敵も状況も、待ってはくれない


 ケミノーサの町。



 騒動のあとで、自分から離れていくムーリーとルナサの姿が消えてから、ミーティは大事なことに気がついた。


 ぐったりしているストロパリカと倒れたままのテテナを見て思う。


(どうやって二人を運ぼう……)


 下心ありそうな男性や、あまり知らない男性に頼りたくはない。

 だからといって女性に頼むのも、現状の町の状況を思うとためらいがある。


 どうしたものかとミーティが悩んでいると、三人組の少年が声を掛けてきた。


「なぁ、二人を運べなくて困ってるなら手を貸すぜ!」


 代表して声を掛けてきたのはツンツン頭でほっぺたに傷のある少年だ。


「ストロパリカさんは知らない人じゃないしな」

「それに、誰かに頼りづらい状況のようですし」


 続けて斜に構えた感じの少年と、メガネの少年もそう言ってきた。


「えーっと……」


 三人は真面目に手を貸そうとしてくれているようだ。

 しかし、初対面であるミーティは、即断でうなずきづらかった。


 ミーティが思案の為に固まっていると、ふらふらした様子でストロパリカが立ち上がり、声を掛けてくる。


「その子たちなら、信用して大丈夫よ……ミーティちゃん」

「ストロパリカさん、大丈夫ですか?」


 その様子にミーティが思わず訊ねると、ストロパリカは弱々しい苦笑をしてみせた。


「あまり大丈夫じゃあないわ……。

 だから、ニーオン君。肩を貸して欲しいのだけど」

「わかった!」


 ストロパリカに頼まれて、ニーオンと呼ばれたツンツン頭の少年はためらい無く肩を貸す。

 女性的な魅力に対する下心が完全にゼロではないだろう。だけどそんなもの以上に、困っているストロパリカのチカラになりたいという意志を感じた。


 ほかの二人も同様のようだ。

 だから、ミーティも小さくうなずいた。


「それじゃあ、私はこの子に肩を貸すので、一緒に来て貰ってもいい?」

「もちろん。余計なちょっかいを掛けてくる奴を警戒すればいいんだな?」

「あとは近づいてくる女性も、ですか?」


 ミーティの言葉に斜に構えた少年は了解し、メガネの少年はこちらの懸念の一つを言い立てた。

 それだけで、ミーティの中での信頼度が大きく上がる。


「うん。誰が呪われてるかは分からないからね。

 近い付いてくる女性に対しては基本警戒した方がいいと思う」

「呪い……ですか?」

「結構無差別にばらまかれてるみたいだから」


 斜に構えた少年とメガネの少年がうなずくのを確認し、ミーティはテテナに声を掛ける。


「動くよ、立てる?」

「……うん」


 ダメージよりも落ち込みが大きいようだが、今はそれを気にしてはいられない。


 少年たちにバッカスの工房へ向かうと告げれば、彼らもバッカスの知り合いだったらしく、二つ返事で了解する。道も分かっているようだ。


 道すがら、ふと思い出したようにツンツン頭の少年が名乗る。


「あ、そうだ。名乗ってなかった! おれ、ニーオン!」

「ガリルだ」

「アーランゲです」


 向こうに名乗られて、ミーティも自分が名乗ってないことに気がついた。


「私はミーティ。こっちは、テテナ」

「…………」


 テテナは無言で、頭を下げる。

 少年たちはそんなテテナに感じが悪い――と思うよりも、身体が動かなくて辛いのだろうと解釈したようだ。


 実際は、ルナサに攻撃してしまったことや、色んなことに対して悩みすぎているだけなのだろうが。


 そんな流れのなか、ニーオンに肩を借りているストロパリカが明るく告げる。


「ストロパリカよ!」

「知ってますけど?」

「知ってるって」

「知ってます」

「知ってますよ」

「ああん! 若い子たちの反応が冷たい!

