悪足掻きを、無駄な足掻きに変えてみよう


「全員、楔剥がしエグベウ・ラボメルの使い方は大丈夫よね?」


 モキューロの森の方を見ていると、クリスがそう訊ねてくる。

 それに、全員がうなずくのを確認してからクリスが告げた。


「討伐隊――今日は様子見だけって話だったけど、たぶん状況が変わったんだと思うわ」

「ミュアーズ池に居たっていう大きな子が動き出したのかしら?」


 ムーリーの問いにクリスは首肯してみせる。


「誰かがやらかしたのか勝手に動き出したのかは分からない。だけど、動きがあった以上、状況は変わるわ」


 討伐隊としては、一度森から抜けて、何でも屋たちと合流してから迎え撃つ方向で動くことだろう。

 そうなると、第一隊の――特にシムワーンがどう動くかが、問題になってくる。


「人を操る魔剣の使い手は、バッカスが想定しているバカよりも斜め下にバカのはずよ」


 キッパリと言い切るクリスに、誰もが苦笑を浮かべてしまう。


「魔剣のチカラに溺れて自分はすごいと錯覚してるだろうから、余計に想定の斜め下を鋭角に狙ってくると思うのよ」

「つまり、バッカスの根回しに不備が生じるかもってコト?」

「そうよルナサちゃん。バッカスの根回しは、バッカスが想定できる範囲でのバカを前提としているけれど、上には上――いえ、下には下がいるモノなの! まぁシムワーンはそこまで下でもないかもだけど、下でいいのよ下で」

「だいぶ個人的な恨みが乗ってる気がするけど、言いたいコトはまぁ、うん」


 ルナサが顔をひきつらせつつ理解したところで、クリスは続ける。


「わざわざ町の中にジャガ芋を運び込んでた理由もだいたい想像がつくし、そっちはバッカスが潰している。

 手の内が潰されると分かったなら、アイツが次にやるべきコトなんて決まってるのよ」


 騎士として人々を守ろうとする意志。

 何でも屋としてお世話になっている町に恩返しをしたいという思い。

 シムワーンへの恨み辛み怒り――そしてそれが解消されるだろうコトへの期待。


 様々な感情がドロドロに混ざり合った笑みを浮かべてクリスが、その推察を口にする。


「町の女性たちを一斉に呼び寄せる。コレね」

「大変じゃないか!」


 クリスの言葉に、ニーオンは慌てて見せるが、ガリルとアーランゲは冷静だった。


「そうでもない――と思う」

「うん。むしろ、僕たちからすると助かるかも」


 二人の言葉の意味を理解したテテナもうなずく。


「そっか。町の東門辺りで待ちかまえて、森へ向かおうとする人たちの呪いを片っ端から斬ってけばいいんだ」

「確かにそれだと、イチイチ探し回る手間も省けるわね」


 テテナの補足でストロパリカも納得し、微笑む。


 そんな中、ふとミーティの脳裏によぎるものがあり、訊ねる。


「もしかしなくても、クリスさんもバッカスさんも、この状況になるの狙ってました?」

「ふふ。わざわざ一日自由時間を作ってあげれば、これ幸いにと町中歩き回って魔剣の効果を振りまいていくんだから笑っちゃうわよね。

 不自然に見られないように、町の様子を見て回っている真面目な騎士っぽく歩いてたみたいだし。無駄に凝り性というかなんというか」

「あれ? クリスさん、もしかして魔剣の呪い付与条件、気づいてます?」

「いいえ。全く。でもわざわざ歩き回ってたんだから、持ち主ないし剣を対象に見せる。あるいは剣から出る目に見えないチカラみたいのを浴びせる――またはその両方を行う必要があるんじゃないかしら?」

