騎士と魔剣と、大乱闘 3


(ミュアーズ池からここまで距離はある。すぐに姿を見せたりはしないと思うが……)


 バッカスは収まりつつある土煙を眺めながら、思考を巡らせる。


(第二隊がヘマをしたとは思えない。

 となると、第一隊がやらかしたか? あるいは、討伐隊は無関係に、何らかの準備を終えたヌシが動き出したといったところだろうな)


 森の中にいる討伐隊たちは、たとえ土煙と無関係であっても動かないワケがないだろう。


(第二隊は様子を見ながらも、最終的には撤退を選ぶ可能性が高い。

 第一隊はやらかした場合ならそのまま逃げるだろうし、無関係だったとしても土煙の震源地を見に行って逃げ出す可能性が高い。

 ……となると、撤退中に第二隊と遭遇しうるか?

 遭遇した時――シュルクの性格を思えば、見捨てないから一緒に来るだろう)


 その時に、あの女騎士に掛けた呪いが解けていることにシムワーンは気づくだろう。


(まぁこれまでのなにも考えてなさそうな振る舞いを思うに、もう一回呪いを掛ければいいや――くらいにしか考えなさそうだが……)


 だが再度呪いを掛けてなにをしようとするのか――くらいは推察しておいた方がいいだろう。


(……っても、町にジャガ芋運び込んでたコトを思えば、洗脳した女に爆弾芋でも持たせて人間爆弾ぐらいの杜撰な考えだろうけどな)


 バッカスが集めた情報からして、シムワーンは自分の都合のよい方向でしか物事を考えてなさそうな雰囲気があった。

 となれば、それでヌシを倒せれば自分は英雄になれるなどと無駄なことを考えていることだろう。


(英雄ってのはなるモンじゃなくて、無理矢理してたてあげられるモンなんだけどな)


 仮に魔王が現れそれを倒したとしても、倒した者を勇者や英雄として扱うかどうかは、世界の情勢と状況次第としかいいようがない。

 英雄やら勇者やらというのは、この世界においてはそのくらいに曖昧な存在だ。


(ロックやストレイには楔剥がしエグベウ・ラボメルをいつでも使えるように声を掛けておくか)


 そう思って周囲を見回すと、すぐ近くまで来ていたロックと目があった。

 そして、こちらから声を掛けるより先に、話しかけてくる。


混縫合ルオハグ・の屍剣獣ネシエルプスが動いているのか?」


 それに、バッカスがうなずいた。


「だろうな。バカが眠れるワニを起こしたのか、それとも単純にワニがおはようする時間になったのか――までは分からないが」


 どっちにしろ、混縫合の屍剣獣が動き出したというのであれば、決着は今日中に着く可能性もあった。


「ストレイはどこだ?」

「いるぞ」


 ロックに訊ねると、答えたのはストレイ本人だ。


「何か用か?」

「用ってほどじゃあないが、恐らく魔剣使いの騎士が汚名返上の為に、躍起になって魔剣を使いそうだな――と思ってな」


 バッカスの言葉の意味を正確に理解したストレイは小さく笑った。

 言葉回しは些かややこしいが、バッカスの根っこ部分ではブーディの心配をしているのだ。


「ブーディなら大丈夫だ。少し魔力を喰うが、楔剥がしを利用した防御方法を編み出してたぞ。

 まぁ楔剥がしそのものへの負担が大きいから、壊れちまうかもしれないが」

「小さい針みたいな刃を出しっぱにしてポケットにでもいれておくのか?」

「正解。負担とかはどうなんだ?」

「常時出しっぱは使用者の魔力もそうだし、魔剣にも負担は掛かるが――まぁそこは別にいいさ。道具である以上はいずれ壊れる。

 大事なのはどう使われたのか、どうして壊れたのか、だ。道具としての本分を全うしてくれるなら、それはそれで構わない。

 ま、ブーディの魔力切れだけは気をつけてくれ」


 懸念が晴れるならそれで良いと告げて、バッカスは森を見る。


「ストレイ、ロック。

 討伐隊と混縫合の屍剣獣が森から出てくるまで恐らくまだ少し時間がある。

 剣付きゾンビバッツ・デッドロウズについてと、対処法の確認をほかの連中にもしておいて貰えるか?」


 特に隣の領地から足を延ばして参加している何でも屋たちとは、改めて情報をすりあわせておいた方がいいだろう。


「話を聞かない奴は?」

「五彩に還りたがってる奴は、勝手に還らせとけ。

 ゾンビとして彷徨さまようなら、ゾンビとして土に還すだけだ」


 バッカスは容赦なく切り捨てるようなことを口にするが、訊ねたロックはもとより、ストレイも同感である。


「言うコトを聞かない奴の面倒なんざ見たくないし、情報の重要性を理解しない奴の介護なんざしても時間の無駄だからな。

 バカに手間かけてるうちに、自分が怪我したりしたら目も当てられんだろ」

「そりゃあな」

「同感だ」


 何でも屋は便利に扱われている一方で、我が侭な無法者として遠巻きにされることも少なくない。

 クセの強い連中をまとめ上げるなんて不可能である以上、情報を交換するにとどめ、各自で独自判断させるしかない。


「んじゃあ、ちょっとこの町の何でも屋代表として挨拶周りしてくるか」

「だな。手分けしよう、ストレイ」

「おう」

「がんばれよ~」

「バッカスめ、気楽に言いやがって」

「あきらめろロック。実際バッカスは気楽なんだろうよ」


 ぶつぶつ言いながら去っていく二人を見ながら、バッカスは息を吐く。


 何でも屋というのは、友人同士やパーティ内での連携くらいしか、誰かと動くことを想定していない。

 騎士のように誰とでも足並みそろえてなんて動きは不可能に近いのである。


 だからこそ、雑多に集められた大人数で仕事を行う場合において、情報共有の重要性というのは騎士以上に必要だ。


 共に戦場にいるパーティの戦力はどうか。

 自分たちが戦う敵はどのような相手なのか。


 その情報を元に、自分がどう動き、どう貢献していくのかを組み立てていく。


(前世のオンラインゲームの、連立パーティ限定ボスとか思い出すよな)


