ至上主義ならそれでいいッ! テメェの主義に合わせてチカラでぶちのめしてやるよッ!!」


 覚悟を理解できてない奴に、覚悟はいいかなどと言う気はない。


「この世はテメェの都合だけで構築されてねぇんだッ!

 だが、それを理解させる気も、納得させる気も俺にはねぇ!」


 するべきことは単純だ。


「潰してやるよ!」


 全力をもってぶちのめす。


「やってみろよォッ! バッカス・ノーンベイズッ!」

「くだらねぇ野望ごっこはここで終わりだッ! 続きは五彩に還ったあとで神様相手にでもやるんだなッ!」


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