騒動と、祭りのあと


 祭りの日、日が暮れはじめた頃。

 バッカスは自宅のリビングでグラスを傾けていた。


 祭りはまだ続いている。

 ただ、芋煮は売り切れたのでバッカスの役割が終わっただけだ。

 本当は片づけもするつもりだったのだが、祭りの主導がバッカスであると知った人たちから、片づけはこちらに任せてお前も祭りを楽しめと、広場から追い出されてしまったのである。


 とはいえ、食べ歩きなどをする気分でもなかったので、酒屋で良さげな酒をいくつか買って、家へと戻ってきて一人で飲んでいるのだ。


 祭りの喧噪をどこか遠くに感じながら、夕暮れに染まる町を窓から眺めて飲む酒も悪くはない。


 酒屋で買ったウイスキーに似た酒、イクシィーウを丸い氷の入ったグラスに注ぎ、ロックでゆっくりと楽しむ。


 肴はシンプルにナッツだ。

 ドノーモラという、前世のアーモンドを思い出す味のナッツを乾燥させたモノである。

 これはそのままでも美味しいのだが、今回は塩と胡椒、そしてスマトマ油を少量掛け、グリルスペースで軽く焼いたモノを食べている。


 これは前世で、酒好きな知人に教えて貰ったレシピ――そちらはオリーブオイルだったが――で、ウイスキーが進む味だと言っていた。

 前世のバッカスは酒に弱く、ウイスキーが飲めなかったので、試すことはできなかったが今ならそれがよく分かる。


「なるほど、こいつは良い」


 ドノーモラを摘んで口に運ぶ。


 カリカリという歯ごたえは言うまでもなく。

 強めに振った塩と、力強い胡椒の味は単純にあとを引く。

 そこにスマトマ油の風味も合わさり、ドライや素焼きのドノーモラを食べるよりも、格段に美味しい。


 そこへ、イクシィーウを飲む。

 すると酒のスモーキーな香りと味わい深さが一層深まるようで非常に美味しく楽しい気分になってくる。


「こりゃあ……もっとスモーキーな奴をストレートでいった方が、より楽しめそうな肴だな」


 今、傾けているイクシィーウとて悪い品ではない。

 クセが無く飲みやすく、それでいて特有の香りや風味はしっかりある。


 これと肴が合わないわけではなく、むしろこれでも十分に美味しいのだが、そこはそれ。

 味の感想としては、もっとスモーキーなイクシィーウと合わせたいとなっただけだ。


 しかし、食べ始めは良かったが、食欲が増してくるとナッツだけでは物足りなくなってくる。


「確か、爆弾芋がまだ腕輪に残ってたか」


 全部使い切らず、こっそりと残しておいた。


 バッカスは席を立つと、それを蒸かす。

 さらに、蒸かした爆弾芋を荒くマッシュし、強めの塩と胡椒、少量のニンニクチルラーガレモン似の果実エノミルの汁を加えて、和える。


 軽く味見をし、小さくうなずいた。


「うし。ポテサラ完成っと」


 マヨネーズ味のオーソドックスなのも悪くはないのだが、芋の味が強い爆弾芋でやるなら、こちらの塩味だ。ニンニクチルラーガを強めに効かせてやれば肴としても悪くない。


 作ったポテトサラダを半分ほど皿に移し、テーブルまで持っていく。

 さて続きを飲もうと席についた時に気がついた。スプーンやフォークなどを用意し忘れている。


「まぁいいか」


 ポテトサラダを指で摘んで口に運ぶ。

 後を引くあっさり味のポテトサラダは、氷が溶け飲み口が軽くなり爽やかさを増したイクシィーウとの相性も良い。


「なんか、久々に静かに良い酒を飲めてるって感じだ」


 指についたポテトサラダを舐めとりながら、そんなことを独りごちていると、玄関からノックが聞こえてくる。


「バッカス、いる?」


 クリスの声だ。


「いるぞー。

 空いてるから勝手に入ってきてくれ」

「お邪魔するわね」


 小さく扉を開いて、クリスはゆっくりと入ってくる。


「独り酒のお邪魔しちゃったかしら?」

「いや。ただ静かに飲んでるだけだよ」


 そう答えてから、バッカスはクリスに訊ねる。


「イクシィーウ。飲めるか?」

「ええ。水割りでお願いしても?」

「あいよ」


 バッカスはクリスに席を勧めつつ、自分は席を立つ。

 クリス用のグラスと水を用意し、余っていたポテトサラダも皿に盛り、ついでにカトラリーを手にとって戻ってきた。


「おまちどうさん。

 そんな量はないが、摘みたきゃ肴も摘んでくれ」

「ええ、頂くわ」


 普段の彼女なら、スプーンで皿に乗っているポテトサラダを全部すくいとって食べてしまいそうだが、空気を読んだのか少量だけすくって口に運んだ。


「あ、美味しい」

「そいつは良かった」


 水割りの入ったグラスを両手で包むように持ち上げて、クピリと小さく飲むと、幸せそうな顔をする。


 なんともまぁ美味しそうに飲み食いする女である。


「そういや、なんか用でもあったのか?」

「んー……用ってほどでもないのだけれど」


 グラスをテーブルに置いて、改まるようにクリスは背筋を伸ばした。


「改めてお礼を言いに来たの。

 バッカスにとっては結果的にそうなっただけかもしれないけれど、色々と抱えてたモノを解消して貰ったから」


 窓から差し込む茜色の日差しに頬を染めながら、クリスは頭を下げた。


「ありがとうございました」

「それこそお前さんの言う通り、結果的にそうなっただけさ」

「それでも、よ」

「そうか」

「雨の日に介抱して貰ってから、お世話になりっぱなしだもの」

「主に食事でな」

「そうね。美味しいモノを色々とありがと」

「別れの挨拶か?」

「そう聞こえる?」

