騎士と魔剣と、大乱闘 4
「ストレイ、ロック! そろそろ来るぞッ!」
刃の呪いを関知する魔導具をのぞき込み、大量のゾンビが入り口付近まで来ているのを見、バッカスは叫ぶ。
「ヌシは?」
「恐らくいる」
ロックの質問に、バッカスは端的に答える。
まだ魔導具の探知の外ではあるが、ゾンビたちの動きが明らかにこれまでと違う。
組織的な動きにも見えるし、何かを守りながら進軍する軍隊のようでもある。
ゆえに、バッカスはいると答えた。
バッカスの答えを聞き、ロックとストレイは顔を見合わせてから、周囲の何でも屋たちに声をかけ始めた。
指示ではなく、あくまでも声掛けである。
一応、こう動いて欲しい程度のことは口にするが、指示や命令に聞こえるような言い方をすると、上から目線がウザイとか命令するなとかヘソを曲げる何でも屋が少なくない為の対応である。
そのあたりの対応はストレイとロックに任せつつ、バッカスは森へと近づいていく。
背後でバッカスを示して喚いている活きの良いのがいるようだが、バッカスは無視だ。
何となくだが、余所から来ている金級のパーティが、活きの良いのを宥めてくれているようだ。
ロックやストレイに協力してくれるのであれば、それはそれで助かる。
「…………」
森の入り口を見据えながら、バッカスは魔力帯を広げる。
入り口を中心に左右に広く展開したそれは、一般的な魔術士が広げることのできる魔力帯の平均的な範囲と比較すると三倍以上はあるだろう。
そのあまりにも広範囲な展開に、背後の何でも屋たちの中でも魔術の使える者たちは唖然としていた。
そんな背後のことなど気にせず、バッカスは森の入り口を見据える。
バッカスはあくまでも自分の正面に魔力帯を展開している。背後には展開していないので、飛び出してくる騎士たちはこちらの意図を掴んでくれるはずだ。
(……来たな)
第二隊の斥候と思われる隊員が先頭で飛び出してくる。
「バッカスさん!?」
こちらに気づいた彼に、バッカスは親指で背後を示す。
その意味に気づいた隊員はうなずいてから、背後に向けて告げる。
「森の入り口にバッカスさんがいますッ!
森を飛び出したら素早く彼の背後へ急いでくださいッ!」
「もう一踏ん張りだッ! 全員急げッ!!」
先頭の彼の言葉を聞いて、シュルクが大声が響く。
直後に、森の中から騎士たちが飛び出してきた。
「なんて規模の魔力帯……」
「感心している暇があったら急げッ!」
「何なんだあの男は!」
「気にしている暇があったら急げって言ってるだろッ!」
どうやら第一隊も混ざっているようだ。
バッカスを見、見下したように何かを喚くがすぐさま第二隊の面々に黙らされる。
「バッカス殿ッ、全員待避完了ですッ!」
喚きながらも隊員たちはバッカスの横を抜けていき、そしてイスラデュカが声を上げた。
それを聞き、バッカスは両手を森の入り口に向けて掲げる。
祈るは白の神。眷属ではなく、白の神だ。
刻む術式は清浄。消去。浄化。天罰。
大本となるのは、雑木林でクリスが見せてくれた彼女の奥義だ。
それをバッカスなりにアレンジして、準備をしている。
クリスのそれは、
「あれだけの広域を覆いながらも、なんて複雑精緻な術式を組み上げ刻んでいくんだ……」
誰かが驚いたような声を漏らしている。
だが、深く集中しているバッカスはその言葉が耳には届かない。
そして、森から無数のゾンビが姿を見せた。
それらは動きを止めずに、こちらへと向けて溢れ出るように迫ってくる。
しかし、バッカスは慌てることなく、術式へと魔力を流し、魔力を込めた言葉で、発動の為の呪文を口にした。
「白に見放されし者、告別の果ての世界を仰げッ!」
瞬間――眩い光とともに、森の入り口へ向けて強風が吹き荒れる。
その勢いにゾンビたちは吹き飛ばされると同時に、身体に刺さっていた剣が抜け落ちていく。
森から姿を現してバッカスに迫る大量のゾンビたちが、剣を失い崩れ落ちるのを見、バッカスは大きく息を吐いた。
想定以上に、魔力を消費した。
魔術行使による大きな疲労感など最近はあまり感じていなかったので、新鮮な感覚だ。
「ふぅ……思いつきで組み上げては見たが、少しばかり疲れたな」
