思いついたから、仕方がない


 連載再開です٩( 'ω' )و今年もよろしくお願いします。


=====================


 ジャガ芋集会を終えたバッカスは、唐突に思いついたネタを形にしたくて、足早に工房へ帰宅した。


 すでに日は暮れ始めている。

 本来ならば明日に備えて準備したり休んだりするべきなのだろうが――


 バッカスは工房に飛び込むなり、真っ直ぐに作業机に向かい、引き出しから紙とペンを取り出して、思いついた内容を書き殴っていく。


 元々考えていたものが形になりそうな閃きがあったのだ。


 導体メーチ――つまりガワを一から組み立てるには時間がない。

 すでに作ってある魔導具なり魔剣なりをバラし、主基板エニアムドローブ副基盤ブスドローブを丸っと交換するのがベターだろう。


 完全に機能が変わってしまうが、思いついたのだから仕方がない。


「基本は楔剥がしの術式でいけるか。

 魔力刃を作る必要がなくなった分、もっと魔力を断つ方面の性能を高めて……」


 だが、この魔力断ちの術式。非常に難しい。

 あまりにも強力にしすぎると、魔剣の効果を発動させた時、対象と一緒に自分自身の術式すら断ってしまう可能性があるのだ。


「条件定義は必要だな。方向性と言うべきか」


 これは術式と睨めっこしながら考えるよりも、先に導体の形を決めてしまった方がいいだろう。

 その形に応じた縛りを条件定義として設定する方が、変な条件を作るよりも分かりやすいし、道具としても使いやすいはずである。


「……切るより断ち切るが近いか。

 好みからははずれるが、刀剣型よりももっと別の形の方がいいかもしれないな……」


 うーむ――と唸りながらバッカスはイスから立ち上がった。


 本当に失敗しただけの失敗作の山。

 使用が危険な失敗作を入れた箱。

 作ったのは良いが使い道のないものの山。


 そういったものを順番に漁っていき、一つ――バッカスは見つけてしまった。


「これを使うと、もはや断ち切るというかへし折るとか押し潰すになるが……まぁいいか」


 使用用途を思うと、別にこれでも構わない気がした。


「相手はロクな魔剣じゃあないんだ。

 ノリでへし折って、制作者に残念でしたとベロベロバァしてやるくらいが、ちょうど良いのかもな」


 独りごちると、それが素晴らしい考えのように思えてくる。


 なのでバッカスは手にした失敗作をベースに、中身を取り替え全く別の魔剣へと変貌させる作業を開始した。


 今作っている魔剣の発想の発端は昨日のイスキィだ。正しくはイスキィが付けようとした魔導灯か。


 あの時点ではまだ今の形が見えていなかったのだが、今日の爆竹飴を作っている時にふと思ったのだ。


 魔導具は正しく魔力が流れようとも、二つの基板ドーブから流れる命令の魔力が、正しく伝わらなければ機能しない。


 魔力の流れを断ち切らずとも乱せば機能不全を起こすのだ。

 逆に言うと、大きく破損しても魔力の流れが乱れてなければ機能する場合もあるとも言える。


 とはいえ、多少の魔力の乱れなら、バッカスが魔導灯にやったように簡単に修理される可能性もあるのだ。


 だからこそ、ただ断ち切るだけではダメだ。

 魔剣や魔導具を完全にぶちこわすのであれば、破壊するだけでも、魔力を乱すだけでもダメなのである。


 実際、ミーティが空気清浄の魔導具を楔剥がしで壊したが、あれも簡単に修理できるレベルだった。


 壊れ方はハデだったが、魔導灯の灯りが消えなくなるのと同じ程度の破損だったのだ。


 人に付与する呪いを断てるからこそ、あの魔剣は意味を持つ。

 魔導具を壊す魔剣としては、少々頼りない性能なのだ。


 そこでバッカスは考えた。


 だったら――

 凍らせて粉々にしたジャガ芋の皮を氷砂糖と組み合わせることで爆竹飴になるように、別物に変えてしまえばいいのではないか。


 物理的に壊し、魔力を乱し、さらに術式そのものをぐちゃぐちゃに組み換える。祈るべき神への記述を適当に増やしたり減らしたりするのも良いだろう。


「神が住まう五彩輪に応じた思考により組み立てられたモノをめちゃくちゃにする……か。ちょいとばかり冒涜的ではあるかもしれないが」


 だが、ゾンビを増やす魔剣も、人を魅了する魔剣も、簡単に再生されたりしたら困る。


 見つけたらぶっ壊すッ!


