騎士と魔剣と、大乱闘 8


「で? 切り札はもう切り終わった?」


 光が収まるのを待ってから、なんてことのない様子で、ユウが訊ねる。


「は? どういう……コトだ……?」


 そのユウの様子にシムワーンは困惑を隠せない。


 魔力はちゃんと流した。

 発動の手順も間違っていない。

 怒り任せとはいえ、シムワーンの冷静な部分は、今の手順に何一つ落ち度がなかったと認識している。


「剣の不具合か?」

「いや俺が見る限りはちゃんと発動してたと思うぜ」


 理解できず訝しむシムワーンの呟きに、バッカスははっきりと口にした。


「魔剣に何の落ち度もねぇよ。

 だが言ったはずだ。俺とユウが、お前に切り札を切らした上で、その札を破り捨ててやる……てな」


 一歩前に出るバッカスに、シムワーンはよく分からないものを見るような眼差しを向けた。


「出し物が終わったなら、解放して欲しいな」


 言いながら、ユウがスルリとシムワーンの腕からすり抜けていく。


「え?」


 しっかり押さえ込んでいるつもりだったのだろう。

 簡単に抜けられてしまったことに、さらにシムワーンは困惑するが――


「それはそれとして」


 ユウはシムワーンの困惑など知ったことかとばかりに、彼の腕から抜けると同時に地面を蹴ってバク転気味に飛び上がる。

 そして、シムワーンの両肩に手を置いて逆立ちしてみせた。


「いつまでもキミにバッカスを独占されるのも困るんだよね」


 そこから華麗な身体コントロールで、逆立ちからシムワーンの肩に乗る。肩車のように背後からシムワーンの頭を挟んだユウは、自身の太股にチカラを込めて首を絞めあげた。


「ぐ、が……」


 シムワーンはもがき、剣を持っていない方の手で、ユウの太股に爪を立てようとする。

 だが――


「そういうの、当然想定済みだから」


 ユウは身体を横に倒そうと動く。

 そのまま耐えようとすれば首に負担が掛かるし、何よりそのままの状態を維持しようとするのは難しい。


 それでも耐えようとするシムワーンに、ユウはダメ押しとばかりに動く。


「それなら、もうひと捻り」


 ユウは身体強化を強めて、身体を捻る。

 それに耐えきれなくなったシムワーンは、ユウが捻る身体の動きにあわせて身体が動いてしまった。


 首への激痛に加え、そこから伝わる強制的な身体の捻り。

 それによって足をもつれさせたシムワーンは、転倒しそうになる。


 その転倒こそがユウの狙いだ。

 地面から足が離れふんばりが効かなくなったこの瞬間に、さらに捻る力を入れることで、くるくるときりもみに横回転しながら地面へと落ちる。


 当然、その回転をコントロールしているのがユウである為、自分自身は一番痛くない形で地面に落ちた。シムワーンはその逆だ。


 ユウの太股に首を絞められたまま、捻りとともに地面へと叩きつけられるシムワーン。

 痛みと呼吸の出来ない苦しみに顔をゆがませながらも、その魔剣だけは手放さない。


 根性だけは褒めてやってもいいかもしれない――と内心で苦笑しながら、バッカスはユウに告げる。


「そのまま締め落としちまってくれ」

「はーい」


 ユウがうなずいたのを見てから、バッカスはシダキに視線を向ける。


「そのあとはおっさんに任せるわ」

「ああ」


 だが、それでもシムワーンは足掻く。

 そして彼の手が、こちらへと吹き飛ばされる際にユウが落とし、地面に転がったままになっていたナイフへと届く。


 シムワーンはそれを握る。


「ちィッ!」


 そのナイフをユウの足に立てようとするシムワーン。

 ユウは舌打ちしながら、技を解いて離脱する。


「ごめん、バッカスさん」

「気にするなユウ。さすがにしぶとすぎるけどな」


 バッカスといてもとっととシムワーンを黙らせて魔獣戦に向かいたいところだ。

 よもやシムワーンここまで悪足掻きしてくるとは思ってもみなかった。