もちろん、これで終わるとは思っていない。
だが、多少は数を減らせたはずだ。
刃の探知の魔導具を確認すると、第二波が来るには少し時間がありそうだ。
なにより、ゾンビたちの歩みは遅い。
ワニがどれだけの速度を出せるか分からないが、周囲のゾンビと移動速度を揃えているのか、探知の魔導具に反応の外だ。
この稼げた時間の間に、出来るだけ情報収集をしておきたい。
バッカスは振り返り、イスラデュカの姿を確認すると彼に訊ねた。
「何があった?」
「実は――」
その説明をしている途中、「自分じゃなくてデュカに聞くのか」と少しだけシュルクが口を尖らせていたが、完全に余談である。
「木に刺さっていた刃に、木の実の中の破片ね……。
そりゃあ第一隊のやらかし――とはまでは言えねぇか」
「はい。迂闊ではありますが、想定しろというのも難しいでしょう」
バッカスも想定していなかった理由でのゾンビ化だ。
そして、ゾンビ化した隊員たちが第一隊をミュアーズ池まで誘導したというのも恐ろしい話である。
「ヌシは?」
「動きは遅いですが、明らかに我々を追いかけてきていました」
「まだ探知の範囲外だが、出てくると思うか?」
「間違いなく」
イスラデュカが力強くうなずくを見、バッカスもそれにうなずき返した。
「何でも屋たちへ情報を渡してくる。森の入り口の見張りを頼む」
「はい」
思っていた以上に、
あるいは、理性あるゾンビの中に、頭の回るやつがいるのか。
「ストレイ」
「バッカス。騎士たちから何か聞いたか?」
「ああ。それを報告しに来た」
バッカスは手早くストレイに報告すると、ストレイも苦い顔をする。
「もしかしたら、森の外で戦うコトになるのは不幸中の幸いかもな」
「同感だ。ゾンビ化した樹木なんざ、戦いながら意識しきれる気がしないしな」
それから、魔剣使いも戻ってきていることをストレイに告げる。
「女たちのコトはそれとなく見ておく」
「そうしてくれ」
「バッカスはどうする?」
「第二隊とはそれなりに話ができる。
騎士寄りのところに立って、何でも屋との仲立ちでもするさ」
「頼んだ」
「それと、第一隊の連中のイチャモンは無視しろ。あまりにしつこいようなら殴って黙らせた上で、俺か第二隊の隊長か副隊長に報告してくれればいい」
「殴っていいのか?」
「ストレイ。無能な上官って、なぜか戦場で戦死しやすいって知ってるか?」
バッカスからの突然の問いに、ストレイは目を
「意図的な事故は事故死っていうのか? って話に聞こえるな」
「事故でいいんだよ。無能な上官の部下になった時点で大事故だ。戦死してくれるならそれに越したコトはない」
大袈裟に肩を竦めてみせるバッカスに、ストレイも肩を竦め返して嘆息する。
「騎士ってのも大変な仕事なんだな」
「大変なんだよ。だからまともな騎士のコトは嫌いにならないでやってくれ」
「つまり第二隊はまともってコトか。共有しておくよ」
「そうしてやってくれ」
何でも屋の全員が無理でも、これで第二隊に対して不必要にかみつく何でも屋も減ることだろう。
正しくは、減ってくれると嬉しい――かもしれないが。
「それとストレイ。
さっきの魔術はあれっきりだ。消耗が大きすぎて、短時間で二発目は撃てない」
「だろうよ。
あの規模の奴をぶっぱなしておいて、まだまだ余裕がある時点で大概だ」
何故かストレイは呆れた顔をしてから、バッカスに軽く手を振って離れていく。
真っ直ぐにカレーをごちそうしてやった余所の金級パーティのところへ向かった。バッカスから得た情報を共有しにいったのだろう。
「あのパーティのメンツの名前、聞いておけば良かったかもな」
カレーを振る舞ったからかは分からないが、ストレイやロックの手の回らないところをフォローしてくれているようだ。
ホームグラウンドは違えど、やはり金級を背負うだけのことはあるのだろう。
バッカスは腕輪から
敵がどれだけの数いるかは分からないが、第二波以降は、ヌシが姿を見せるまでにどれだけ数を減らせるかに掛かってくる。
本命が背後に控えている以上、暴れすぎて消耗しすぎるワケにもいかない。
「お前、それ魔剣だな? かなりの業物とみた!
