第二騎士隊と、燃えやすい芋の話 5


「さて、喋っているうちに、蒸かし爆弾芋ができあがったぞ。

 バターを乗せて渡していくが、バターが苦手なら言ってくれ」


 完成した蒸かし芋を、それはもう期待に満ちた表情で受け取り、イスラデュカの横へと戻ってくるシュルク。


「デュカの分も貰ってきた」

「ああ、ありがとう」


 イスラデュカはそれを素直に受け取る。


 芋は十字の切り込みを入れられたところから大きく開かれ、その上にバターの塊が乗っている。

 そのバターも、蒸したての芋の熱でどんどんと溶けていた。


「受け取ったら、熱いうちに楽しんでくれ」


 バッカスがそう口にする前から、シュルクは熱い熱いといいながら口に運んでいる。

 その様子に、やれやれ――と思いながらも、イスラデュカもスプーンを使い、蒸かし爆弾芋を口に運んだ。


 ほふほふと口の中の熱を冷ますようにしながら、食べ――


「美味しい」


 ――思わず、声が漏れる。


 味はイエラブ芋と変わらない。だが圧倒的にこちらの方が旨い。

 元々ジャガ芋は味が良いとは聞いていた。だが、ここまでとは思わなかった。


 いやそれだけではない。

 上手く説明できないが、味わいの深みや風味の強さのようなものが、凝縮されているかのようだ。


 芋だけでも熱々のホクホクで旨い。

 そこに溶けたバターがじんわりと染みてしっとりした部分が混ざる。これがとても旨い。


 バターのコク。塩気。

 それらによって、元々旨い爆弾芋の味を一段階以上引き上げている。


「調理方法もそう複雑なモノではなかった……。

 これなら確かに、遠征中に爆弾芋を見つければすぐに食べられる」


 驚きと感心と、これを教えてくれるバッカスへの純粋な敬意とが入り交じった声で、イスラデュカがうめく。


「旨いモン食ってるのに、眉間に皺よってるぞデュカ」

「おっと、それは料理に失礼だったな。だが、調理法や味を知ったから色々と考えてしまっていた」

「まぁ、気持ちは分かる」


 そう笑いながら、シュルクが自分の芋を頬張った。


「ほっぺたに欠片がついているぞ、隊長殿」

「そりゃカッコ悪い」


 頬についた芋の欠片を拭うシュルクに、イスラデュカは仕方なさげに笑うのだった。





「そういやクリス。ハラペコ衝動はどうだ?」

「もぐもぐ……コクン。ええ、だいぶ落ち着いてきたわ。

 食欲は変わらないけれど、何かを食べたくて仕方ない、我慢できないっていう衝動は無くなったみたい」

「その辺、やっぱ呪いの影響だったんだろうな。

 呪いによるバカに会いたいという欲求。この町ではそれを解消する方法が無かったから、食べたり暴れたりするコトで誤魔化していたんだろう」

「おかげで、一つ一つの料理をもっと味わって食べられるようになった気がするの」

「ジャガバターを二口で完食しながら言われてもな」

「おかわりある?」

「あるにはあるが、これで終わらないから、抑えておけよ」

「はーい」


 返事をしながらも、しっかりとおかわりを受け取るクリス。

 それを見ながら、次の料理に関する情報をムーリーと交換しはじめる。


「単純だけど美味しいわねぇ、これ。

 イエラブ芋でやっても大丈夫?」

「問題ないぞ。やってるコトは茹でるのと変わらないからな。

 ただ、茹でるとお湯に野菜の味が溶け出すワケだが、この方法だと溶け出す量が少量ですむっていう利点がある」

「なるほど、出汁フォンとして使うならともかく、そのまま食べるならコッチの方が美味しくなるワケね」

「そして今度は、この芋を出汁フォンとして使う料理だ」

「それは楽しみね」


 次にバッカスとムーリーが取りかかるのはスープだ。

 水の中で爆弾芋をくしぎりにして、軽く水を切ってから鍋に放り込む。

 あとは、保存食として使われる干し肉と一緒に煮込むだけだ。


 今回は騎士たちが野営などをする時に作りやすいモノを――というテーマがあるので、凝ったことはしない。


 煮込む際に、白ワイン似の酒エパルグを加えたり、好みで塩などを入れても良い。

 ただ、ガッツリと塩味を効かせて作られた干し肉は、それだけで十分な調味料になる。

 干されて凝縮された肉の旨みも、一緒にスープに溶けだし、爆弾芋にもしみこんでいく。


 そもそもジャガ芋やイエラブ芋には、出汁フォンになりうる旨みが含まれている。

 肉の旨みと合わさると、その味がより良くなるのだから、これだけでしっかりとしたスープになるのだ。


 加えてスープに溶けだした火薬膜は、仄かなスパイシーさを演出するので、胡椒などを加える必要なく、あと引く刺激を楽しめる。