 単に自分の主義と合わないだけなら、バッカスもここまで思わなかっただろう。

 だが、どちらの魔剣も、無責任すぎるのだ。


 使い手のことを考えていない。

 使われた時のことを考えていない。

 使ったときに発生する問題に対する対策が存在していない。

 そもそも、問題が発生することが考慮されていない。


 作った。

 渡した。あるいは捨てた。

 だからもう自分は関係ない。

 そんな制作者のスタンスが透けて見えるのが気に入らない。


 そうだ。気に入らないのだ。

 気に入らないから、バッカスはゾンビの魔剣も魅了の魔剣もぶっ壊したい。


 ぶっ壊したいほどに、気に入らない。


 今後のバッカスの人生において、ゾンビの魔剣や魅了の魔剣の制作者と出会うかどうかは分からない。


 だけどきっと、それらの作者の別の作品と出会おうものなら、即座にぶっ壊すことだろう。


 その手の制作者の性根は恐らく未来永劫変わらない。

 自分のしたいことを邪魔されるのが嫌だという理由で、制作物の管理者などを側に置くこともないだろう。


「だから、生涯の全てを賭けて何かを作るってのはダメなんだよな。

 それだけにコダワリ続けるせいで、極端に視野が狭くなる」


 それを悪いとは言わないが、道具を作る職人としての最低限の責任すら果たさない。その責任の所在を世間とすりあわせることを忘れるほどのめり込むなど、愚かだとバッカスは思う。


 ひたすら制作に集中したいならば、それ以外の雑務や制作物を管理する者を側におくべきだ。それこそが職人の最低限の責任という奴だろう。


 本来それをしてくれるのが職人ギルドだ。

 魔導具に関してはギルドがクソという点はあるが、そこはそれだ。

 ギルドを通さずともそれを出来る人材を募集して雇えばいい。


 制作物に対する最低限の責任すら果たさず、それでも自由にモノが作りたいなどと口にするなら、それはもう職人とは呼べない――とバッカスは考える。


 それはもう自由ではなく、ワガママであり自分勝手でしかないのだ。


 その結果、バッカスやムーリーのような無関係な魔剣技師が、見知らぬクソ技師の尻拭いをさせられる。

 まさにクソ食らえという状況だろう。


「会って絞り上げたところで、この手の制作者は堪えない。

 なら、その作品を徹底的に否定する。破壊する。これ以上の嫌がらせねぇよな」


 例えそれが適当に投げ捨てた失敗作であろうとも、踏みにじられると勝手に怒り出すのだ。その手のタイプは。


 もしかしたら勝手にキレ散らかしながら姿を見せるかもしれない。

 その時は対話することなく縛り上げ、悪友あたりにプレゼントするだけだ。


 あのドS殿下のことだ。さぞ楽しくいたぶることだろう。


「さて、愚痴りながらいじっているうちに完成が見えてきたが……」


 ついでに窓から白い光も見えてきた。

 どうやら日の出らしい。何でも屋として討伐隊とともに出発する日だというのに、徹夜してしまったようだ。


 それはそれとして、この魔剣の銘はどうするか――と考えていると、唐突に脳裏によぎるものがあった。


 だが、あんまりにもあんまりな銘だったので、バッカスは作業の手を止めると、丁寧な祈りの仕草をする。


「五彩輪に住まい世界を司りし神々よ。この魔剣に不敬なる銘を付けるコトを許し給え。この銘を付けようとも、我は神々とその眷属神への叛意を持たぬコトをここに宣誓いたします。これはあくまでも魔剣の銘でしかありません」


 丁寧に祈り、丁寧に言い訳を重ねる。

 正直なところ、ネーミングを変更するという方向に思考が向かないのだ。


 この魔剣には、その名前が相応しいと思ってしまったのだから。


「銘は――『五彩輪の否定者ホイーラファクト』」


 完成した時、バッカスはその名をこの魔剣に付けると決める。


 とはいえ、バッカスは魔術士であり魔導工学者であるからこそ、神の実在を身近に感じる。

 故に、この命名に対してバッカスは少しおっかなびっくりであった。


=====================


【魔剣技師の酔いどれ話】

 なお、世界と五彩を創り出した銀の創主は、バッカスの祈りと命名を聞き、膝を叩いて大爆笑していたらしい。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る