後方で鍋を煮る、今日はラクなお仕事です


 だいぶお待たせさせてしまったので、今日はもう1話٩( 'ω' )و

      

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 討伐隊とともに何でも屋ショルディナーもモキューロの森に行く。


 ――と、言っても積極的に協力するワケでもない。


 何でも屋の存在は謂わば保険だ。


 感染するゾンビに未知の魔獣。

 どれだけ討伐隊の腕が良かろうと、そう簡単にはいかないのが常だ。


 もちろん討伐隊だけで片づけばそれでよし。

 そうでないならば、何でも屋たちも動く。そういう話である。


 何より、基本的に何でも屋なんてやっている連中というのは、自由気ままで自分勝手な奴が多い。

 お綺麗な騎士様たちと足並みを揃えて――となると、少々難しいのだ。


 それに、隊長であるシュルクが平民に対しても気さくである第二隊はともかく、部隊全体で露骨にこちらを見下してくる第一隊とは、どうあっても協力できそうにない。


 なので、何でも屋たちはモキューロの森の手前にある平地でのんびりキャンプするような感じで待機している。


「今日はまず様子見らしいし、まぁそこまで問題は起こらないだろうけどな」

「どうだかなぁ……」


 ロックの気楽な言葉に、ストレイは腕の具合を確かめるようにしながら肩を竦める。


 保険と言えば聞こえはいいが、何もせず待機しているというのも暇なのだ。


 やることが無さすぎるので、今日の仕事は後方で鍋を煮るラクな仕事だとふざけて言われるほどである。


 そんなワケで、ロックとストレイは、暇つぶしと情報交換を兼ねたお喋りを続けていく。


「バッカスの話を思えば、第一隊が初日から何かをやらかしそうな気がするからな」

「そこは否定しないけど……っていうか、そのバッカスはどこだ? 参加してたよな?」


 ストレイとやりとりをしていたロックが周囲を見回す。

 その様子にストレイはもう一度肩を竦めてから告げる。


「匂いを辿ればいるんじゃないか」

「匂いを? ……いや、確かに何か腹の減る匂いはしてるけど」


 一体バッカスは何をしているのか。

 そんなことを思いながらロックが匂いの元を辿るように視線を巡らせていく。


 すると、ストレイのところのユウとブーディと話をしながら、鍋で何かを作っているバッカスを見つけた。


 しかもめっちゃ大きな大鍋である。


 わざわざ石を積み重ねて、コンロまで作っていた。

 そもそも、モキューロの森の手前にある平地では、あのように積み上げられる大きめの石など余り転がっていないはずだ。


 となると、バッカスが魔術か何かで作り出した可能性がある。

 こんな場所でわざわざ石でコンロを作り、本格的に料理をしているらしい。


「……何してるんだ、あれ?」

「今日は後方で鍋を煮てるだけの簡単なお仕事だろ? って本人は言ってたな」

「そういうのって比喩じゃないのか」

「本人は本気で言ってるんだろうよ」


 その鍋からとてつもなく良い匂いがしているから困る。

 ロックでなくとも、周囲の何でも屋たちが興味を持ってバッカスの方を見ているほどだ。


 ケミノーサの町の拠点としている何でも屋たちはバッカスのことを知っている者が多い為、苦笑したり物欲しそうに眺めるだけで済む。

 だが、討伐依頼を聞きつけて余所からやってきた者たちはそうもいかない。


 バッカスは実力に見合わない銀級である。一般的な階級詐欺と違ってバッカスの場合は逆詐欺とでも呼ぶべきものだが。


 だからこそ、余所からやってきた金級は気に入らないのだろう。

 銀級が好き勝手やっているのに、周囲の金級はただ見ているだけという状況に。


 今回は、いざという時の意志疎通をしやすくするのも考慮し、階級を示す為の首飾りを全員が付けさせられているので、尚更だ。


「金級を背負うなら、もう少しバッカスの実力を読みとれよ……と思うのはダメかね?」

「いいや、ロックが正しい。

 バッカスが実力を隠すのが上手いとはいえ、現地の金級である俺たちが何も言わずに放置しているコトの意味をもう少し考えて欲しいものだ」


