騎士と魔剣と、大乱闘 5


 ゾンビの集団が森から出てくる。

 そんな中、バッカスの視界に、剣の刺さってないゾンビがいるように見えた。


 皮膚が紫色に変化しているゾンビだ。

 他にも同じように紫色に変色した魔獣たちの姿もある。


 それらがゾンビたちと同じように、フラフラと進軍していきている。


「バッカスさん、剣の生えてないゾンビがいません?」


 いつの間にか横に来ていたシュルクの言葉に、バッカスは現実と認めたくないが素直にうなずく。


「……俺にも、いるのが見えるな……」


 しかも、刃探知の魔導具に引っかからない。

 それどころか、実体としての気配も薄い感じだ。


「恐らくは、池に増えていた紫色の気持ち悪いオタマジャクシだろうな」


 以前戦った紫バルーンはちゃんと気配があったことを思うと、ゾンビを食べて形を得ている奴らは気配が小さいのかもしれない。

 周囲を軽く見回せば、その気配の薄さを訝しんでる者たちも多いので、警告などはいちいちする必要は無さそうだが。


「あのオタマジャクシは喰ったモンを文字通り自分の血肉にする。本来は人間やシカ……いや小さめのネズミすら、噛みつくのが精一杯だろうけどな」

「餌がゾンビ化しているのであれば、その限りではない……と」

「ああ」


 バッカスはうなずいてから、シュルクに訊ねる。


「オタマジャクシの対処法は分かってるか?」

「肥大化したガワを倒した後で出てくる核となっている部分を潰す、ですよね」

「分かってるならいい。喰われるなよ?」

「もちろん」


 うなずき、シュルクは小さく敬礼してイスラデュカの元へと駆けていく。


 それを見送ることなく周囲を見回すと、バッカスはユウの姿を見つけて声を掛ける。


「ユウ」

「バッカスさん? どうしたの?」


 相変わらず喋らず黙って立っている姿は美少女だ。これで成人男性だというのだから、世の中というのはわからない。


「紫色のゾンビ、見えるな?」

「気配の薄いのでしょ? 見えるけど、アレ何?」

「正体不明の紫色のバルーンに関するレポートは?」

「読んだ」

「バルーンを捕食せず、ゾンビを食って成長したソレだ」


 一瞬キョトンとするユウだったが、理解が及んだ瞬間に、吐き出すようにうめく。


「最悪」

「同感だよ。

 お前に、このコトに関するストレイとロックへの報告を頼みたい」

「頼まれた!」


 即座に動き出したユウに安堵しつつ、迫るゾンビへと視線を向ける。

 その時――


「第二隊、魔術、構え!」


 第二隊の魔術を使える騎士たちが魔力帯を展開する。

 それに気づいた何でも屋たちも動いた。


「こっちもやるぞ! 魔術が使える奴は構えろッ!

 騎士様たちがぶっ放したあと、生き延びた奴に追撃を仕掛けるッ!」


 ストレイの声が響き、彼が魔力帯を展開して見せれば、魔術を使える何でも屋たちも各々で魔力帯を展開しはじめる。


「第二隊、撃てッ!」


 イスラデュカの命令が飛ぶと、魔術を構えていた騎士たちが一斉に魔術を放つ。


 呪文の名前はそれぞれに違えど、使われたのは赤の神への祈りと、衝撃に関する術式というシンプルなものだった。

 効果は掲げた手の先から、熱衝撃波を撃ち出すという、術式通りのシンプルな効果を持つ。


 攻撃魔術の中で、もっともシンプルな術式でもあり、見習いが攻撃魔術を構築する練習にも使われるような術式だ。


 だが、単純だから弱いというモノではない。研鑽を積めば十分に必殺の威力を持ちうる魔術である。


 それを訓練した騎士たちが一斉に撃ち出す。

 放たれた熱衝撃波は、突き刺さった場所を中心に炸裂し、爆発。熱衝撃波の直撃を受けたゾンビだけでなく、その爆発や余波によって、爆心地の周囲にいるゾンビたちも薙ぎ払う。


