騎士と魔剣と、大乱闘 1


 第一討伐隊のコーザは、その日――なんだか妙に居心地が悪かった。 


 別に何かあったわけではない。

 いつものように整列して、いつものように出発した。


 モキューロの森へと踏み込み、人目がなくなりほどなくすれば、第一隊の全員がやる気をなくしたようにだらけ始める。


 いつも光景だ。

 何も問題ない。


 真面目に武器を振るフリをするのもバカらしいと思っているコーザからすれば、それが許されるこの部隊は大変すばらしいモノである。


 最高に居心地の良い部隊だ。

 この部隊が今回の討伐遠征限りだというのだから残念だ。


 ――そう思っていたハズなのに。


「どうしたコーザ?」

「いや。何でもない」


 横を歩くダーメットがこちらの様子に気づいたのだろう。

 ニヤけ顔なのは気に入らないが、どうやら気にかけてくれているようだ。


 とはいえ、何となく居心地が悪い――程度のことを口にするのもどうかと思い、コーザは曖昧な笑みだけ浮かべて首を振る。


 この微妙に居心地が悪いと感じる感覚は何なのだろうか。


「それにしても、昨日は職人街をブラついて正解だったな」

「ああ、そうだな」


 居心地が悪いというだけで、別にそれ以外の不快感はないのでダーメットが振ってくる会話に、ちゃんと相づちを返す。


「片づけ忘れだか何だかしらないが、店の前に剣を出しっぱなしにしてあるんだもんな」


 それについてはコーザも同意する。


「全くだ。しかも魔剣だ。ありがたい」

「効果は分からないけどな。何度か魔力を流したが、何の反応もない」

「単純に強度や切れ味が増すだけなのかもな」

「それならそれで儲けもんだ」


 そうして、コーザとダーメットはにんまり笑う。

 横で会話を聞いていた同僚たちがニマニマしながら訊ねてくる。


「何だお前ら、店から盗んできたのか?」

「人聞きが悪いコトを言うな。店の前に放置されてたから、回収してきたんだよ。抜き身の剣がそのまま置かれてたんだから、危ないだろ?」

「そりゃあ親切だ! 騎士の鑑だな、ダーメット」

「だろ?」


 笑うダーメットに釣られて、周囲で聞いてた面々も笑う。

 コーザも一緒になって笑ったのだが、なんだかみんなに合わせて無理矢理笑っているような気分になっていたたまれない。


「お前ら、お喋りはいったんやめろ。ゾンビのお出ましだ。適当に倒せ」

「すっかり隊長が板に付いてるな、シムワーン」

「言ってろ。オレは団長になる男だ。この程度は通過点だよ」


 そうして率先してゾンビに向かっていくシムワーン。


「森に増えているゾンビの討伐と原因調査だったか。

 確かに変なゾンビだが、オレたちの敵ではないな」


 シムワーンは紫色の妖しくも艶めく色彩のショートソードを振るい、ゾンビたちを斬り捨てていく。


「その剣、ふつうに使えるんですね」

「ああ。魔力を込めれば切れ味が増す。

 ただ女を操るだけの魔剣じゃあ芸がない――ってコトらしい」

「女操れて、指輪を作れて、敵も切れる。最強じゃないですか」

「オレが使うから最強なんだ。ふつうの男では使い切れないだろうよ」


 不敵に笑うシムワーンに、隊員たちは隊長カッコいい! とはやし立てる。


 その光景を、コーザは遠巻きに見ていた。

 いつもならみんなと一緒になってシムワーンを囃し立てるのだが、今日はそういう気分になれないのだ。


 たまたまシムワーンが倒しそびれていたゾンビがいたので、コーザは魔剣に魔力を込めて切りつける。

 切れ味は確かに増したようだ。簡単にゾンビを両断する。


 その切れ味に気持ちよくなるものの、居心地の悪さがなぜか増した気がした。




「本格的な討伐は明日らしいからな。今日はここで休憩するぞ。帰還の時間までな」


 シムワーンがニヤリと笑ってそう告げれば、全員がワハハと笑ってそれぞれに休み始める。


「真面目な調査は第二隊に任せておけばいい。

 オレたちは調査によって発見された大物をしとめればいいだけだからな」


 こういう堅苦しくなさが、コーザが好む要因なのだが、今日はやっぱりどうにも居心地が悪い。


「なぁ、今日の携帯食マズくないか? なんか悪くなってる?」

「そうか? 美味しくもないがマズくもない、いつもの携帯食だろ?」

「うーん……?」


 ダーメットが携帯食をかじりながら首を傾げている。

 コーザも携帯食を取り出してかじってみるが、別段マズいとは感じなかった。もっとも美味しいと思う味でもないのだが。


 こちらが携帯食をかじったのを見たのだろう。ダーメットが縋るように訊ねてくる。


「コーザ、携帯食……マズいよな?」

「いや。いつも通りだろ。食べられないほどマズくはないけど、ガツガツいくほど美味くもない」

「……なんか妙に不味く感じるんだよな」

「体調でも崩してるんじゃないのか?」

「うーん……」


 納得いかない顔しながら、ダーメットがコーザの元を離れていった。


 それを見ながら、コーザもみんなの輪から少しずつ離れていく。


 原因不明の不安感と不快感。

 居心地が悪い。その一点が、どうしようもなくコーザから冷静さを奪い取っていく。


 離れすぎるのも問題はある。

 そう思いながら、みんなの声が聞こえ、姿が見えるギリギリまで離れた。