「はぁ、はぁ、まだだ……まだ終わらねぇ、終わらせねぇ……!」


 荒い呼吸をしながら立ち上がったシムワーンに、シダキが黒塗りのダガーを突きつける。


「切り札はバッカスたちに破られた。

 状況はお前の劣性だ。そろそろ白旗をあげて欲しいのだがね」

「うるさいッ!」


 シムワーンが剣を掲げて、魔力を込める。


「予備動作なく効果を発動する魔剣ってのは面倒だな」


 思わずバッカスは毒づく。

 止める間もなく、またも効果を発動されてしまった。


「おれはッ、おれはッ! おれはもっとッ、上に行くんだッ!! だからッ! どんな女でもいいからッ、おれを助けろよッ!」

「ったく、無茶苦茶言いやがって!」


 低威力広範囲に魅了をかけたのだろう。

 影響を受けた女性たちの動きが悪くなり、そこを魔獣やゾンビたちが崩してくる。


「女性陣をフォローだッ!」

「楔剥がしを持っている奴は呪いを解きにいけッ!」

「バッカス! いい加減そのバカどうにかしろッ!」

「戦線維持もそろそろキツいんだけどッ!」

「わかってるッ! 無駄にしぶといんだよッ!!」


 叫ぶような指揮に混ざる知り合いたちの呼びかけにバッカスは全力で毒づいた。


「ユウ。楔剥がしは?」

「ある」

「みんなのフォローに行ってくれ」

「りょーかい。

 あ。あのナイフお気に入りだから回収できるならよろしく」

「あいよ」


 そうしてユウはシダキに軽く会釈してから、気楽な足取りで戦線へと戻っていく。


「クソッ、クソッ! 何で誰も来ねぇ!」

「そりゃあお前……お前に魅力がないからだろ?」


 言いながらバッカスは楔剥がしを腕輪にしまって、腰にいた魔噛に手を掛けた。


「もういい加減あきらめろ、シムワーン」


 バッカスの横でシダキもダガーを構える。

 ここへ来てようやく、シムワーンは二人の本当の実力というモノを理解できた気がした。


 なにをやっても通じない。

 なにをやっても先回りで潰される。

 切り札すら対応策を用意されていた。


 単純な殴り合いでは勝てないだろう。

 ならば魔術戦ならどうだ――とも思うが、それも無理だ。

 バッカスが使っていた剣の雨を防ぐ障壁は、この戦場の誰よりも大きくて堅牢だった。


「そうそう。良いコトを教えてやるよシムワーン」

「この期に及んで何を……」

「俺にお前を潰せと依頼してきたのはメーディン殿下だ」

「は……?」


 いっそ笑えてくる。

 つまり自分は、白兵戦でも魔術戦でも権力でも、バッカスに適わないのだ。


 シムワーンの口から、乾いた笑いが漏れ出てくる。


「はは……ははは……」


 認められない。認めたくない。だが現実は非情だ。


「それでも、それでもッ、オレは……! 上に行くんだッ!! この魔剣があればいけるんだッ! だからッ、だからッ……誰かチカラを貸せよッ!!!」


 誰がどうみても破れかぶれの絶叫。

 追いつめられたバカの負け犬の遠吠え。

 戦場を混沌に変えた大マヌケ最後の断末魔。


 誰だって、シムワーンの叫びをそう感じた。実際にそれは間違っていない。シムワーン本人ですらそれを自覚していた。


「雨は止んでも飛ばしてくるのは変わらないか」

「やたらめったら剣を飛ばして来やがってッ!」

「お前ら、無事かッ!」

「バースが掠った! 解呪を頼む!」

「すぐ行くッ! バースってのはどいつだ?」


 ただ一つ。

 誰もが想定していなかったことが、戦場にはあったという点を除けば。


「なんだ? 様子が……?」

「また大技が来るのか?」

「さっきとは違う技のようだが……」

「総員、警戒……!」


 遠巻きに聞こえる魔獣戦線の声。


 バッカスとシダキは余波に警戒しつつ、一歩また一歩とシムワーンへと近づいていく。


 並のチンピラなら二人はすぐさま飛びかかっていただろう。

 だが、シムワーンは腐っても部隊の隊長に選ばれる程度の実力はある。その上で、彼が持っている魔剣は、剣としても悪くなさそうなのだ。