 私だけ名乗らないのも何か寂しかっただけなのに!」


 何はともあれ、比較的和やかな感じで、ミーティたちはバッカスの工房へとたどり着くのだった。




 工房にあるソファで、テテナとストロパリカを休ませつつ、ミーティは工房の奥へ。


 そして、奥の部屋からソファに座るストロパリカに声を掛けた。


「ストロパリカさん的に、そちらの三人ってどのくらい信用できます?」


 問われて、彼女は三人の少年を見た。

 見られた三人も少し身動みじろぎする。

 ストロパリカが何と答えるか分からず、緊張があるのだろう。


「そうね。神具アーティファクトを貸してもちゃんと返してくれるだろうくらいには信頼できるかな」


 それを聞いて、ミーティは楔剥がしを五つ手にしてソファの元へと戻る。


「それじゃあ三人にこれを貸すね」

「あら? それって三人がやらかしたら、私の顔に泥がついちゃうんじゃないかしら?」


 わざとらしく言うストロパリカに、少年たちは真面目な顔で反応する。


「借りたモンってのは基本返さないとダメだろ?」

「それに約束を反故するのは、依頼の反故に通じるところもありますらからね。基本は守りますよ」

「尊敬する人からの信頼ですから、その信頼には応えたいと思います」


 その様子に、これなら大丈夫だろう――と、ミーティは小さく安堵した。


「ストロパリカさんもどうぞ」

「あら、ありがとう。でもこれは何なのかしら?」

「呪いを斬る為の魔剣です」


 それを聞いてストロパリカは顔を上げて少し真面目な顔をする。


「クリスさんの呪いは?」

「真っ先にバッカスさんが斬りました」


 ミーティの答えにストロパリカが安心したように微笑む。

 横で聞いていた三人も嬉しそうにしているので、ある程度の事情をしているようだ。


「はい。これはテテナの分」

「…………」


 テテナは差し出された楔剥がしとミーティの顔の間に視線をさまよわせてから、訊ねる。


「……私、受け取る資格あるのかな?」


 その言葉にミーティは少し考えてから――肩を竦めた。


「さぁ? 資格とかそんなのは知らないわ」

「え?」

「わたしはわたしが信頼できる人、あるいは信頼できる人が大丈夫だと言う人に対して渡しているだけだから。受け取る側の気持ちなんて正直、どうでもいいかな」


 ミーティの言葉に、テテナは目を白黒させる。

 横で聞いているストロパリカや少年たちも、気が気ではなさそう様子だ。


「ミーティちゃん、バッサリいったわねぇ……」

「おれ、あんなコト言われたらどうして良いか分からなくなりそう」

「ニーオンだけじゃないって」

「うん。僕も固まっちゃいそう」


 ちょっと外野がうるさい気がするが、当のテテナはそんなことが耳に入ってないかのように、訊ねてくる。


「でも、私は……操られてたし……」

「ストロパリカさんもそうだし。クリスさんもそうだよ? あと、わたしもね」

「そうなの?」

「自分が呪いの影響を受けてるなって思った時点で、自分を斬って解呪したってだけ。

 そもそも、条件を満たした人に対して無差別に振りまく呪いである以上は、回避なんて不可能だから気にするだけ無駄かな」

「ルナサは平気みたいだったけど」

「それはあの子が条件を満たさなかったってだけじゃない?」

「…………」


 そのままテテナは俯いた。そして俯いたまま口をぽつりぽつりと開く。


「ルナサに蹴られた時、ルナサがすごい遠く感じた。まるでストレイさんやロックさんみたいな……。

 今は、ミーティがすごい遠くにいる気がする。まるでバッカスさんとお話しているみたい。

 同世代で、同じくらいの実力だと思ってたのに……なんだかすごい遠い場所にいるなって……置いていかれているみたいで……」


 少年たちは「分かる」みたいな顔しているが、ミーティはいまいちピンと来ない。


 かけるべき正しい言葉も分からない。

 それでも、ミーティが言いたいことがあるとすれば――


「だったら、追いかけてきてよ。ぐだぐだ言って足を止めてる暇があったら、ゆっくりでも足を動かすしか追いつく方法はないでしょう?」

「ミーティ……」


 テテナが、顔を上げてミーティを見る。


「痛くても苦しくても寂しくても、敵も状況もこちらのコトなんてお構いなしに動くんだもの。だから、ぐだぐだ言って足を止めるくらいなら、痛くても苦しくても難しくても、その時に成せるコトを成していくしかないの」