 爆発こそするものの、よほど燃えやすいモノが近くにない限り引火しづらいという利点もある使い勝手の良い術だ。


 そして、騎士たちの様子を見ながら魔力帯を展開していた何でも屋たちも、同じようにシンプルな術式を刻み込んでいく。


 騎士たちの魔術によって舞い上がった爆煙。

 それが晴れ、倒れたゾンビを乗り越えながら進んでいくゾンビへ向けて、ストレイが魔術を放つ。


「縦の一、横の一、赤の衝撃ッ!」


 続くように、他の何でも屋たちも同様の魔術を放っていく。


 雨やあられを思わすように降り注ぐ熱衝撃波の中――


「まぁ、いるわな」


 ――二刀流の剣士が、それを潜り抜けながら姿を見せる。

 そのゾンビはバッカスと目が合うなり、彼を敵と認識したようだ。


「理性あるゾンビとお見受けするが……」


 まるで忍者を思わせる動きで熱衝撃波の弾幕を抜けてくる。

 前屈みになって走るゾンビは、そのニ刀の剣を持ってバッカスに迫る。


 肉薄するゾンビを見据えながらバッカスは軽い足取りで踏み出した。


瞬抜刃しゅんばつじん葬煌閃ソウコウセン


 そして迫り来る二刀流ゾンビの横を、軽い調子のまますれ違う。

 次の瞬間、虹色に光る斬線が僅かに煌めいたかと思えば、その刃はすでに鞘へと戻っている。


「いちいち相手にしてやれないから、とっととお還り頂きたい」


 両肩と、刃が刺さっている方の足の太股を切り落とされ、二刀ゾンビは倒れ伏した。

 今の技に反応できなかったのを見るに、大した使い手ではなかったのだろう。

 面倒がないのはラクでいい。


「第二隊、第二射、撃てぇぇッ!!」

「オレたちも第二射を撃つぞぉぉぉッ!!」


 可能な限り数を減らす。

 第二隊としても何でも屋としても同じなのだろう。


 すり抜けてくるような理性あるゾンビは、バッカスを中心に白兵戦の出来る腕利きが担当する。


 抜けてくる理性あるゾンビの能力はピンキリながら、弾幕を抜けるのに無茶でもしているのか、ある程度のダメージを負っている個体が多いので、比較的倒しやすいのは救いだ。


(魔術士たちの魔力が尽きない限りはこの布陣でイケるだろうが、親玉が出てきたらどうなるコトやら……)


 刃探知の魔導具に表示されるくらいには近づいてきている混縫合こんほうごう屍剣獣しけんじゅうのことを考えながら、バッカスは弾幕を抜けてきたゾンビを切り捨てる。


 倒れたゾンビを一瞥もせず、ゾンビの群れの方へと視線を向けていると――


「お前ッ、お前さえいなければ……!」

「おっと」


 背後から、第一隊の騎士の一人が切りかかってきた。

 それを余裕を持って躱しながら、バッカスは冷めた目線をそれに向ける。


「さっき魔剣を欲しがったバカか」

「お前ッ、お前がッ! お前の後ろ盾に報告、できなければ……! まだ、自分にもッ!」

「チャンスなんざもうねぇよ」


 毒づくように告げて、バッカスは大きく回し蹴りを放った。

 金属が仕込まれたブーツのカカトが、騎士のこめかみを捕らえる。

 バッカスはその足を勢いのまま振り抜くと、第二隊のイスラデュカの近くまで吹き飛ばす。


 転がってくる第一隊の騎士を見て、一瞬ギョッとしてからイスラデュカは目を眇めてこちらを見た。


「バッカス殿?」

「ゴミのポイ捨てしない主義なんだ。

 ゾンビの餌になられても環境問題になりそうだしな」


 イスラデュカはバッカスの言わんとしていることを理解して、こめかみを押さえる。


「よもやそこまでとは」

「デュカ、そいつは俺が縛っておく」

「お願いします」


 横で聞いていたシュルクが素早く、ゴミを簀巻きにした。

 だが、その表情は渋面だ。


 丁寧に猿ぐつわまで噛ませた上で、シュルクは立ち上がってバッカスに謝罪する。


「バッカスさん、迷惑をお掛けした」

「俺にだけ掛かるなら構わないんだがな」


 第二隊は悪くないから気にするなと手で示してから、第一隊の連中が固まっている方へと視線を向けた。


 よもやこの状況で、前線で戦っている者の背後から切りかかるバカが出てくるなど、シュルクやイスラデュカからすれば理解不能の事態である。


「前門のゾンビ、後門のバカ騎士だな」

「まだ後方に門はできていないのでは?」

「今後もできないと思うか?」


 シュルクのツッコミにバッカスが聞き返すと、彼は困ったような顔をする。

 彼とて、それが現実になりかけていることは理解しているのだろう。


「部下がバカだろうと、制御できなきゃ上司の責任だ。ましてや今回の第一隊の隊員を集めたのは隊長本人だしな。

 もっともその上司は恐らく責任を放棄して、自分だけが助かる方法を考えているだろうがよ」


 言いながらバッカスは、探知の魔導具を見る。

 同じようにイスラデュカが自分の手元にある同じモノを見ると、即座に声を張り上げた。


「第三射はまだ撃つなッ! 様子を見、また大群が来るのを確認してから撃つ」


 その声を聞いて、ストレイも声を張り上げる。


「オレたちも一旦休むぞ! すぐに次が来るから、魔力が厳しい魔術士たちは魔力回復の薬でも飲んでおけッ!」


 何でも屋同士の連携も悪くない。

 そして何でも屋と騎士の連携も同様だ。


 完全に足並みが揃わないにしても、お互いの足を引っ張り合うような動きはなさそうである。


 だからこそ余計に、第一隊の浅はかさが際だってしまう。


「シムワーンは確実に女を狙ってくる。

 第二隊の紅一点のコト、気に掛けておけよ」


 シュルクにそう告げると、彼は部下の優秀さを誇るように返す。


「それに関しては、その女性騎士――コナ自身が、対策を思いつき実行しています。個人的には悪くない手段だと思いますよ」

「常時発動で針を作ったままポケットに入れてるのか?」

「よく分かりましたね」


 あの刃が肉体に触れれば解呪は発動する。

 完全に消せずとも、呪いに飲み込まれ切らないのであれば改めて自分を切ればいい。


 コナといいブーディといい、なかなか無茶なことを考えたものである。


「悪くない手だが、裏をかかれる可能性はゼロじゃあない。過信させすぎるなよ?」

「もちろん」


 うなずくシュルクに、バッカスはいつものシニカルな笑みを浮かべてから、背後を一瞥する。


 目の前の森からはただでさえ面倒な敵が近づいてきているというのに、背後にいる第一隊を気に掛けなければならない状態に、大きく嘆息するのだった。



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