 あれでバッカスの鍋をひっくり返そうものなら、血の雨が降りかねない。


 何となくハラハラしながらロックがその様子を伺っていると、余所様の金級パーティがバッカスに何か言ったようだ。


 それに対して、何を言われたのかバッカスが吠えた。


「うるせぇッ! 今日の討伐の為に俺がどれだけ無理をしたと思ってやがるッ! ここんとこロクな癒しがなかったんだぞッ! 俺は魔剣技師で、魔導技師で、本職は職人だッ! 職人として散々頼られてきたってのに、最後には、銀級だからって理由でロクに休みを挟まず何でも屋としてココに駆り出されてるんだからなッ! 昨夜も徹夜気味で寝不足の男に食ってかからにゃならんほどテメェらは雑魚なのかッ!?」


 追い返す為の方便も色々と交えているのだろうが、どこか切実なモノを感じる。

 ふと、一緒にこの森を調査した時にバッカスが言っていたスケジュールを思い出して、ロックは苦笑した。


「実際、ロクに休みなく動いてるっぽいからなぁバッカス」

「オレの義手と別件の魔剣作成依頼を同時進行でやってたらしいぞ」

「そうなのか? その状態で刃探知の魔導具に、楔剥がしまで作ってたのか……忙しいな」

「久々に休息と遊びを兼ねて新人引率の仕事したら、出先で理性あるゾンビに遭遇したって言ってたな」

「あれの報告者もバッカスか……」

「クリスも巻き込まれたらしいけどな」

「そりゃあ、癒しが欲しいとか言い出すか」

「昨日は昨日で騎士相手に芋料理の指南をしたらしい。元々の予定は少し違ったらしいが、話を聞きつけた領主や、領主の姪のお嬢様も参加したんだとさ」

「それだけ働いているのに世間的には昼行灯扱いかぁ」

「本人が望んでそう振る舞ってるっぽいしな」

「自称のんびり生きている……か」

「行き急いではないから、のんびりだ――とは本人の弁だ」

「詭弁に聞こえるのは気のせい?」

「詭弁だろ、実際。本人は絶対に認めないだろうけど」


 やれやれ――と、ロックとストレイは肩を竦めあう。


「あン? なんだよ、気になって味見がしたくなっただけかよ。だったらいきなり喧嘩売ってこねぇでそう言え。

 わざわざ階級持ち出して脅すようなバカなマネすんな。金四級ともなれば場所によってはエースを張れる階級だ。お前らに憧れる新人どももいるんだぞ」


 バッカスも落ち着いてきたのか、徐々に声が小さくなっていく。

 この距離だとふつうの声の大きさで話される少々聞き取りが難しい。


「バッカスのアレ、どう考えても銀級が金級にする説教じゃあないんだよなぁ……」


 ストレイとしても背筋を伸ばしたくなる言葉だ。

 金になった直後、先輩たちから銀の時以上に、背を追いかけてくる連中が増えるぞと言われたものだ。


「本人は自覚してるんだかしてないんだか」


 口ではそういいつつ、ロックは小さく安堵する。

 何はともあれ、トラブルが起きるようなことはなさそうだ。


「あいつら、バッカスが格上の可能性に気づいたな」


 苦笑するストレイにロックはうなずく。


「完全に教官や先達のセリフだもんなぁ今の……。

 職人仕事をしたがる元何でも屋を無理に銀級でつなぎ止めてるとでも思われたか?」


 それならそれで問題はない。

 

「そういや、ストレイはバッカスの本気って知ってる?」

「ギルマスの話じゃあ、戦闘力だけ見るなら魔鋼三級くらいはあるらしい」


 銀一級の首飾りをしている男が、実は魔鋼三級の能力を有すると言われても鼻で笑うところだが、二人はバッカスの実力を疑ってはいない。

 それだけの信用と信頼もあった。


 とはいえ、初めてそれを知ったロックは真面目に驚く。


「マジかよ……クリスちゃんもそのくらいの腕前があるらしいとは聞いてたけど」


 魔鋼は金より上の階級だ。

 ストレイとロックは金の三級なので、あと三ランク上げなければそこへとたどり着かない。


 魔鋼五級の時点で何でも屋としては英雄エース扱いだが、魔鋼一級ともなれば伝説に名を残す勇者や魔王と戦えるだけの腕前を持つとされているくらいである。


「そのクリスはいないのか?」

「あの子は貴族のお忍びなのは公然の秘密だろ?

