直情魔術士、違和感を掴む


 その日、ルナサ・シークグリッサは非常に機嫌が悪かった。


 機嫌が悪かったし学校の居心地が悪かったので、午後の担当のナキシーニュ先生には悪いがサボってしまった。


 そのまま、ルナサは町の中を歩く。

 歩きながら、町の様子を伺っていると、ますます機嫌が悪くなってくる自覚があった。


 まず学校の様子がおかしかった。

 浮き足立っているというべきか、何か落ち着かないモノがある。


 学校だけではない。

 町全体にその空気が満ちている気がするのだ。


(王都から来た討伐隊が出発したから?)


 胸中でそう考えるも、どうにもしっくりこない。


(ミーティが討伐隊の中にはわたしが嫌いなタイプの騎士が多いから気をつけろと言ってたけど……)


 何を気をつけろというのだろうか。

 いくらルナサとはいえ、誰彼かまわず噛みつく狂犬ではないというのに。


 そのミーティは、バッカスの家でついに何かやらかしたらしく、地獄のような仕事を手伝わされているらしい。

 目の隈がひどいのは、その仕事がキツいのか、それともその仕事に興奮しすぎて気持ちの限界を突破してしまっているのか。


(心配して声をかけたら、自分の責任って言い方をしてたけど……。

 ミーティの口振りだと、まるでわたしの考え方に合わせてくれたような感じだった)


 つまり、バッカスの仕事を手伝っているのは、ミーティなりのチカラを持つモノの責任の一端という可能性がある。


(いけない……思考がズレてきた)


 ミーティのことはいい。

 とにかく、学校と町の様子のおかしさだ。


(クリスさんかバッカスを捕まえられればいいんだけど……。

 ダメならギルマスのライルさんかなぁ……)


 思い浮かぶのはルナサにとって信用できる大人たち。

 ナキシューニュ教諭も同格にいるのだが、学校をサボって飛び出してしまった手前、相談しに戻り辛い。


 とりあえず、バッカスの工房に向かおう。

 そう考えて足を職人街へと向けた時、自分に声をかける女性の声が聞こえてきた。


「ルナサ!」


 そちらに振り返ると、最近仲良くなった何でも屋ショルディナー仲間のテテナが手を振っている。


 女性何でも屋というのはあまり数がいないので、同世代で自分と同じくらいの実力の仲間というのは貴重なのだ。


「テテナ? ストレイさんたちとお仕事じゃないの?」

「今回の私は置いてけぼり……まぁランクというより経験とかが足りてないからダメだって」

「まぁ討伐隊が呼ばれるような状況だしね。

 でも、ランク以外もちゃんと見てもらえるって大事じゃない?」

「うーん、そうかなぁ……」


 納得はいっているが不満はある――そんな感じの顔をしている。


 ルナサは、以前にバッカスやストレイから、自分とテテナの評価を聞いたことがある。ルナサからしてみると、同世代同格の相手と比べたかったという対抗心のようなものもあった。


 その結果、純粋な能力とランクだけならテテナの方が上らしいが、経験値や判断力など目に見えない部分は、ルナサの方が上だという評価を貰った。


 そこから考えるに――討伐隊に協力できる何でも屋はただランクだけ条件を満たしていれば良いワケではなく、新人病を乗り越えたかどうかも、判断材料にされているのではないだろうか。


「テテナは人を殺したコトある?

