騎士と魔剣と、大乱闘 7


 空から、刃の雨が降ってくる。


「魔術士ッ、障壁だッ!!」

「総員、障壁の使える魔術士の近くへ待避だッ!」


 誰かが叫ぶ。

 それに否を唱える者はいない。

 騎士も何でも屋も関係なく、戦場を共にする仲間を守るために動き合う。


 バッカスも他の魔術士同様に空を見上げながら可能な限り広く魔力帯を展開し、可能な限りの硬度と強度を高めた術式を織り込んで叫ぶ。


「空をッ、飛ぶッ、大亀よ――……ッ!! 城塞をッ、築けぇぇぇぇ――……ッ!!」


 それはバッカスだけではない。


「縦の二ッ、横の五ッ、大気の壁ッ!!」

「溶岩石の盾よッ、ここにあれッ!!」

「光輪のッ、鎧よぉぉぉぉッ!!」

「クタニアのぉぉぉッ、樫壁かしかべぇぇぇッ!!」

呪詛じゅそッ、怨念壁おんねんへきぃぃぃッ!!」


 盾や結界のような魔術を使える術者たち全員が、可能な限り広範囲に、可能な限りの強度を刻んだ魔力帯を展開して呪文を唱える。


 降り注ぐ刃が多様な魔術の壁とぶつかり、様々な騒音をまき散らす。


「クソッタレがッ!!」


 魔術障壁で受け止めながら、バッカスは思わず毒づく。


 とんでもない攻撃だ。

 あの巨体にこれだけのエネルギーが秘められているなど、想定もしていないかった。


 恐らくは喰らったものを魔力ないし活動の為にエネルギーに変換できるのだろう。そして、そのエネルギーをゾンビ化の刃に変える。

 ゾンビになった生き物を喰らえば、刃一本よりも多くのエネルギーを得られるというのであれば、この攻撃も理解できなくはない。


 ようするに、やつは戦場にいる全員をゾンビに変えてくらうつもりなのだろう。

 全員を喰らうことができれば元は取れる。本能的にそれを感じて、撃ってきたのではないだろうか。


「身体だけでなく、やるコトのスケールがデカすぎるんだよ」


 バッカスはうめくが、それでどうにかなるものではない。

 何とか自分の周囲――特に楔剥がしで解呪され意識を失っている女性たち――を守る為に展開しているが、それとて限度がある。


 多数の魔術士によって無数の盾やバリアが展開されようとも、隙間はあるのだ。

 そこを縫って刃は地面に突き刺さるし、強度が足りない魔術障壁は貫かれてしまう。

 あるいは、障壁に弾かれた刃なども、障壁と障壁の隙間から転がってきたりするから油断ならない。


 幸いにして、バッカスの周囲で倒れる女性たちは、コナとブーディが素早くバッカスの障壁の下へと動かしてくれたので、流れ弾が当たるようなことはなさそうだ。


 だが、そんな状況でも気にせず動くやつらはいる。


「こいつらお構いなしにッ!」

「魔術士を守れッ!」

「あ、あの魔術士みたいなのは張れないのかね!」

「規格外のアホと比べんな! 文句あんならテメェで張れ!」

「魔術士たちに障壁を維持してもらわねばッ!」

「刃に気をつけながら死守すっぞッ!!」

「うわぁっぁあぁ! お前たち! 私を守れぇぇ!」

「うるせぇんだよッ! 勝手に障壁に入ってろ! 余裕はねぇんだよ!」

「第一隊! 何をグダグダしている! 助かりたいなら相応に動けッ、邪魔をするならゾンビと一緒に叩き斬るぞッ!」


 そんな状態でも、剣付きゾンビも紫ゾンビもお構いなしに襲ってくる。あと第一隊も悪気無く邪魔をする。


 魔術障壁を使えない者たちは、魔術障壁を展開している魔術士を守るべく奮闘している。だが、障壁の隙間などから落ちてくる剣を気に掛けながらな為に、苦戦しているようだ。


(数秒かと思いきや、結構な持続時間だな、この雨……ッ!)