「……ルナサも似たようなコト言ってた……」


 小さく呟いてから、テテナは目元をゴシゴシと拭って、ミーティへと手を伸ばす。


「受け取るわ。私が出来そうなコトをやってみる」

「そうこなくっちゃ」


 気持ちを持ち直してきたらしいテテナを見て、ミーティは安心したように笑うと、彼女に楔剥がしを手渡した。


「敵も状況も、こちらをお構いなしに動くかぁ……カルヴに囲まれた時そうだったよな」

「クリスさんと代われって言われて焦ったけど、代わらなきゃ死ぬだけだって言われたしな」

「あの時は出来る出来ないって話じゃなくて、やるしかないって感じだったもんね


 だからきっと、今の状況はテテナの感情なんて関係なく、この魔剣を受け取って動くしかないのだろう。


「それにしても、ミーティって何者なんだろうな?」

工房ココのカギとか持ってるし、弟子とか共同経営者とか?」

「もしかして、バッカスさんの恋人とか?」

「恋人説――いいわね」

「ストロパリカさんそこに乗らないで」


 少年たちの妄想にストロパリカが乗っかるので、ミーティは思わずツッコミを入れ、小さく息を吐く。


「簡単に言うと、借金をカタに雑用を押しつけられている奴隷みたいなモノ、かな?」


 その説明に、少年たちだけでなくテテナもギョッとするが、ストロパリカだけは納得した様子で苦笑した。


「ミーティちゃん、ついにやらかしたのね?」

「はい。ついにやらかしちゃいました。めっちゃ怒られもしました」

「えーっと、どういうコト?」


 反省するも後悔せずという様子のミーティに、テテナが問う。


「バッカスさんの作る魔導具――というか工房や自宅にある魔導具。どれもこれもすごい高いの。中には家が買えるくらいのもあるんだけど……」


 その説明にテテナと少年たちは周囲を見回す。ちょっとだけ腰が引けだしているのは、気のせいではないだろう。


「いやぁ使わせて貰えるのが嬉しくて調子乗っちゃって……一つ壊しちゃった」


 テヘっと笑うミーティに、テテナと少年たちは顔をひきつらせる。

 そこへ、ダメ押しとばかりにミーティが告げた。


「ちなみにこの魔剣も、結構良いお値段するからねぇ」


 うわぁ――という顔で、手の中にある魔剣を見る四人。

 ストロパリカはある程度予想していたのか、でしょうね――という顔だ。


「さて、せっかくみんなが魔剣に注目しているし、使い方の説明と注意事項、そしてなんでこれを貸し出すのかの話をさせてもらってもいいかな?」


 全員がうなずくので、ミーティは説明を始める。

 元々、信用できる人たちを使った人海戦術で町中の女性たちの呪いを解呪する予定だったのだ。


 少年たちが加わってくれただけでも、だいぶ助かる。



 そうしてミーティが話を終えた頃、工房の入り口の扉が開いた。


「ミーティちゃん、いるかしらー?」

「ムーリーさん? 領主様のところへ行ったんじゃないんですか?」

「バッカス君がだいたい根回し終えてたから、アッサリ終わっちゃって。

 ルナサちゃんともう一人を連れて、遊びに来たわよー」


 彼の言葉通り、ムーリーに続いてルナサが入ってくる。


「ミーティ、わたしを除け者にしたりしてない?」

「単にルナサと、必要な場面で会えなかっただけだよ」


 そしてもう一人――


「来たわよー! バッカスから何か作戦とか聞いてたら、是非とも教えて欲しいのだけど」


 クリスが明るい調子でそう言いながら、工房へと入ってくる。



 三人を交え、改めて総当たりの解呪の話をしていた時――


「地震?」

「モキューロの森だ!」

「土煙……?」


 ――モキューロの森の方で、塔のような土煙が立ち上がった。


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