 殺さなくても、対人戦で人に致命傷を与えるような攻撃、ためらわず使える?」

「え? どうだろう……できると思うけど」

「そこを即答できないから、置いてかれたのかもしれないわ」


 テテナは目をぱちくりとしばたたいてから、聞き返してくる。


「ルナサはどうなの?」

「やらなきゃならない状況ならするわ。

 敵だろうが状況だろうが、こっちの躊躇いなんて考慮してくれないもの」


 即答すると、テテナが僅かにたじろいだ。


「……口だけでなく、実行に移せるかどうかで判断されるのね」

「そりゃそうでしょ。そこ以外で何を判断するの?」


 テテナの漏らす疑問に、ルナサがバッサリと切り裂くように答える。

 その状況に、テテナは何とも言えない顔をして天を仰いだ。


「なんでだろう……今、ストレイさんやバッカスさんと話をしている気分になってきた」

「それは何よりね。そう思ってもらえたなら、今のテテナに必要なモノを教えてあげられたんだと思うし」

「ルナサが討伐に参加できないのは、ランクのせい?」

「それもあるけど……案外、年齢とかも考慮されているのかもしれないわ」


 実力があろうとも、新人病を乗り越えていようとも、ダメなものはダメと言われる可能性はゼロではないのだ。


 とはいえ、ルナサは参加できないことに不満はない。

 チカラを持つ人が、ルナサの参加を拒否したということは、何かしら拒否される理由があるということだろう。


 ならば自分は参加で出来ないなりに、出来ることをしていけばいい。


「そういえば、ルナサは何してるの? 邪魔しちゃった?」

「別に急いでないから大丈夫。ちょっとバッカスに相談したいコトがあっただけ」

「じゃあ、今行っても無駄足かな。

 バッカスさん、何でも屋として討伐隊に参加してたよ」

「そっかー」


 バッカスの実力を考えれば、それは別に不思議ではない。

 むしろ、そこに思い至らなかった自分がまだまだなのだろう。


「なら仕方ない。ギルドで依頼は受けれたよね?

 人が居なくて余ってる仕事、少し片づけるコトで討伐にでている人たちに協力しますか」

「そんな風に考えたコトなかった……ルナサ、私も一緒にいい?」

「もちろん」


 そうして、ルナサとテテナは二人でギルドに向かうのだった。




 その途中――


「あれ? 討伐隊って全員で向かったワケじゃないのかな?」


 領衛騎士とは異なる騎士服を着ている騎士を見かけて、ルナサは首を傾げる。


「そういえば……」


 同じようにテテナも首を傾げるが、ルナサはそこで僅かな違和を覚えた。


(……テテナからも、あの空気を感じたような……)


 気のせいだろう――とかぶりを振る。


 討伐隊が全員で出動しないのも理由があるのだろう。あまり気にする必要はないはずだ。


 ただ――


「なんていうか、全員がってワケじゃないけど、高圧的なの気に入らないのよねぇ……」

「でも第一隊の人たち、カッコいい人多いよね?」

「…………」

「ルナサ?」


 思わず目をすがめてテテナを見てしまい、彼女に不振がられる。


「ええっと、第一隊って?」


 誤魔化すようにルナサがそう訊ねると、テテナは一つうなずき答えてくれた。


「シムワーンって人が隊長をしている第一隊と、シュルクって人が隊長をしている第二隊っていう二つの部隊が来てるんだって。

 ロックさんは第一隊には、あまり心許すなってギルドで言ってたけど……私はカッコいいと思うんだけど」

「……ふーん」


 恐らく――テテナも違和感の原因になるモノの影響を受けているとルナサは気づく。


 同時に違和感の理由にも見当が付いた。


(少なくともわたしはカッコいいと思えない)


 別に見目だけなら好みの話になろうだろう。

 しかし、周囲に対して高圧的に、威圧的に振る舞う相手に好感を持てと言う方がむずかしい。


「まぁ、貴族って見た目の悪い人って少ないからそうかもね」

「え? うーん、見た目だけってワケでもないんだけど」


 やっぱりだ――とルナサは思う。


(第一隊という部隊に対して、悪感情を抱いている人が少なすぎる)