 前世のバッカスが遊んでいたゲームでは、その場で、複数のパーティと一時的に連立し、大パーティを組まされて挑むこととなる強敵イベントがあった。


 フレンド同士で大パーティを作ることも可能だったが、基本ソロプレイ好きだったバッカスは、同じような少人数プレイヤーたちとランダムで大パーティを組むシステムを利用して挑むことが多かった。


 そういう時はボスの行動や弱点、自分の手持ちの能力で出来ること出来ないことを判断し、どうすればその時の大パーティで貢献できるかを素早く組み立てていく必要があるのだ。


(今はそれに近いコトが現実で起きてるんだよな……不思議なモンだ)


 共に戦う仲間は何が出来て何が出来ないのか。

 その全貌を把握する必要はないが、触りくらいの情報は大事だ。


 前衛、中衛、後衛、斥候……個人単位であれパーティ単位であれ、得意なポジションや、戦闘スタイルなどくらいは言ってくれた方が連携はとりやすい。当たり前な話ではあるのだが。


「一匹狼気取った自殺願望にオレたちを巻き込むな。

 やらなきゃならんコトを理解できてないなら、今すぐ帰れ。邪魔だ」


 不機嫌なストレイの声が聞こえてくる。


「やっぱ今回もいるのか、そういう奴」


 時々いるのだ。

 お前たちとなれ合う気はない――などという一匹狼気取ったバカが。

 じゃあ何で大パーティ組むような場に参加しているのかと、バッカスは問いたくなったものである。


 例え一匹狼を気取ろうとも、この場にいるなら最低限の連携は必要だ。

 だからこそ、最低限の情報は周囲に提供するべきである。


 別に切り札を教えろなどとは誰も言わない。

 得意な武器や、好んで使う魔術の属性などの情報を出せばいいだけなのに、なぜか格好をつけて情報を秘匿し足並みを乱す。


 これでそれなりの実力があればまだマシな方で、この世界であっても前世のゲームの時であっても、だいたいはそれなりの戦闘レベルと素人よりマシレベルの知識しか持ち合わせていないことが多い。

 そんなやつが秘匿できる切り札なんぞ持っているワケがないし、持っていたとしても役に立たない。


 ぶっちゃけると弱い。

 一匹狼を気取りすぎて情報交換とかやってこなかったせいで、知識が浅いことが多いのである。


(完全に偏見だって自覚はあるが、一匹狼ってマジで孤高を求めてる奴以外は、コミュ症のカッコ良さげな言い回しってだけだよな)


 本とかで勉強していればマシな方で、それすら面倒くさがっている奴がプライドだけ高い一匹狼を気取っていることの多いこと多いこと。


「ストレイは変な奴と遭遇してるみたいだなぁ」

「なんだ、ロック戻ったのか?」

「バッカスにカレーをごちそうになってた連中は、話が通じる奴が多くてね。理解力もあったし、挨拶の意図もちゃんと理解してくれたから。

 騎士にいる魔剣使いのコトも少しだけ教えておいた」

「別に俺にそんなコト報告する必要はないぞ?」

「何となくだよ。そういうところ、バッカスが気にかけてそうだろうしね」


 ロックの言葉にバッカスは肩を竦める。

 見抜かれていることが、少しだけ照れくさい。表には出さないが。


「バッカス。ミュアーズ池のツギハギワニ……勝てそうか?」

「さぁな。正直、わからん。

 最悪はクリスだけじゃなく、魔術学校で教師をしているメシューガの手も必要になるかもな」

「三人掛かりでも倒せるならそれでいんだけどさぁ……」

「万が一の場合は、この状況を近場で静観してる翠夜すいやの騎士様も手を貸してくれるとは思うが……」

「なんで静観しているかは聞かないけど、その人が手を出す事態になったら相当マズいんだろ?」

「四人で掛かって勝てないってんなら、尻尾を巻いて逃げるしかないな」

「尻尾を巻いてる時間があればいいけど」

「尻尾を巻いてる時間が無いなら、死ぬかゾンビにされるかのニ択だな」

「ヤなニ択だなぁ」


 とはいえ、ロックとてその時はそうなるだろうという予想くらいはできている。


「結局は、混縫合ルオハグ・の屍剣獣ネシエルプスの強さあるいは厄介さ次第ってコトだよ」

「いつから住み着いたんだか知らないけど、面倒な魔獣もいたもんだ」

「全くだ」


 嘆息混じりに同意しながら、一方でバッカスは少しだけ違うことを考えていた。


(住み着いたというよりも、棄てられたんだろうな。

 魔剣から生まれたのか、魔剣を利用して作られたんだかまでは分からんが)


 本当に、なんで見ず知らずの魔剣技師の尻拭いをさせられているのだろうか――そんなことを思いながら、バッカスはぼんやりと空を見上げるのだった。


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