「わりと行き当たりばったりだったんですか?」

「んー……まぁ第一隊の素行調査の一環、ってところよ。結果として大収穫だったんだけどね」


 ふふふ――とやや暗い笑みを浮かべるクリスは、普段は感じない妖艶さのようなものを感じさせる。


「魔剣の効果条件などはともかくとしても――絶対に町の女性に呪いを掛けるだろうというのは予測できてたから。

 それなら、気を大きくさせて効果を広範囲に分散させた方が、逆に潰しやすいだろうと思ったのよね。だから完全に泳がしたの。

 ガチガチに行動を縛った結果、こちらの目の届かないところで――解呪できないくらい強力な呪いに縛られた数人の女の子を切り札とかにされちゃうより、ずっと良いでしょ?」


 町の女性が多少操られてしまうのは折り込み済み。

 だからこそ、バッカスはミーティとムーリーに楔剥がしの量産を手伝ってもらったのだ。


 そして、バッカスは討伐隊に加わるゆえに、クリスは町に残り、ミーティやムーリーとともに解呪を手伝うようにと伝えられていた。


「私とシムワーンの関係に、魔剣の存在。それらのおかげで私が討伐に参加しないのも不自然ではないしね」


 ポカン――と、少年三人とテテナはクリスを見る。


「ルナサちゃんとミーティちゃんは驚きが少なそうね」


 ストロパリカに言われ、二人は少し困ったような何とも言えない顔で答えた。


「どこまで仕込みかまでは分からなかったけど、バッカスやクリスさんが絶対何か企んでるだろうな……くらいには思ってたし?」

「バッカスさんに楔剥がしの量産を手伝わされた上に、色々細かい指示まで残していってたから、たぶん色んな準備を仕込んでるんだろうなぁ……くらいには」

「二人ともやるじゃない。そこまで分かって動けてたなら十分よ」


 ムーリーの言葉に、二人は小さく安堵する。


「でも、バッカスはここ最近はルナサちゃんには会えてないって言ってたけど、何かそういう指示とかあったの?」


 クリスの問いに、ルナサは首を横に振る。


「指示とかはないですよ? 実際に会ってないですし。でもミーティを使ってやっているコトがあまり討伐とは関係ない気がしてたので、何か別の意図があるかも……て」

「それだけのコトで?」

「……だってアイツって、本当に大事なところでは、絶対に無責任な振る舞いしないでしょう?」


 どこかバッカスを認めることがくやしそうな様子でルナサがそう口にすると、クリスの表情が綻んだ。


「あらあら。バッカスもバッカスで、ルナサちゃんに会えないから警告とかできなかったけど、何も言わずとも勝手に察して動けるだろう――くらいには言ってたわよ」

「……そう」


 ぷいっとそっぽを向くように相づちを打つルナサだったが、その顔は少し赤い。自分が認められているようで嬉しいのだろう。反面で嬉しそうにする自分を見られたくないのかもしれない。


