騎士と魔剣と、大乱闘 6


「第三射! 撃てッ!!」

「俺たちもやるぞぉぉぉ!!」


 第二波と同じように、第三波の先頭のゾンビたちを魔術の雨で迎撃した直後のことだ。


「ついに来やがったな」


 爆煙の中からのっそりと現れた巨大なワニのような魔獣に、バッカスがつぶやく。


 シルエットは確かにワニ型魔獣エリドコルクだ。想像を超える巨体であることを除けば、だが。


 そしてそいつは、以前バッカスが見たときより成長し、大きくなっている。


 目測だが全高は二メートルはあるだろう。

 全長でいえば四メートル以上はあるように見えた。


 全体的に紫色をしたその体表は、あのオタマジャクシを思わせるに十分だ。


 体中に無数の剣が突き刺さっているし、ライオンのようなたてがみはあるし、不自然な場所から大鹿のツノのようなモノがいくつも生えている。


 全身のあちこちに縫合後のような継ぎ目があり、明らかにワニ型魔獣とは異なる鱗なども生えている。

 その鱗も全身に生えているならそういう種だと思えただろうに、継ぎ接ぎ跡に囲まれた一部分だけとなれば、異様としか言いようがない。


 まさに縫合でツギハギされた魔獣という姿だ。


「まるで生体実験の被検体だな」


 思わずつぶやいた言葉ではあったが、あながち間違ってはいないのかもしれない。


 そして、気になるのは背中に刺さるひときわ大きな剣。

 欠けた刃がいわゆる片手用の長剣の刃を思わせる形をしているのに対して、その剣は両手用。地球でいうところのツヴァイヘンダーだ。


 あれには、探知の魔導具が奇妙な反応をしめしていた。


 淀んだ魔力ではないが、その刀身が放つ魔力波形は似ている剣。

 つまりは――


「アレが大本って感じか?」


 のそのそと巨体を揺らしながら近づいてくる混縫合の屍剣獣。


「剣と巨体が連動してるならいいが、剣を壊しても巨体は生きてて、巨体を殺しても剣の機能がは残るとかだと、面倒だ」


 様子を伺っていると、継ぎ目の一部が淀んだ虹色に光った。


「なんだ?」


 バッカスだけでなく、様子を見ていた全員が訝しんだ時――


「うおおおッ!?」


 シュルクが悲鳴をあげながら、剣を振るった。

 その時、金属同士のぶつかり合う音が響きわたり、何かが弾かれた。


「刃?」


 弾かれたそれが地面に突き刺さるのを見て、バッカスはハッと顔を上げる。


「こいつでゾンビを作ってたワケかッ!」


 多くの人に聞こえる大きな声で、バッカスが告げた。

 何でも屋と騎士たちの多くは、それだけで理解をしてくれるから話が早い。 


 前兆として、継ぎ接ぎ部分が光るようなので、まだ身構えることはできるが――


「しかし結構な速度で射出されてたな。近距離で撃たれると面倒だ」


 独りごちながら、倒す算段を立てていると、何でも屋たちの方から悲鳴が上がった。


「ヴィジー!? お前ッ、何で急にリーダーをッ!?」

「……あ、あれ? アタシ、あれ……?」

「お、おい!? ヴィジー?! なんでナイフ振り回してるんだお前ッ!!!」

「わかんないッ! わかんないよッ! でも、でも……リーダーが邪魔だったのッ! なんでか知らないけど、貴方も邪魔なのッ! お願い……殺させてッ!!」

「意味わかんねぇッ!」


 その光景を見て、思わずバッカスはギリリと歯を鳴らした。


「クソッタレが、ついにやりやがったな……ッ!」


 暴れ回るヴィジーという女と、その仲間と思われる男の間に、ロックが割り込むと、楔剥がしエグベウ・ラボメルを一閃させる。