 だが、そんな余所様の様子を気にしてられる状態ではない。

 バッカスとて、この状況ばかりは余裕があまりなかった。


 そこへ、一番動いて欲しくない男が高笑いをあげる。


「ザマァないなッ、バッカス・ノーンベイズッ!」


 両手を空に掲げて魔術障壁を維持しているバッカスの元へ、シムワーンが勝ち誇ったように笑いながら、剣を構えた。


「おいおいおいおいおい、ロクに状況も見えてねぇのかよッ!」

「見えてるから動くんだよォッ! オレは英雄になる男だッ! お前みたいな下賤な輩にッ、邪魔されてなるものかァッ!! ここがッ、お前を倒すッ、最高の機会だろォッ!!」


 シムワーンが、バッカスに迫る。


「行動がすでに英雄じゃあないぜ、シムワーン!」


 皮肉を返すものの、魔術障壁を消すわけにはいかない。刃の雨はまだ止んでいないのだ。


「バッカスの言うとおりだ」


 そこへ、やや刀身の長いダガーを握ったシダキが割って入る。

 そのダガーは刀身から鍔や柄などの装飾に至るまで、全てが漆黒。そんな黒一色の魔剣は、かつてバッカスがシダキに贈った逸品だ。


 黒霧クロギリと名付けられたこの剣を、シダキは見た目も性能も気に入っており、もはや仕事に欠かせない相棒としていた。


「父上……ッ!」

「お前が、こんなにも愚かだとは思っていなかった」


 漆黒のダガーが二度閃く。

 シムワーンは素早く後ろに退いてそれを躱した。


 だが、躱したつもりでいたシムワーンの胸当てには横一線に亀裂が入り、その奥にある騎士服ごと皮膚の表面を切り裂いている。


「ぐぅ……ッ、父上……ッ! オレはアンタを越えるんだッ!!」

「私が何をしているか。私がどういう仕事をしているか。それを知らない……知ろうとすらしなかった愚息であるお前がかい?」

「教えてくれなかっただろッ、何も……ッ!」

「他人に明かせる仕事ではないのでね。悪いとは思っているが――それでも、次男フワートンは訊ねてきたぞ。父上は本当はどんな仕事をしているの……とな」


 お前はそれすらしてこなかっただろう――とシダキは告げた。

 その言葉に、シムワーンは苛立ちを隠さずに、声を上げる。


「フワートンを贔屓するのかよッ!」

「贔屓も何も、数日後にはフワートンが長男だ」

「……ッ!?」

「シムワーンなどという男児は、ドルトンド家には生まれていないコトになる」

「は?」


 シムワーンの表情が抜け落ちる。

 感情を失ったというよりも、絶望に近い何かにとりつかれたように。


「シダキ・マーク・ドルトンドの子は――男児三人ではなく、男児二人だったコトになると言っている」


 告げながら、シダキはちらりと空を見上げる。

 物騒な雨はまだ止まないらしい。


「バッカス殿ッ!」


 そこへ、紫色の仔鹿が迫ってくる。それに気づいたコナがバッカスの名前を呼びながら駆け出すも、一手遅い。


(紫色のゾンビ……ここまで気配が薄かったかッ!?)