 自分でも何を危険なことを――と思うものの、その行動を止めることができない。


「はぁ……」


 思わず声が出るほど大きな嘆息をして、近くの木に手を置いた。

 その時――


「痛ッ」


 手に、激痛が走る。


「何でこんなところに刃物の破片が刺さってるんだよ、クソ」


 完全に死角にあったため、その上に手を重ねてしまいザックリと切ってしまった。


 ボタボタと流れる血を見ながら、忌々しげに息を吐く。

 居心地が悪いとか言っている場合ではない。

 みんなのところへ戻って手当をしてもらおう。


「悪い。誰か治療してくれ」

「どうした。それ?」

「木に手をついたら、そこに刃物が刺さってたんだよ」

「運の悪いやつだなー」


 治癒魔術を使える隊員が魔術をかけてくれる。

 傷口はそれで無くなったのだが、痛みは引かない。


「痛み、収まらないんだけど……」

「魔術での治療には、たまにあるんだよ。痛みが強すぎて、傷と一緒に痛みも止めたハズなのに、痛みを感じるって」

「そうなのか」


 魔術に関して詳しくはないが、魔術を使える者が言うのだからそういうものか――と、コーザが納得する。


 その時、ダーメットの声が聞こえてくる。


「くそー! なんか何を口にしてもマズい!」

「この木の実、ふつうに食えるだろ。どこがマズいんだよ」

「知るかよ! マズいモンはマズいんだよ!」

「こっちに当たるなって」

「……悪い」


 バツが悪そうにするダーメット。

 それに見かねた、横にいる男は近くにある木の実をもいで、一口食べる。


「うん。少なくとも、おれはこれをマズいと思わない。

 毒味はしてやったんだから、食って見ろ」

「ああ……もぐもぐ、うーん……やっぱ、マズい」

「なら、お前の口がおかしくなってるんだろう。遠征終わったら治療院にでも行った方がいいかもな」

「……そうだな」


 諦めたようにダーメットは嘆息し、もう一口、果実をかじる。


「いてっ」

「どうした……」

「なんか、硬いモンが混じってて口の中を切った……まずいうえに痛いとか最悪だ」

「それは悪いな。毒味したのに気づかなかった」


 プッと口から金属片だか石のカケラだかの硬いモノを吐き出し、ダーメットは首を横に振った。


「いや、かなり小さい破片だ。お前が食ったときに気づかなかったなら仕方ねぇさ」


 そんなダーメットの様子を見ていた時、ふとコーザの目に、ダーメットがく魔剣が映る。


 どうして店の前に放置してあったのか。

 実はロクな魔剣ではなかったから、店主が雑に扱っていたのではないだろうか。


 だとしたら、ダーメットの味覚がおかしくなっている原因は、昨日拝借した剣のせいでは?


 コーザは自分の剣を撫でる。

 もしかしなくとも、この居心地の悪さはこの剣のせいだろうか。


 いや、まさか――


 思い浮かんだことに対して現実感がなく、だが筋が通っているような気がして、コーザは悩む。


 しっかりと考えたいのに、左手が痛い。

 ズキズキ、ズキズキ、左手の手のひらだけでなく、その痛みはどんどん上がってきている気がする。


 肘当たりまで痛い。

 いや、肩かもしれない。


 声が聞こえる。

 痛みの中から、何か、声が、聞こえる。


 こちらへ 来い

 餌を 集めろ

 お前も 餌に なれ


「うぐっ……」

「コーザ?」


 傷がふさがったハズの左手が、カラカラに乾いて、ひび割れていく。


 左手だけではない。

 左肘もいたくなってきた。

 左肩もいたくなってきた。


 そして――急激に、左胸が、痛み出す。


「あ、が……ぐ」


 まるで胸を剣で突き刺されたような痛み。

 実際はそんなもの感じたことがないのだが、そうとしか感じられない痛み。


 よく見れば――左胸から、剣が、飛び出して、いる。


「コーザッ!」


 誰かが、名前を呼ぶ。

 全員が、こちらを、見ている。


 ここは、いごこちが、わるい。


(おかしいな、わるいことなんて、してないのに……。

 なんで、おれ……こんな、くるしい、めに……)


 全員エサが、こちらを、みている。


(……あるじの、ところに、えさを、もっていこう。

 そうすれば、いごこちが、わるいのも、へいきかも、しれない)


 だって、みんながわるいんだ。

 こんな……いごこちのわるい、なかまたち……。


 コーザが魔剣を抜く。

 魔力を込める。


 大丈夫。戦い方も、道具の使い方もちゃんと覚えている。


 だから――


「えさ、いっぱい。もち、かえろう」

「全員構えろッッ!!」


 シムワーンが叫ぶ。


「それはもうコーザじゃないッ! 敵だッ!!」


 だらけて時間をつぶす任務はここで終わり。

 これより、第一討伐隊の生き残り任務が開始される。


「隊長ッ! ダーメットの様子が……!」

「ダーメットから離れろッ! 恐らくゾンビ化するぞッ!!」


 何がどうなっているのか分からない。


「クッソ! 任務資料にもっとちゃんと目を通しておけば良かったか……。

 人が急にゾンビ化する現象……森に増えたゾンビ退治なんて単純な話じゃなかったのか……!」


 毒づきながら、シムワーンは指示を出し始めるのだった。

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