「あ、良かった……変な感じ、消えた……」


 ドサリと倒れる女をロックは受け止めつつ、息を吐く。

 女に刺されたリーダーと呼ばれている何でも屋も、命に別状はなさそうである。


 安堵しつつも、バッカスは苛立ちを隠せない。

 彼らを助けたロックも同じような様子だ。

 離れた場所から見ていたストレイもそうだ。


「シュルク、イスラデュカ」


 バッカスは第二隊へと駆け寄って、二人に声を掛ける。


「ヌシの前にゴミ掃除をしてくる。無理はするなよ」

「同じ騎士としてお手を煩わせるコトを謝罪します」

「気にするな。お前らに責任なんざないさ」


 頭を下げるイスラデュカにそう告げた時、シュルクが小さく言った。


「恐らくコナは大丈夫です」

「ん? どうした急に? それはさっき聞いたが……」

「彼女が第二隊を離れて第一隊に向かってますので」

「あん?」


 シュルクの言葉を受けて、バッカスが第一隊の方へと視線を向けると、確かにフラフラした足取りで歩くコナが、ほかの女たちと合流していた。


「フリか?」

「恐らく」

「無茶すんなぁ」


 そう言いながら、バッカスは皮肉げな笑みを浮かべた。


「だが、ああいう無茶は嫌いじゃない」

「コナを頼みますね」

「嫌いじゃないやつを傷付ける趣味はないんでね」


 バッカスはそう告げると、二人から離れてシムワーンの元へと向かう。


 よく見れば、何でも屋の女性陣がフラフラとシムワーンの方へと集まっている。

 どうやら、先ほどのヴィジーの騒ぎで注目を集め、その影でほかの女を呼び寄せていたようだ。


「ブーディも混ざっているようだが……」


 チラリとストレイへと視線を向けると、彼は薄らと笑みを返してくる。

 つまりは、コナと同様にフリということだ。


「ブーディとコナがいるなら、戦力は十分か」


 コナの実力は未知数だが、第一隊に呼ばれる程度には使えるはずだ。

 もっとも、ここがゾンビ討伐戦の戦場であることを思うと、想定できないアクシデントなどの発生はあるだろうが……。


(まぁ、そこは考えても仕方がねぇしな。とっととシムワーンをボコろう)


 バッカスは気配を殺しながらも、軽い足取りでシムワーンの近くを目指す。


 何でも屋の方を見れば、ストレイとロックが楔剥がしを手にして、シムワーンの様子を伺っている。


 前線の指揮を一時的に、余所から来ている金級に移したようだ。

 戦場をいたずらにひっかき回すバカは、戦場が荒れる前にぶっつぶす。


 ケミノーサの上位何でも屋ショルディナーたちの考えは、同じようである。


「ゾンビの大群を前にして手を貸さねぇクセに余計なコトは一丁前ときた」


 ゾンビへの一斉射を邪魔すれば、自分も被害を受けるかもしれない。だからこそいち段落したこのタイミングを狙ってことを起こしたというところか。


 状況からして迂闊なことをすれば自分たちもケガするから控えるはずだ――などと思っていたが、それが失敗だった。


 まさか全員がヌシの動きを注視しているところでやってくるとは。


「最初にボコにしときゃ良かった……は、結果論か」


 前振りなしに第一隊を殴るのを、事情を知らない何でも屋に見られるのはあまり良くないだろうと思い、控えていた面もあるのだ。


 それを見て勘違いをされても困ったことになるだろうと思っていた。

 勘違いをしたバカな何でも屋が第一隊と第二隊の区別がつかないまま、雑に殴りかかるようになると、それはそれで非常に厄介だし、シムワーンを調子づかせるきっかけになりかねない。