 これほどまでに接近していたのに、シダキだけでなくバッカスやコナ、ブーディすらも気づけていなかった。


 だが毒づいている暇すら惜しい。

 シダキはダガーを構えて、襲い来る紫色の仔鹿を切り裂く。

 首を落とし、四肢の付け根を斬ることで、動けなくする。


 紫色の魔獣は核を潰さないと再生するらしいので撃破とはいかないが、バッカスを守るのであればこれで十分だ。


 だが――


「バッカス・ノーンベイズッ! お前さえ居なければ……ッ!!」

「おいおい……逆恨みにもなってねぇぞ!」


 シダキが鹿を倒すのに動いた隙に、シムワーンが動き出す。


 直後、シムワーンに向けて矢が飛んでくる。


「邪魔をして……ッ!」


 シムワーンは即座に足を止めて、飛んできた矢を弾いた。

 彼が睨む先には、既に次の矢をつがえたブーディがいた。


 シダキをフォローする為に、ブーディが射ったのだろう。


「何でも屋の匹婦ひっぷ如きがッ!」

「何とでも言いなよッ、いくつだか知らないが、騎士にまでなったのにまだまだ甘ったれのガキンチョがッ!」


 ブーディの言葉にシムワーンが青筋を浮かべる。

 その時に、誰ともなく声があがった。


「雨があがったぞッ!」

「被害確認ッ!」

「楔剥がしで初期症状は治せるッ!」

「進行が早い時は患部を切り落とせッ、多少持ちそうなら楔剥がしを持っている奴に切ってもらえッ!」

「魔力が切れそうな奴は魔力回復の薬を飲めよッ!」

「手元にない奴は言ってくれ! 僕はいくつか余裕があるよッ!」

「動ける奴は体勢の建て直しの支援だ! ゾンビを倒せッ、動けない奴らを守れッ!」

「完全にゾンビ化しちまったなら即座に寝かせてやれ! 放置しておく理由はねぇぞ!」


 騎士も何でも屋も即座に情報を共有し、相手が誰であろうと、治療可能なゾンビ化は治していく。

 あるいは、魔力回復の薬を提供する。


 ことこの場において、足並みを乱すことの危険性は今の刃の雨で十分に共有できたのだ。


 騎士と何でも屋の垣根を越えて、共有した認識は一つ。

 ――あんな存在を、町に近づけてはいけない。


「ブーディ、コナ! お前らもゾンビ化の治療に回れッ!

 可能な限り戦力を保存しないと、いずれ物量で負けるぞッ!」


 バッカスに名前を呼ばれた二人はそれぞれにうなずくと、互いに簡単な言葉を交わしあって戦場に紛れていった。


「守ってくれてありがとな、おっさん」

「君はこの戦場の要だからね。シムワーンを優先して、要を崩すようなマネはしたくなかったのさ。

 それと、あとで弓使いのお嬢さんにもお礼を言っておきなさい」


 バッカスは近場でバラバラになっている紫色の子鹿に向けて炎を放ち、完全に炭に変える。

 ここまでやれば、どこかにある核も死んでいることだろう。


「さてシムワーン。そろそろマジで覚悟しろよ。さすがに温厚な俺もキレそうだ」

「君が温厚だったコトはあったかな?」

「混ぜっ返すな、おっさん」


 飄々ひょうひょうと首を傾げるシダキに、バッカスは苦笑する。


「余裕かましてるんじゃないぞ、バッカス……!

 町には大量のジャガ芋を用意しておいたんだ……! そして昨日の間に、町中の女どもに剣を見せびらかせ、魔力も浴びせてきた……! ここからでも町の女を操れるのは実験済みだ」

「自爆テロでもさせようってか? 無理だと思うぜ」

「やってやろうか?」

「何せその爆弾芋、ほとんどが俺やクリス、領主様のハラン中にあるだろうしな。いや俺が喰った分は今頃はもう下水を流れていってるか。朝のお通じはあったしな」

「は?」

「イエラブ芋に紛れさせてジャガ芋を町に持ち込むとかネタが古典的すぎるんだよ。その程度で勝ち誇んな」


 バッカスの言葉に、シムワーンはわなわなと身体を震わせる。

 横にいるシダキはそんなシムワーンに嘆息を漏らしていた。


 そんなシダキの様子を横目で確認し苦笑してから、バッカスはシムワーンを追い詰めるように言葉を続けて行く。


「当初の狙いは、女に爆弾芋持たせて人間爆弾にでもして魔獣アレを討伐する気だったってところか? 英雄を目指してるクセにやっているコトはむしろ独裁気取りの悪党にしか見えんがね」