 偶然が味方をすれば、バッカスとシダキの二人でも万が一があるかもしれない。


 だから二人は、その万が一を限りなくゼロにするべく、ジリジリと間合いを詰めていく。


 バッカスとシダキの二人が、行けると思える間合いまで詰められればシムワーンは終わりだ。

 そのことは、シムワーン自身も理解している。自覚している。


 それでもシムワーンは諦めない。

 最後の最後まで諦めてやるものかと、涙を浮かべながらバッカスとシダキを睨む。


 もちろん。それで状況が変わるワケがない。

 シムワーンとて分かっている。自分に打つ手がない以上、今この瞬間が詰みなのだと。


 仮に、バッカスかシダキのどちらかを倒す手段があろうとも、もう片方を倒すことは出来ないだろう。


 だけど、それでも――とシムワーンは魔剣を握る手にチカラを込める。


 この魔剣という絶対なチカラを手に入れたのだ。


 男と女。オスとメス。

 世界を二分する存在の片方を自由に操れるチカラを得たのだ。

 この魔剣があれば、世界の半分を手中に収めたも同然だったはず。


 魅了のチカラがあれば、父を越え、歴代でも屈指の優秀さを持つと言われる王子殿下すらも越えられるはずだった。

 才女と名高い王子妃マーナを、メーディン殿下の前で弄んでやるような野望が無かったといえば嘘になる。


「誰か、オレを助けろよ……魔剣があるんだぞ……この、魔剣が……」


 思わず、小さな声が漏れる。

 諦めない。諦めたくないという心情を裏切るような、諦観に満ちた呟き。


 無意識は――シムワーンの中の冷静な部分は、完全に白旗を揚げている。

 ただそれでも、感情と矜持が、それを認めない。


 一矢報いいる。報いることが出来ずとも、何か――何かをしたい!


 シムワーンがそう思った時だ。


「バッカスッ!」

「ドルトンド卿ッ!」

「バッカスさんッ!」

「おじさんたち、上ッ!!」


 誰かが、バッカスとシダキを呼ぶ。

 いや誰か――ではなく、複数の人間が何人も、だ。


 空が陰る。

 バッカスが、シダキが、シムワーンが、唐突に陰った空を見る。


 太陽を隠すそれは雲ではなく。


「冗談じゃねぇぞッ!」

「バッカス!」

「おっさん!」

「わかってる!」


 毒づき、お互いを気遣いつつ、バッカスとシダキの二人はその場から大きく離脱する。


 シムワーンだけ呆然とそれを見上げていた。


 落ちてくる。

 その巨体が落ちてくる。


 明確な敵意を持って。

 バッカスとシダキを押しつぶす為に。


 それは。その巨体は。

 混縫合こんほうごう屍剣獣しけんじゅう


 ドシン――という地響きと、小さな砂埃が舞う。


「あの巨体であんな跳躍するのかよ!」

「バッカス! 潰れてないよなッ!?」

「ドルトンド卿、無事ですかッ!?」


 シムワーンはその踏みつぶしの範囲外にいた。

 バッカスとシダキがどうなったか分からないがシムワーンは無事である。


 それを奇跡と言うべきか、悪運というべきか。

 あるいは、救いの女神というべきか。


 騒がしい声を遠巻きに感じながら、シムワーンはその巨獣きょじゅうを見上げていた。


 シムワーンにはまるでその巨体が女神のように見える。いやもしかしたら自分にとっては、本当に勝利の女神なのかもしれない。


 魅了の魔剣だけでは足りなかった、圧倒的な暴力。

 ここに、それを行えるだけの戦力が現れたのだ。


「化け物……お前、お前は……ッ!」


 見上げるほどの巨体を持つその魔獣が、間違いなく魔剣の効果で魅了できているのを実感しながら、シムワーンは小さく拳を握るのだった。


 これなら、父やバッカスと、互角以上に戦える――……ッ!


「メスだった……お前、メスだったんだな……ッ!!」


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