「結果論で言うなら、これからシムワーンがしこたま殴られるだろうコトも結果論なんだろうけどな」


 そうしてバッカスは魔噛を腰のホルスターに差し、腕輪から楔剥がしを取り出すと、足早にシムワーンのところへと向かう。


「ようシムワーン」

「バッカス・ノーンベイズか!」


 声を掛けると、こちらを向いて忌々しげな表情を見せる。


「お前――誰から何を頼まれたッ!」

「現実に見向きもしないお前には理解できない相手だよ」

「どういう意味だ……ッ!?」


 シムワーンの濃い緑色の髪と青目は父であるシダキそっくりだ。

 痩せてイケメンになったシダキはこういう姿かもしれない。もっとも、その野心に満ちた鋭い双眸は、タレ気味で優しそうな父のものとは正反対だが。


「お前に親父越えは無理って話だよ」

「ふっざけるなッ!!」


 バッカスの言葉にシムワーンは激昂し、魔力を込めた剣を掲げる。

 集まってくる女性たちの足が速くなるのを見ながら、バッカスは無表情に告げた。


「楽しそうなコトしてるところ悪いが、邪魔だ」


 告げるなり、光よ――と口にして楔剥がしに魔力刃を作り出して切りつける。


 が――


「受けるかッ!」

「へぇ」


 ――シムワーンは、楔剥がしの魔力刃に自分も魔剣も触れさせないように飛び退いた。


「さっき暴れさせた女が、似たような剣に切られて正気に戻っていたからな。警戒くらいはする」

「その観察力と洞察力をもっと現実に向けてくれ」

「向けているッ! だからオレは父上のような無能にはならない……ッ!」

「……無能?」


 本気でシムワーンが何を言っているのかわからず、バッカスはキョトンと目をしばたいた。


「ドルトンドのおっさんが、無能?」

「無能だろうがッ! 近衛だの翠夜だのと呼ばれていながら、常にヘラヘラしている昼行灯が……ッ!」

「それで?」

「鍛錬もサボっているのか腹は弛み、お前のような愚民と酒を飲み交わすッ!」

「……それで?」

「だからッ、オレは父上を越えるッ! いやすでに越えているッ! オレはこの魔剣を手に入れたんだッ! この魔剣は父を、いや十騎士全員を超えるチカラだッ!」


 自分の剣を見る目がちょっと暑苦しい感じだが、言いたいことは理解した。

 理解したが、バッカスとしてはそんな戯れ言につきあう気はない。


 その逸らし続けた双眸を、そろそろ現実へフォーカスしてもらいたい。


「ところで、ドルトンドのおっさんは平民に溶け込み情報収集する諜報の仕事をよく国の上層部から依頼されているって知ってるか?」

「……は?」

「ついでに反乱の意志を持つ貴族を中心にバカを炙り出す為、人畜無害の無能を装ってるんだ。

 そんでドルトンドのおっさんならどうにか出来るって思ってやらかすバカを釣り上げる。お前のいう無能な父っていうのは、餌なんだよ。おっさんも自覚して餌をやってるんだぜ?」


 よもや、その餌に食いついて釣り上げられた者が息子だったのは、シダキの誤算だったことだろう。


「そんな、デタラメを……」

「デタラメなんかじゃないさ。そうだろ、おっさん?」

「まぁ間違ってはいないかな。それが全てではないが」


 バッカスが呼びかけると、シムワーンの背後から急にシダキが姿を現した。


「え? 父上? いつの間に……!?」

「シムワーン。父ではなく騎士として、お前の元にやってきたぞ」

「……どういう意味だ?」

「…………」


 シムワーンの問いかけにシダキは答えない。

 だが、その沈黙の意味をシムワーンは正確読みとった。


 その事実に驚きながらも、シムワーンは冷静だった。


「クソ! こうなったら……!」


 魔剣に魔力を込める。

 出力を高め、一気に女性たちの自由意志を奪って何らかの命令をするつもりなのだろう。


 しかし――


「ブーディ! コナ! やれッ!」


 バッカスが二人の女性の名前を呼ぶと、二人の声が唱和した。


「光よ!!」


 二人が操られた女性たちの間を縫いながら、剣を振るっていく。


「終わりだよ、シムワーン」


 ブーディとコナに切られて倒れていく女性たちを見ながら戸惑うシムワーン。

 彼を見据えたバッカスは、拳を握って一歩踏み出す。


 その時だ――


「総員ッ、警戒――……ッ!!」

「お前らッ、何が来ても死ぬ気で避けろよッ!!」


 イスラディカとストレイの叫び声が響きわたる。


「バッカスッ!!」

「ブーディ!!」

「コナ!!」


 同時に、こちらの様子を伺っていた周囲の何でも屋や騎士たちが、様々な名前を口にする。

 自分たちや、倒れている女性たちの名前だろう。


 その直後、途方もない悪寒を感じてバッカスは混縫合の屍剣獣に視線を向けた。


 すると、混縫合の屍剣獣の継ぎ接ぎ部分の全てが淀んだ虹色に輝いていた。


 何が起きるのかわからない。

 だが、嫌な予感だけは肥大化していく。


 ある種の直感に近いものだが、バッカスは自分のその直感を信じて、全力で魔力帯を展開する。


「GuOoooooooo!!」


 混縫合の屍剣獣が叫び声をあげると、光る継ぎ接ぎ部分から、空へ向かって閃光が伸びる。


 そして――


「マジかよ……!」


 虹色の光は空で無数の刃となった。

 戦場を覆うほどの広範囲。その上空に、無数の刃が制止している。


 次に何が起きるかなど、誰もが容易に想像ができた。


 魔術士たちは慌てて、空に手を掲げながら自分が使える最大の防御術式を刻んだ魔力帯を広範囲に広げていく。


「Gyaaaaaaaaoooon!!」


 耳障りな絶叫を混縫合の屍剣獣があげると、戦場に呪われた刃の雨が降り注いだ。


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