 コトコトと煮込み、肉が柔らかくなり、ジャガ芋に火が通れば完成だ。


 これもまた騎士たちから大好評である。


「ううむ。野営でこれを食べられるのは大きいな」


 騎士たちとともにスープを飲んでいた領主コーカスがうなる。


「焚き火でやるのが難しいなら、絶賛売り出し中の小型コンロを使うのもありだぜ」

「私への営業か、バッカス?」

「そう思ってくれて構わないさ」


 楽しそうに皮肉げな笑みを浮かべるバッカスに、コーカスも笑い返す。


「だが温かい料理というのは重要だ。任務に対する士気にも関わる。検討しておこう」

「ありがとさん」


 それを見ていた領衛騎士たちが沸き上がる。


 中央王都から派遣されてきた騎士たちがその様子をうらやましそうに見ているが、副隊長のイスラデュカが、「私と隊長が上に掛け合おう」と力強く宣言。

 それにより結束が強まっているようなので、何よりだ。




「さて、最後にもう一品なんだが……こいつは野営に向かない。

 協力してくれたムーリーへの報酬みたいな料理だ」


 そう前置きをして、バッカスは最初に実演に使った皮を取り出した。


「皮に含まれる発火成分は、水に漬けても完全には消えない。

 だから、乾いた皮の取り扱いは注意が必要なのはさっき言った通りなんだが……。

 魔術が使える奴と、錬金術の心得がある奴がいるなら、少しばかり話が変わってくる」


 そう言ってバッカスは、鍋から取り出した皮を、魔術を使って丁寧に凍らせる。


「まずは皮を凍らせる。それから、コイツだ」


 腕輪から取り出して見せるのは、氷砂糖。

 ちなみに、地球の氷の形をした砂糖である氷砂糖とこの世界の氷砂糖は少々異なる。


 この世界の氷砂糖は自然界で生まれたモノだ。

 原理は明かされていないが、まるで砂糖水が凍ったかのように甘い氷を自然界から採取できるのである。


 これを砕いたかき氷のような食べ物は、暑い夏に大変好まれる。

 だが今回は、別にかき氷にしたりはしない。粉々にはするが。


「錬金術の心得があるなら、これらを一つの容器に入れて混ぜ合わせながら粉砕する。

 魔術士しかいないなら、それぞれを粉砕し、溶ける前に手早く均等に混ぜ合わせる」


 続いて、瓶に入った粘土の高い透明な液体を取り出す。


「こいつは治癒蜜飴ポーションドロップを作るのに使われるイェドナックすいだ」


 砂糖や蜂蜜などの糖分と混ぜ合わさったイェドナック水は冷え固まると、飴玉のようになるという不思議な性質を持つ。

 そうして固まると熱を加えない限り、決して溶けないのだ。


 それ自体には特に味はないので、基本的には砂糖などと混ぜて使うものである。


「今、粉砕して混ぜ合わせたモノの中に、こいつを少しずつ加え、かき混ぜていく。

 元々が冷たいから、すぐに固まるぞ。この作業の時はモタモタするなよ」


 この三つが混ぜ合わさると、皮は乾いても発火しなくなる。

 魔導工学というより錬金術の分野なのでバッカスも詳しくはないが、それぞれが内包する魔力と成分の組み合わせによるものだろう。


 そして、これらを混ぜ合わせたことによって、発火成分が面白い変化を起こしているのである。


「こうして出来上がった爆弾芋の皮の飴を、また砕く。

 今度は粉砕するのではなく、小指の爪の四分の一くらいのサイズで荒くやるんだ」


 魔術でささっと砕いたバッカスは、砕けた飴をみんなに見せる。


「これにて完成。名付けるなら爆竹飴レッカラックドロップってところか」

爆竹レッカラック……?」


 首を傾げるムーリーに、バッカスは意味深に笑うだけで答えない。


「最後に取り出すのは、ムーリーの経営している店でも食べるコトができる貴族にはお馴染みの甘味ティーワス、アイスクリーム」


 シンプルなバニラ味のものだ。

 バッカスはそれに、砕いた爆竹蜜飴を振りかけた。


「これにて完成。今日の〆のデザートだ。

 爆竹飴は、あまりいっぺんに口に入れるなよ。少しずつだ」


 バッカスは騎士たちに爆竹飴をトッピングしたバニラアイスを渡していく。


 全員に渡し終わり、ボチボチ口を付け始める人が出てきた辺りで、あちこちから悲鳴が聞こえてきた。


「うわッ!?」

「なんだこれッ!?」

「口の中が……ッ!?」


 騒ぎ出す騎士たちの様子を見ながら、バッカスはしてやったりとばかりに、口の端を吊り上げた。


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