 学校も、町も。

 ルナサが抱いていた違和感の正体。それは間違いなく、それだろう。


「あ、美人のお姉さんが捕まった。いいなぁ」

「ストロパリカさん……」


 騎士服を着た第一隊の隊員らしき男が、通りすがりだろうストロパリカに声をかけている。


 だが、明らかにストロパリカは嫌そうだ。

 男の方も強引な様子で、あれを良い光景だとは思えない。


 やがて男がストロパリカの手首を掴んだ。

 その光景に、遠巻きから見ている男性たちは顔をしかめるのに、半数くらいの女性はテテナと同じで、少し羨ましそうに見ている。


 ルナサは軽く深呼吸をすると、一歩踏み出す。

 そのまま振り返ることなく、テテナへと告げる。


「テテナ。その眼が曇りっぱなしで元に戻らないなら、わたしは貴女を撃つわ」

「え?」


 何を言われたのか分からないという顔をするテテナを放って、ルナサはストロパリカの元へと向かう。


「その辺にしときなさいよ。

 騎士だか貴族だか知らないけど、嫌がる女を無理矢理だなんて、紳士的とは言えないんじゃない?」

「ん?」


 こちらを振り向く男にルナサは見覚えがあった。

 だから、ルナサは即座に告げる。


「以前、酒好きの魔剣技師に脅されたのを忘れたの?

 今はアイツが不在だから、代わりにわたしがやってあげるけど?」

「この間の小娘かッ!」


 睨むようにこちらを見てくる男は、以前に広場でクリスに喧嘩を売っていた貴族だ。


 バッカスとナキシーニュ教諭に脅されて尻尾を巻いて逃げていった情けない男である。


 威圧するように睨んでくるが、バッカスやブーディに向けられたことのあるモノと比べれば大したことはない。


 なので、ルナサは彼を無視してストロパリカに訊ねた。


「ストロパリカさん。振り払わないんですか?」

「なんだか振り払おうってなれなくて……」

「ストロパリカさんの眼も曇ったんですね」

「…………ああ、そうか。そうかも。気づかないうちにやられたみたいね」


 何かに気づいたような顔をするストロパリカ。

 それに、男の方の表情が変わった。


「なるほど、何かに気づいてるのか。

 まぁ気づいたところで、どうにもならないだろうけどな。

 分かっていてもどうにもならないと思いながら、流される女ってのも悪くは……ごぶひょぉッ!?」


 男が全ての言葉を言い終わるより先に、ルナサの拳が男の頬にめり込んだ。


「抵抗できなくても逃げるくらいはできますよね?」

「お……思ってた以上に好戦的なのね、ルナサちゃん」

「眼が曇ってる状態のストロパリカさんの言葉なんて、聞く耳はないです。申し訳ないですけど」

「いいえ。正しいわ。この状態の私を信用しちゃダメよ」


 小さく嘆息しながら動きを止めるストロパリカを尻目に、ルナサは頬を押させている男と向き合う。


 そして男は叫んだ。


「原典ほどじゃなくてもなぁ……! この指輪があれば……!」

「それが何だっていうのよ」


 今度は靴底の跡でも顔面に付けてやる――そう思って踏み出した時、ふわりとした気配とともに、ストロパリカが近づいてきた。


「ストロパリカさん?」

「だから、言ったでしょう? 今の私を信用しちゃダメって……」


 ストロパリカがどこからともなく取り出したナイフを構え、泣きそうな顔をしながらルナサの背中にそれを突き立てようチカラが込められた。


「あ……」


 完全にしくじった――とルナサは小さく舌打ちをする。

 よもや、これほどまでに影響を与えるとは思わなかった。


「ダメだよお嬢さん。それは絶対にダメだ」


 だが、ストロパリカの振るう刃はルナサの背中に到達する前に、ややお腹の出た中年男性の手によって止められる。


「そんな顔をして、お友達に刃を突き立てるなんて、絶対にダメだ」


 まるで自分のことのように悲しげに顔を歪める男性は、ストロパリカからナイフを取り上げると足を払って尻餅を付かせた。


 その人の顔立ちはとても地味で平凡なのに――

 ストロパリカからナイフを取り上げた時の顔はとても悲しそうで、だけど重大な決意をしたようで……まるで貰い泣きをしてしまいそうな気持ちになるほど、印象に残る表情だった。


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ちょっと体調を崩しているので、明日更新が無かったら察して下さい٩( 'ω' )و

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