「それでも……ッ! 町の女をみんなここに呼び寄せれば……!」

「来てないじゃねぇか。お前のコトだ、すでに呼びつけてるんだろう?」


 泣きそうな顔をするシムワーン。

 恐らく、クリスを筆頭にミーティやルナサ、ムーリーが町の女性たちを解呪してくれたのだろう。


 クリスとは領主とともに何度も打ち合わせをした。

 ミーティとムーリーには最初からそのつもりで頼んでおいたし、ルナサに関してはここ数日会えて無かったが、それでも自力でその役割に気づくだろうと踏んでいた。


「で? 次はどうでる?」

「……ぐぅ……ッ!」


 歯ぎしりするシムワーン。


 そこへ――


「うわぁぁぁぁ――……ッ、ぃったぁ……ッ!?」


 ――運がいいのか悪いのか、見た目完璧な美少女が何かに吹き飛ばされて転がってきた。

 その際に、ユウの手元から業物らしきナイフが落ちる。


「ユウ!」

「取り込み中のとこ邪魔してゴメン! あいつが無造作に振った尻尾に掠っただけでこれだよ、もう!」


 痛いったらありゃしない――と愚痴をこぼしながらも、素早く立ち上がってナイフを回収しようとするユウ。


 そんな彼の襟首をシムワーンが捕まえた。


「ちょッ、キミ……何をするのさッ!」

「うるせぇッ! 動くなッ! これだけはあまりしたくなかったんだが……!」


 シムワーンはユウの首に左腕を回し、右手で握った誘惑の剣の切っ先をユウに突きつけた。


「人質とかますます英雄っぽくないぞー、草葉の陰で親が泣いてるぞー」

「いや草葉どころかバッカスの横にいるけどね、わたし


 バッカスの投げやりな声かけに、シダキが困ったようにうめく。

 それを見て、ユウを助けを求めるように、棒読み的に声を出す。


「たーすーけーてー」

「お前さんもだいぶ緊張感の無い声だすなー」

「バッカスのやる気の無さが伝わってきたからね」


 明らかに人質にされていながらも余裕綽々でウィンクをして見せるユウ。その態度が、シムワーンには気にくわないのだろう。


「至近距離から範囲を集束させた魅了の魔力を浴びせられた女は、ほぼ廃人と化す。

 そうなると抱いても面白くないし、呪いを解除しても自我が薄れちまって使い物にならなくなる。だから使いたくはないんだが……それでも、オレの忠実な奴隷になるって点において間違いなく有用だ。

 これはオレの切り札の一つでもある。

 あのチンケな光の魔剣で無効化するより先に廃人になっちまうから、無効化だって意味がない!」

「やめろ、シムワーン。弄ぶだけに留まらず……そこまでやるのかッ!」

「うるせぇッ! 全部、父上とバッカスが悪いんだッ!」

「そこで何で俺を含むんだよ」


 思わずうめくと、首を押さえられたままのユウが面白がってバッカスに指を差した。


「やーい、まきこまれ~」

「何でこれから廃人にしてやるって言われて平然としてるんだお前もッ!」


 意味がわからないという様子のシムワーン。

 さすがに、シダキも「あの子、大丈夫なの?」と不安そうだ。


 だから、バッカスは一歩踏み出しながら不敵に笑う。


「やってみろよシムワーン。

 俺とお前が捕らえているユウの二人で、お前に切り札を切らせた上で、その切り札を破り捨ててやるからよ」


 なぁ? と訊ねるとユウもうなずいた。


「そうそう。僕たちはやるって言ったらやるからね。

 やめるなら今のうちだよ? きっと、その切り札は切ったコトを後悔するはずだから」


 シニカルな笑みを深めるバッカスと、自分が廃人にされる寸前だというのにニコニコしているユウ。


 さすがにここまで来ると、シダキも二人がシムワーンの切り札を無効にする何かを仕込んでいるのだろうと予想がついた。


 だが、すでに怒りに満ちており余裕のないシムワーンは、二人の余裕っぷりに、ことさらに怒りを募らせて叫ぶ。


「ならッ、望み通りぶっこわれちまえよッ!!」


 そうして、シムワーンは超がつくほどに強力な異性を魅了する波動を束ねたものを密着距離からユウに向かって照射するのだった。

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