 騎士隊に顔を合わせるとマズい相手がいるんだってさ」

「ってコトはクリスは元騎士か。そんな気はしてたが」


 実力からして十騎士候補の可能性があるな――と当たりを付けるも、ストレイはそれを口に出すことはしなかった。


 恐らくロックもそのくらいは気づいているかもしれないが。


「とはいえ、クリスちゃんも何かあれば駆けつけてくれるらしい」

「ありがたいが……彼女の貴族としての立場があまり悪くならなきゃいいが」

「それはそうだ」


 ストレイの言葉に、ロックはうなずく。

 二人としてもクリスのように話しやすい貴族に困って貰いたくはないのだ。


「バッカスとクリスちゃんが本気を出さなきゃならない事態にはならないよな?」

「どうだろうな……実際、お前が見たっていう池の魔獣はどうだった?」

「正直言って分からない。未知も未知だ。

 あれが本気になったら、どれだけの強さなのか、どれだけの被害が出るかも、な」

「二人が本気になっても勝てない魔獣とか出てこられたら、町が終わるな」

「ケミノーサは結構気に入ってるから、終わって欲しくないなぁ」

「同感だな」


 少しだけ真面目な顔をして、町がある方へと二人が視線を向けた時だ。

 例の余所様の金級パーティが声を上げた。


「うめぇッ!」

「なんだコレッ!?」

「うあ旨い!!」


 どうやらバッカスの料理の味見をさせてもらったようだ。


「ふっふっふ! 美食王国に伝わる激レア料理……その名もカレーだ!」

「カレー!」

「見た目最悪なのにッ!」

「めっちゃ旨いですッ!」

「各種スパイスやハーブをすりつぶし、香りを立たせ、丁寧に混ぜ合わせていった一品だ! 肉や野菜は家で下拵えをしてきたしな! そんじょそこらじゃ食えない自信作だぞ!」


 なにやらバッカスの周囲が騒がしくなってきた。

 よく見れば、ブーディとユウも恍惚とした顔をして、カレーとやらをかき込んでいる。


 その背後には、イスキィやブランたちも順番待ちするように並んでいるのだから、黙ってもいられない。


「いくか、ストレイ」

「もちろんだ。あいつらだけに美味しい思いをさせるワケにはいかないな」


 恐らく、こうなることを見越して大鍋で作っていたのだろう。

 癒しが欲しいといい好き勝手やっているようで、他者への気遣いはある。本当に変な男である。


 もちろんカレーを振る舞い、一体感を作ることでいざという時の連携のしやすさや意志の通しやすさを高めるという考えがあるのかもしれないが――


(この匂いの前には、それも些事かなぁ……)


 そんなことを思いながら、ロックはカレーを貰う為の輪の中へと混ざっていくのだった。


 ・

 ・

 ・


 そうして、後方待機の何でも屋たちの多くがバッカスのカレーに満足し、だいぶ空気が弛緩してきた頃――



 ズドン……という振動とともに、モキューロの森から土煙が、突如生えるように舞い上がった。



「なんだ?」

「ミュアーズ池の方角だッ!」


 にわかに、何でも屋たちの待機場所が、騒がしくなっていく。


 森の方を見ながら、ストレイが呟く。


「やらかしたのか、勝手に動き出したのか」

「どっちにしろ、おれたちがするコトは変わらない……だろ?」

「違いない」


 ロックの言葉に、ストレイはうなずく。


 二人はそれぞれに自分のパーティメンバーを集め、バッカスはテキパキと鍋の片づけ始める。


「クッソ、せっかく作ったのに味見以外で喰いそびれた……ッ!」


 何やらバッカスがぶつぶつ言っている言葉を、ロックとストレイは黙殺するのだった。


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【魔剣技師の酔いどれ話】

 バッカス心の叫び――最後の徹夜だけは自業自得なので余所の金級チームにぶつける怒りとしては間違っているコトをバッカス自身は自覚してキレ芸しているのでタチが悪い。

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