「違うのか?」

「ええ。単にお礼を言いに来ただけで深い理由は無いわよ」

「うーむ……雰囲気は完全に王都に帰るって流れだったぞ」

「バッカスが勝手にそう思っただけでしょうに」

「それもそうだが」


 何とも言えない気分を誤魔化すように、バッカスはドノーモアを摘んで口に運ぶ。


「それ、私も少し貰っても?」

「いいぞ。スプーンやフォークだと取りづらいだろうから、手で取ってくれ。汚れた手はこの布でも使ってくれ」


 テーブルの上に用意してある布巾をクリスの前に動かしてやる。

 彼女はそれにうなずきながら、ドノーモアを一つ摘んで口に運ぶ。


 カリカリと音を立ててドノーモアを食べる彼女の表情が緩む。

 そこに、水割りを傾けると、驚いたような顔をしてから、嬉しそうなモノに変わっていった。


「食べてからお酒を飲むと、お酒の味が変わって感じるわ……。

 これ、お酒をもっと楽しむための料理なのね」

「ああ」

「こういう楽しみ方もあるのね」

「お前の親父さんなんかと飲む時はこの手の料理が多いかな」

「お父様もお酒を飲むの好きだものね」


 会話はそこで止まってしまう。

 けれど、二人は気にすることなく。

 肴を一口摘み、グラスを傾ける――そんな行動をゆっくりと繰り返す。


 クリスがドノーモアを食べる音がカリカリと響く。

 バッカスのグラスの中の氷がカラリと音を立てる。


 祭りの喧噪は遠く、音の少ない静かな時間が、ゆったりと流れゆく。


 賑やかさから縁遠い時の中、クリスがちびりちびりと飲んでいた水割りが無くなった頃、ほう……と、酒精を含んだ熱っぽい吐息を幸せそうに漏らした。


「不思議……お喋りも何もしてないのに、ゆったりとお酒を飲むのが楽しいわ」

「そいつは何よりだ。賑やかなだけが酒宴じゃないからな。覚えておくと色んな楽しみ方ができる」

「そうなのね……」

「酒のおかわりはいるか?」

「頂くわ……そうね。ロックで、試してみようかしら」

「あいよ」


 バッカスは魔術で氷を作って、クリスのグラスに入れると、そこにイクシィーウを注ぐ。


「ゆっくりと氷を溶かしながら飲むといいぜ。

 少しずつ少しずつ、酒の表情と味が変わっていくからな」

「分かったわ。でも、最初はやっぱり濃く感じちゃうわね」

「そういう時は、口の中に風味や香りの余韻が残っているうちに、少し水を飲むといい。チェイサーって言ってな、酒精を洗い流すだけでなく、その酒の余韻を楽しむ為に水を飲むのさ」


 言われるがまま水を口に運び、クリスは驚いた顔を見せる。

 先に呑んだイクシィーウの風味と香りがふわりと口に中に広がって、水と一緒に気持ち良く流れていくのを感じる。


「余韻を楽しむって意味が分かったわ」

「ま、単純に酒を飲んだ時は水を多めに飲んでおくと、酔いづらく醒めやすくなるってのもある。二日酔いのシンドさ軽減の為にも、飲み慣れない酒を飲んだ時とかは水を飲んどけ」

「本当に何でも知ってるのね」

「そうでもないさ。人間が生涯かけて得られる知識なんざ、世界規模や歴史規模で見たら、たかが知れているからな」

「賞賛は素直に受け止めてほしいのだけれど」


 ぼやくようなクリスの言葉に、バッカスはいつものシニカルな笑みを浮かべて返す。


「申し訳ないが、素直って言葉が捻くれまくっててな」

「まったくもう……」


 仕方なさげに嘆息して、クリスが外を見ると日が落ちて暗くなってきていた。


「だいぶ喧噪も落ち着いて来ちゃったわね」

「暗くなったらなったで、酒場は賑やかだろうけどな」

「違いないわね」


 窓から見える通りの魔導灯が順序デタラメに灯っていく。

 道行く人が、灯ってないものを見つけるなり、魔力を流しているのだろう。


「ねぇバッカス。今更なんだけど、乾杯しない?」

「本当に今更だな。何に乾杯するんだ?」

「アナタに会えたコト」

「それ、俺がする意味あるのか?」

「バッカスは私に会えたコトに乾杯してくれないの?」

「お前と、会えた、コト……?」


 クリスと出会ってからこっちの出来事を思い返し、バッカスは難しい顔を見せる。


 それを見、クリスは思わず口を尖らせた。


「ここでそんなに悩むのってひどくないかしら?」

「冗談だよ。ま、したいなら付き合ってやるよ」

「ありがとう」


 バッカスは自分のグラスを掲げる。

 クリスもグラスを掲げた。


「アナタと出会えたコトに」

「そんなお転婆娘に今後も付き合わされるだろうコトに」

「もう、またそういうコトを言うのだから」


 わざとらしくほっぺたを膨らましてから、クリスは笑う。


『――乾杯』


 チンと、グラス同士がぶつかる音がする。

 その振動で、互いのグラスに入っていた氷が揺れる。


 溶けて少し小さくなったそれぞれの氷が、同時にカラリと音を立てた。




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 細かいプロットと書き終わっているお話のストックが尽きましたので、毎日更新はここで終了となります。


 確定辛酷という事務作業苦手マンには非常に深刻な地獄の作業の時期にも突入しましたので、そちらの作業や新しいプロット作りなどを終えましたら、更新再開したいと思います。しばらくお待ち下さいませ。


 まずは、いち段落するここまでお読み頂き、ありがとうございました。


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