 大人組は可愛い反応ねぇ――と微笑ましい眼差しを向ける。


 そして、和みだした空気の中でクリスが告げる。


「さて、全員が色々と理解してくれたところで動きましょうか。

 無駄に手の込んだ無駄のない無駄な足掻きを粉砕する為に、ね?」




 ミーティとストロパリカは何でも屋ギルドのライルの元へ。

 これから起こるだろう予測を報告しに行っている。


 クリスはほかの面々を連れて東門だ。

 門の兵士たちに身分を明かした上で、これから起こるだろうことを説明。協力を仰ぐ。


「クリスちゃん、アレ何かしら?」

「森の上空に……虹色の、雨?」


 かなりの広範囲に何かが起こっている。

 だが、ここからではどうにもならない。


「バッカスさんたち、無事かな?」

「無事よ。そう信じるからこそ、私たちはやるべきコトをやるの」


 アーランドの言葉に、クリスが答え、横にいるルナサもうなずく。


「ここからじゃ何も分からない以上、あそこへ向かうなら、やるべきコトをやってから――ですよね?」

「ええ。ルナサちゃんの言うとおり。それに――」


 森の上空にあった虹色の雲が消え、ややして。

 フラフラと――それこそゾンビのような足取りで、女性たちがゆっくりと姿を見せる。


 一人二人ではない。

 年齢問わず。それこそ、町中の女性たちが集まってくるかのように。


 それを見、クリスは気持ちのスイッチを切り替える。


「お出ましだ。ここで彼女たちを食い止める。やるぞ!」


 クリスの掛け声とともに、全員が楔剥がしを構えて魔力刃を作り出した。


「やだもう! 杖をついたおばあちゃんや、まだハイハイしてる女の子までいるじゃないの! アタシ、そういう人を優先するわ!」

「アーランゲ、お前はムーリーさんの手伝いだ。斬る方じゃなくて、斬られて倒れた人の回収を優先な。ちっちゃい子ならお前でも持ち上がるだろうし。

 ガリルも回収優先な。お前はバアちゃん優先で」

「悪くない指示だニーオン。倒れた人などお構いなしに踏みつけて進もうとするだろうからな……特に小さい子やご年輩の回収は重要だ」

「えへへ! あざっす!」


 ミーティとストロパリカがギルドに協力を要請しにいっているので、回収係もすぐに来るだろうが、それを待ってはいられない以上、出来ることをやっていくしかない。


「戦闘力のありそうな女性の相手は私とルナサがする。ニーオンは可能な限り一般人の解呪を。戦闘になったら無理をせず、私かルナサ、ムーリーを呼べ」

「了解!」


 動き出すニーオンを見送って、クリスはルナサに声を掛ける。


「ルナサ、私とともに危険な役目になってしまうが……」

「問題なしです」


 言いながら、ルナサは右手に細長い魔力帯を展開する。

 祈るべきは銀の創神。織り込む術式は圧縮と彫刻。そして成形。


 準備を終えて、呪文を告げた。


「洞窟ウサギの首狩り剣」


 呪文とともにその右手へ魔力を圧縮して創り出した魔術刃を握る。

 左手には楔剥がしを構えた二刀流だ。


「楔剥がしで斬れればそれで終わりなので、格上相手でもどうにでもなると思います」

「頼もしいな」


 うなずくクリス。


 ルナサも信用されてないワケではないことは理解している。だが、それでも、クリスに問題ないことを理解してもらう為、ルナサは一歩前に出た。


 ルナサが見据えるのは剣を携えた女性。討伐に参加しなかった何でも屋だろうか。どうあれ明らかにルナサよりも格上の相手だ。


 そんな女性が、恐らくこちらを障害だと判断したのだろう。


「邪魔を、しないで、くれ」

「自分が正気を失ってるコトに気づいてない人の言葉なんて、聞く耳持ちませんので」

「……ッ!」


 ルナサの返答を受けるなり、女性が踏み込んでくる。

 だが、ルナサは慌てることなく振り下ろされた剣を、右手の魔術刃で受け止めた。


 同時に、左手に握る楔剥がしを一閃。

 ふつうであれば、チカラも腰もほとんど加わってない一撃に脅威はない。

 だが、この魔剣は――その刃が女性に触れればそれでいい。


 チカラを失ったように、ルナサの方へと傾く女性。

 ルナサが彼女を受け止めると、耳元で申し訳なさそうな囁きが聞こえる。


「……すまん」

「謝罪はいらないので、動けるようになったら手伝ってください」

「ああ」


 女性をこちらに駆け寄ってくるガリルに託し、ルナサは女性の群れへと向き直る。


「クリスさん、問題ありました?」

「ないな。その調子で頼む」

「はい!」


 そうして、ミーティとストロパリカが連れてきたギルドからの増援だけでなく、その場で動けるようになった女性たちの協力を得ながら、クリスたちは東門に集まった女性たち全員、無事に解呪することに成功した。




「ここへ来た人たちはこれでいいんだろうけど、来れてない人の解呪はどうしようかしら」

「来れてない人?」


 周囲を見回しながら呟くムーリーの言葉を聞いて、ニーオンが首を傾げる。


「呪いを受けたし、命令も届いているけど、怪我や病気で動けない人。

 命令の強制力は低そうだから、ダメなモノはダメと動かない人もいるでしょうしね」

「あー……」


 確かにそういう人であればこの場にはいないだろう。


「それに関しては大丈夫ですよ」


 そんなムーリーの懸念を、ミーティが払拭する。


「あら。どうして?」


 ムーリーの疑問にミーティが答えようとした時、若い男性の声が割って入ってきた。


「僕が解呪してきたから」


 そこに現れた男性――メシューガを見て、ムーリーが訊ねる。


「ミーティちゃんの根回しかしら?」

「バッカスとアーシジーオの両方だよ。

 とはいえ、生徒たちも結構やられてたから、落とし前はつけたいとも思ってるんだよね」


 言いながら、彼は少し離れた場所にいるクリスとルナサを見た。



「さて、いち段落したと見ていいだろう。討伐隊のところへ向かうか」

「クリスさん。一緒に行っていいですか?」

「ルナサか。構わないぞ」


 クリスとルナサはそのまま門の外へと歩きだす。

 そんな二人へ、メシューガが声を掛けた。


「待って二人とも。僕も一緒に行っても?」

「ナキシューニュ先生?」

「問題ないぞ」


 そうして三人は歩き出す。

 その背中に、ムーリーが声を掛けた。


「アタシも、こっちの手伝い終わったら合流するわねー!」


 それに三人は手を振って応え、戦場へと向かっていくのだった。



=====================


 気づくと100話目٩( 'ω' )و

 皆様、応援ありがとうございます!


 本当は80話くらいで、シムワーンも屍剣獣も倒してたはずなんだけど……

 あれれ、おかしいなぁ……


 それはそれとして――

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