このオレが使ってこそ輝く剣のはずだ! 寄越すがいい!」
森の入り口を見据えながら思案しているバッカスへ、何かが話しかけてくるが、気にせずに思考を続ける。
「おい! 薄汚い何でも屋風情が持っていて良い剣ではないと言っているんだ! いいからとっととオレに寄越すがいい!」
横で喚いている騎士っぽい姿をした何かに機嫌を損ねたバッカスは、視線を動かさずに
「ごぶぁッ!?」
たまらず尻餅をつく騎士っぽい何かを見下しながら、ドスを聞かせた声で告げる。
「ごちゃごちゃとうるせぇなぁ」
「へ、平民の分際で……貴族であるオレを殴るなど……!」
バッカスがそれを一瞥すると、いかにも傲慢なだけのクソガキ貴族と思わしき騎士っぽい姿の生き物が喚いていた。
「貴族としての責任と立場を理解せず好き勝手やってるグズ如きが貴族みたいな振る舞いしてるんじゃねぇぞ?」
「せ、責任を果たすために剣を寄越せと……!」
「その言動の時点でロクに責任を果たす気がないのだけは分かったよ」
この手の輩は、学生時代に散々見てきたし、関わってきた。
バッカスがどれだけ大人しくしていようと、平民であるという理由だけで見下してケンカを売ってくるのだ。
なので対処法は心得ている。
暴力と恐怖で萎縮させた上で、現実を突きつけてやるに限る。
バッカスには逆らえないと魂の奥底に刻みつけてやるのが手っ取り早い。
「場を荒らして逃げ帰ってきた奴が何を言う。
挙げ句に、それぞれの作戦を邪魔しあわないように、戦う為の布陣を敷き始めている何でも屋と第二隊を、邪魔するようなコトしてるじゃねぇか」
「お、お前はどっちにもつかずに前に出てるじゃないかッ!」
「俺は双方から許可を取って独自に動いているだけだ。
それに――俺はさる高貴なる筋からの指示で、討伐任務だけでなく騎士たちの監視も命じられているからな」
「え?」
加えて、貴族の立場を利用してケンカを売ってくるならば、バッカスもまた自分の後ろ盾などを利用するだけだ。
「俺は国のお歴々とも顔なじみでな?
最近、城下を離れるとダラける騎士が多くて困っていると、さる高貴な人が嘆いていた。
だから、今回の遠征で騎士の行いや振る舞いを俺が直接確認して、さる高貴なる人に報告する仕事を請け負ってるんだ」
「……は?」
「平民……特に何でも屋や職人なんかの中には、密かに上流貴族の方々と付き合いがあり、後ろ盾を得ている奴もいるんだって理解しておいた方がいいぜ?」
痛みとは別に冷や汗を流し始めた男を見下ろしながら、バッカスはダメ押しとばかりに訊ねる。
「ところで、アンタの所属と名前を伺ってもいいかい?」
瞬間、騎士っぽい男は慌てて立ち上がり、情けない走り方でバッカスから離れていく。
それを目で追っていれば、シムワーンのところへと向かっていったので、答えは明白だ。
「やっぱロクな奴がいないよな。第一隊は」
独りごちて、森へと視線を向けなおそうとした時だ。
「おっと。こっちを睨んでもどうにもならんぜ、シムワーン」
シムワーンがバッカスを睨んでいる。
バッカスはシムワーンとも面識があるので、茶目っ気たっぷりにウィンクを返してやることにした。
そのついでに、軽く彼を観察する。
彼が手にしている妖しい色の剣が、件の魔剣だろうか。
ともあれ、ウィンクを受けたシムワーンは何故か目をつり上げ顔を真っ赤にしているが、バッカスは気にせずに森へと視線を戻す。
シムワーンを締め上げたいところだが、すぐに次が来るので保留だ。
「さてと、そろそろ第二波の先頭がお目見えになりそうだな」
乱戦になる可能性が高い。
間に挟まる第一隊のお邪魔度は未知数だ。
別の意味で油断ならないが――
「まぁ、心配しすぎても仕方がないよな」
バッカスは小さく息を吐き、魔導具を確認する。
それから周囲に聞こえるような大声を上げた。
「第二波の先頭が顔を見せるぞッ!」
何でも屋たちと第二隊は即座に戦闘に向けて構えるが、第一隊の動きはノロい。
(本気で使えねぇ連中だな)
そんな感想を抱きながら、バッカスもまた気持ちを戦闘モードへと切り替えるのだった。
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